第8話 私のお姫様?

教室内が静まり返る。



さっきまで鈴原さ、君と話していた男の子2人だけは「やっぱ騙されるよな」「俺、見た目だけなら超タイプなんだけどな」と顔を見合わせていた。知ってたの!?



「そりゃ悪かったな、真澄チャン。見苦しいし聞き苦しいからそろそろ黙れよ」



鼻で笑う最上君を鬱陶しそうに鈴原君が見やる。



「はぁ?そんなこと保に関係ないじゃん。てかよく学校の場所が分かったね。保のことだから僕に泣きついて電話の一つくらい掛けてくるかなぁって思ってたんだけどな。あ、もしかして昨日のうちに家を出てたとか?」

「てめ、このクソガキ」



止めに入ってくれた筈の最上君が額に青筋を立てたので、私は目眩がした。ケンカに発展する前に何とかしなきゃとは思いつつ、恐ろしくて間に入れない。



……あれ?待って待って。

鈴原、真澄君?



《ますみくん。泣いちゃダメだよ。わたしもがまんしてるんだから》

《だって、ぼく、男だもん。お姫様なんてイヤだもん》



……あれ?



「ったく、お前からも真澄に気持ちわりぃこと言わねぇで下さいって頼んどけよ……おい、こけし?」



話を振ろうと私を振り返った最上君は、訝しげに眉根を寄せた。それもその筈、私がまっすぐ鈴原君を見つめていたからだ。



「あの、ますみくん?」

「思い出したの!?」



おずおずと名前を呼ぶと、頬をほんのり色付かせた鈴原君が詰め寄ってきた。眩しすぎて思わず私は1歩引く。



「え、その、断片的に……」



保育園で、【ますみくん】の可愛らしさは男の子はもちろん女の子とも一線を画していた。そんな彼はいつも長いまつ毛を涙で濡らしていた。


私もよく名前のことで男の子たちに泣かされたけど、女の子にモテていたますみくんは私よりもさらに男子に苛められることが多かったかもしれない。



そういうわけで何だか妙な仲間意識と可愛い子の涙に絆された私は、よく自分の涙を拭いて彼を慰めたものだ。



「何を思い出したの!?」

「あ、えーと、鈴原君が可愛かったことを」



泣いてたこととはまさか言えないので曖昧に濁しながら答えると、彼は頬を上気させて俯いた。



「……可愛いって言葉よりも、かっこいいって言われたかった」と呟いた鈴原君はどこからどう見ても美少女。



もじもじと自分の指を絡めていた鈴原君は、ハッとしたように顔を上げた。



「で、約束は!?」

「……ごめんなさい」



俯いて謝罪の言葉を口にすれば、「……顔、見せてよ」と優しげな声を掛けられる。



ゆっくり顔を上げれば、大きな目を穏やかに細めた美少女、じゃなくて美少年と目が合う……筈だった。私は口を中途半端に開けたまま凍りついた。




「言い逃げなんて許さない。2人だけの約束通り、あけびちゃんは僕の王子様。そうでしょ?だって僕、お姫様に相応しいもん」



いったい私は彼に何を言ったの!!?



最上君の呆れたような「もん、じゃねぇよ。きめぇ」という呟きに震える。どうして煽るの。



腰に手を当て、形の良い唇を歪めて私を見下ろす鈴原君の表情は本人には絶対言えないけど、恐ろしい。いや、可愛いんだけども。



それにしても、【2人だけの約束】だなんて、親しい人同士が交わすような魅力的なことを私が忘れるわけないんだけどな。



……もう、なんか質問してしまった方が良いのかな。思い出せそうにないし、すでに若干ご立腹だし。ううん、でもこれ以上火に油を注ぐのは危険というか、怖い。



……聞いちゃおう!大丈夫!あけび!勇気を出せ!まず頭を深く下げるところからっ!



「あのっ、」

「はい、新入生諸君。席について」



か、被った!!



なけなしの勇気を振り絞ろうとした結果、私の言葉は教室に入ってきた爽やかな先生にしっかり遮られた。


もうだめだ……。

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