第2話 幼馴染みの薫君


「薫君、元気?血圧は?」

「低い」



身長185cmの薫君は、本日も無表情で私を見下ろしていた。


彼にそんなつもりは更々無いんだろうけど、それはもう威圧感たっぷりだ。



薫君とは家がお向かい同士で、生まれた時からのお付き合い。彼は保育園でも小学校でも中学校でも、友達がいない私の傍にずっといてくれた。



高身長に無表情、ぶっきらぼうさが加わって、クラスの人からも一目置かれていた、というか若干怖がられていた薫君。


そんな彼の幼馴染みである私は、友達こそ出来なかったけど苛められもしなかった。そもそも存在を認識されていたかも謎だし、されていたとしても【薫君の背後霊】的な感じだと思う。たぶん。



とにかく、あれだ。薫君は、優しい。



「私、気合入れてきたよ」



ゆっくりと横に並んで歩きながら「気合?」と薫君が首を傾げて私に横目を向ける。



「今まで薫君に守ってもらってばかりで駄目駄目だったから。これからは生まれ変わるんだ」

「無理だろ」



即答。今日も冷たさ絶好調だね薫君。こちらを見向きもせず断言した彼を見上げて、私は下がり眉をキリリと上げた。



「やってみないとわからない!……よね?」



さく、とアスファルトに薄く積もる桜の花弁を踏んだ彼が立ち止まった。私も数歩先で足を止め、振り返る。



「薫君?」

「俺はお前の後ろを歩いてきた。これからもそれは変わらない」



はらはらと舞い落ちるピンク色の花弁は彼の真っ白い肌によく映える。彼の言葉を頭の中で反芻しつつ思わず一瞬見惚れていた私は、待てよ、と首を傾げた。



「どういう意味?というか薫君、私の後ろなんか歩いてた?いつも前か隣じゃなかった?」

「……そういう意味じゃねぇ」

「え!?あ、ごめん!」



眉根を寄せて口をへの字に曲げた薫君に慌てて謝る。けど、やっぱり彼の言葉の意図は掴めない。



聞いてもいいのかな。

でも機嫌を損ねちゃうかな。



内心ものすごく葛藤していれば、彼の頭にピンク色がひらひら着地した。



「あ、薫君。花びら、取るよ」

「ああ」



そういえば応えたまま、微動だにしない薫君。



あの、届かないよ。身長差どれだけあると思ってるの。私なんて毎日牛乳飲んでるのに成長止まった気しかしないけど、薫君がまだ伸びてるの知ってるんだからね。



「ん」



薫君がしゃがみ込み、さっきまでとは逆転した目線で催促するように私を見上げた。無表情で。



というか、私そこまで小さくないです。ちょっと屈んでくれれば届くんだけどな。



文句は飲み込んで、彼のサラリとした茶色の髪に引っかかった花びらを摘まむ。



「はい、取れた……薫君、なんで髪染めたの?」

「気づいてたのか」

「気づくよ!だって、最後に会った時は黒かったじゃん」

「あけび、一昨日ウチに来た時に、入学したら高校デビューするんだ、とか意気込んでたろ」



あ、最後に会った日ね。うん。それで高校デビューしようとした結果、こけしになっちゃったんだけどね。



無表情で立ち上がった薫君は、髪をくるくる指に巻きつけながら私を見下ろした。



「だから俺もしてみた」



彼は目を瞬く私をどこか満足そうに一瞥すると、再び歩き始める。



「一緒に頑張ってやる。あけび」



……薫君は友達がいないわけではない。



みんなが彼を怖がっていたわけではないし、むしろ一部の人には人気だった。密かにモテてたし。ただ、私には理解出来ないけど、彼曰く【人付き合いが辛い】らしい。



私は、助け合ったり遊んでくれる友達が欲しくてたまらないのに。



でも、とにかく、そんな薫君が私に【一緒に頑張ろう】と言ってくれた。こんなに嬉しいことは、他には無い。胸が、ぐーっと熱くなる。



私はなんだか照れくさくなったのを誤魔化そうと俯き、ブレザーのポケットに手を突っ込んだ。



私ね、心機一転は髪型だけじゃないんだよ。ポケットの中から慎重に取り出した物を薫君の前に掲げた。



「じゃん!見て!スマホデビュー!」

「ようやくスマホか。ずっとガラケーだったからな。時代に追いついたな」



眉一つ動かさずに投下された彼のツッコミに言葉を詰まらせた私は、おずおずとポケットにスマホを退散させた。



「だって、私なんぞにスマホはまだ早いって思ってたから……」

「みんなスマホだったけどな」

「うっ……とにかく!まだ今は家族と薫君しかアドレス帳にはいないけど、10人くらいを目指したいな!」

「……つまり、7人でいいのか。友達」

「えっ、いや、えっとほら、最初から高すぎる目標を立てるのはねっ、良くないと思うの!」

「つーか、今どきはもうラインだろ」


た、確かに……!



私が衝撃を受けていると、立ち止まった薫君は取り出した黒いスマホをちょいちょいと操作する。



「俺も同じスタート」



見せられたのは、ラインの友達リスト。そこには、彼の家族しかいない。ちょっと待ってどういうこと。



「え、と?薫君?は、友達いっぱいいるはずだよね?」

「登録はしてない」

「なんでっ!!??もったいない!!」

「リストが鬱陶しくなる」

「そんなことある!?!?」



悲鳴を上げる私を無視して、薫君はスマホをポケットに突っ込んだ。



「私がお金払ってでも欲しいものなのに!」

「金払ってまで男の連絡先が欲しいのか」

「どういう言い方?男子じゃなくて友達って意味!」

「とにかく、あけびはライン入れるとこからだろ。入れたら教えて。ID交換する」

「わ、私のことは友達登録してくれるのでしょうか……?」



面倒くさそうに首の後ろを掻く薫君は、複雑な表情を浮かべる私のブレザーのポケットを指差した。



「で、新しい携帯にも付けたのか。タヌキ」

「えっ、あ、犬だよ!」



思わずポケットを触って軽く薫君を睨みつけると、彼は「悪いな」と肩をすくめる。話が急に変わったから一瞬反応できなかった。



犬のストラップ。

これは、たもつ君に貰った宝物。



毛糸のポンポン製の犬のストラップは保育園と小学校ではカバン、携帯を買ってからは携帯電話というようにお引っ越しを繰り返しながらも大切に身につけていた。



たもつ君とはあれから1度も会ってないけど、私の初恋の人だった。



近所に住んでるんじゃないかって、何度も1人で探しに出掛けては迷子になって泣きじゃくっていた私を必ず薫君が迎えに来てくれてたことは、今となっては良い思い出というよりは申し訳ない思い出かもしれない。



……会いたいなぁ。

私は、ちっとも彼から卒業できていない。



「置いてくぞ」

「えっ」



俯いて感傷に浸っていた私は、突然投げ掛けられた薫君の言葉によって現実に引き戻されたばかりか、本当に放置されそうになっていたことに気づく。



「ご、ごめんね!待って!」



既に数m先をのんびり、しかし私からすれば結構な速度で歩く薫君に慌てて声を上げる。


足の長さの違いを考えてほしい!というか、やっぱり私の後ろなんて全然歩いてない!



つい先日までは蕾だったのに、今はピンク色の花々に満ちている桜並木に勇気づけられ、私は足を踏み出した。



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