16.予期せぬ出来事
チャールズが盛大な自爆をした日から六日後、リリスはとあるものを買い求めに王都の街へと出ていた。
一人での街歩きは慣れたもの、故に護衛たちもイヴと共に歩いた時のように仰々しいものではなく、普段の街歩きと変わらぬ顔触れで連れ歩いている。
目的地は宝飾店。リリスはイヴへと想いを告げるだけに留まらず、婚約の申し入れもするつもりであるので、そのために彼女へ捧げるネックレスを受け取りに来たのである。
既製品では物足りない、他の誰かと揃いになることを許せない。そんな独占欲から婚約破棄が成立した直後、宝飾店に使いを出して特注品の発注をしたのだ。
それを侍女に受け取りに行かせても良かったが、出来を確認するために自らの足で向かうことに決めたため、休日を利用して足を運んでいる次第である。
勿論移動は馬車によってなので、人攫いに合う可能性は低い。ゼロとは言い切れないために護衛たちも腕の立つ者を連れているので、万が一はないだろうと彼女の機嫌も良かった。
そうして着いた宝飾店で個室へと通され、注文品の確認を行う。
リリスの髪色である銀をベースに、青色の宝石とピンク色の宝石——アウイナイトとモルガナイトが薔薇の形に配置されている、美しいネックレス。
それを白手袋を嵌めたリリスがそっと持ち上げ、耐衝撃魔術と形状記憶魔術、破壊耐性魔術の三重付与をしてから美しく微笑む。
「良い出来です。代金に上乗せを致しますから、職人へ褒美を取らせなさい」
「勿体なきお言葉、そしてお心遣いに感謝致したします。それでは、ラッピングのご用意を致しましょうか」
「……いえ、このままで良いわ。箱だけくださる?」
「かしこまりました」
少々考えてから、リリスは頭を横に振る。そうして自らの手でそっとネックレスケースに収めると、それを懐に入れてソファから立ち上がった。
支配人を連れて店の外に出ると、従業員総出での見送りを受けながら馬車に乗り込み学園へと道を戻って行く。
「ふふ、良い出来。これならばイヴにも——!? く、ぅ……!?」
どん、と激しい揺れがリリスを襲う。馬の嘶きが聞こえ、車体が大きく歪むような音までがする。しかし、侯爵家の馬車はそんなに柔なものではない。
馬車内のリリスも自ら防護魔術を使って衝撃から身を守り、素早く馬車内から降りる。即座に身の回りを固める護衛たちと共に道の端へと避難すると、そこには目を疑う状況があった。
「ヘイグ侯爵家の馬車……!?」
そう、リリスの乗るカークランド侯爵家の馬車に、ヘイグ侯爵家の馬車が激突して来ていたのだ。それも、確実にぶつけるために狙ったような角度で。
そのような蛮行に出る存在は、リリスは一人しか知らない。何もかも駄目になったとヤケでも起こしたのだろうか、それにしてもこれは一線を越えた所業だ。
「皆、怪我はありませんか? ……よろしい。まず、三班に分けます。一班、馬でカークランド侯爵家へ連絡を入れなさい。二班、このような蛮行をなした者を捕らえるのです。三班、わたくしの身の回りの安全確保を第一に」
リリスの指示に従って従者たちは動き出す。それぞれ一頭ずつ馬に乗った二人がカークランド侯爵家の方へと駆け出し、護衛たちがリリスの周りで警戒をする。そして残る格闘面に優れた者たちが御者と馬車の中に乗る者を取り押さえにかかった。
そして馬車内から引き摺り出されたのは、到底ヘイグ侯爵家の関係者とは思えない破落戸たち。
聞くに絶えない罵声を浴びせて来るその者たちは素早く護衛の面々に口を塞がれ、リリスの傍から離される。
そうしている間に市民が通報したのだろう、治安維持兵がやって来て護衛に代わり破落戸と御者を取り押さえ、カークランド侯爵家とヘイグ侯爵家の馬車と馬も確保した。
「カークランド侯爵令嬢リリスさま、お怪我はございませんか?」
「ありません。もうすぐ——ああ、カークランド侯爵家の者が参りました。わたくしはこの来た馬車で移動しますが、聞き取りはカークランド侯爵家の応接室での対応でもよろしいでしょうか」
「勿論です。恐ろしい思いをなさったでしょう、聞き取りは後日に致しましょうか?」
そう気を回す治安維持兵に、リリスは微笑みながら頭を左右に揺らす。
「いいえ、この後で構いませんわ。わたくしも、早期の解決を望んでおります。皆様方のご尽力、期待しておりますわ」
「はっ! それでは、カークランド侯爵家へお伺いさせて頂きます」
「ええ、お願いね」
新たにやって来た馬車に乗り込んで、リリスは溜息を吐く。先に実家で両親に安否報告をせねばならない。屋敷に着いた段階で侍女に指示を出し、学園側に事情説明と共に外泊の許可を得ねばならないのだ。
たかが注文品を受け取りに出ただけで、何故こんなことにならなければならないのか。そして、この事件の首謀者と思われるチャールズは一体どうしたというのか、リリスの頭の中には疑問符ばかり浮かぶ。
彼はこれほどまでに愚かだったのだろうか。リリスが知らなかっただけの可能性はある、寧ろそうでしかなさそうだとここ暫くの言動を見ていれば思うしかない。
リリスにとってチャールズは良き婚約者ではなかった。そして、チャールズにとってもリリスは良き婚約者ではなかっただろう。それはお互いの責である。
しかし、恋敵になったからといって、下手をすれば命を失いかねないことをするのか。するというのなら、一体どんな思考回路になっているのか、リリスには全く分からぬことだ。
何れにせよヘイグ侯爵家の馬車を使うという愚かにもほどがある行為をしたのだ、ただでは済まないだろう。他家の、それも侯爵家令嬢を襲ったのだ。廃嫡も有り得る。
「頭が痛いわ……、何でこんなことになるのかしら」
イヴに告白をして、婚約の申し入れをしようとしている、ただそれだけであるのに。その前に立ちはだかるのは、既にイヴから振られた男というのが、リリスの頭の痛みに拍車をかけた。
「こんなことをしても、イヴの心はあなたへ向くことはないわ。愚かな人……ヘイグさま」
もう彼と顔を合わせることはないだろう。学園でも、社交界でも。リリスには、そんな予感がした。
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