三話

「わぁ……!」


街の入口、木の板に“GRASSLAND グラスランド MIDDLEミドル”と掘られた横看板の下を通れば、街中は子供から老人まで人々で溢れかえっていた。右にも左にも人、人、人。

軽く人酔いしそうになったが、太陽や空だけではない。本や想像の中でしか知らなかった光景を目にしたテールは、これが“外”なのだと実感し目を輝かせた。


「貴方、こういう場所に来るのは初めて?」


「は、はい」


「そう。この街は名前の通り、広い草原の中心にあるらしいの。本当に中心かどうかは分からないけど」


(意外とアバウト?)


「人によっては“グラミドの街”って省略して呼ぶ人もいるわ。長時間草原の中を進んできた人達の休息場所にもなってて、宿や酒場、お土産屋も沢山あるの。旅人から遠征帰りの兵士など、各地域から色んな人が足を休めに来るから、そういう人達相手に商売するため、わざわざ街に来る商人や情報交換をする場所として集まる人もいる。だから、小さい街の割に商売が盛んで人が多いの」


(詳しい……)


大通りを歩けば食べ物や置物、服などの商品を売る露店や屋台が並んでいる。昼間だと言うのに酒場からは賑わう声が聞こえ、道の端では大道芸を行う者、占いを行う者もいた。

テールにとっては小さな街すら異世界に思え、目に入るもの全てが好奇心を刺激する。


(これが“街”。凄い……!)


シャーロットの後に付いて行きながら露店を見て周っていると、近くで買い物をしていた女性二人の会話が耳に入る。


「そういえば、この街に“雷人”が来てるみたいよ。この間、うちの子が見たって。怖そうな男達と喧嘩してボコボコにしてたみたいよ」


「あ、それ。うちの長男も見たって。怖いわよねぇ。街の建物壊されたらたまったもんじゃないわ」


“雷人”────────とは何だろうか。

無意識に女性二人の会話に気を取られていると「テール」とシャーロットに名前を呼ばれ、ハッとしたテールは右に立つシャーロットの方に顔を向けた。


「広場の方が屋台も沢山あって休める場所もあるからそっちに行きましょう」


「はい」


広場周辺に屋台が集結しているということで奥へと進むため、再度歩き出した二人。

テールは女性二人の会話に出てきた“雷人”が気になったのか、“雷人”についてシャーロットに質問した。


「“雷人”?」


「は、はい。さっき女性達が話してるの聞いて……気になって……」


「私も最低限の情報しか知らないけど、建物は壊すわ人は襲うわ、時には盗賊みたいな真似をして物を盗むならず者って話よ。色んな町に噂が広まってて、あまりに凶暴だから怖がる人もいるみたい」


「おっかない人ですね……」


「一年前、北方にあるノースの町で暴れたのがきっかけで、“雷人”の噂が広まり始めたのを覚えてるわ。それ以降、周辺の街でも散々やんちゃして、先月はサウスシティで建物まで壊したみたいよ」


もはや“やんちゃ”で済まされない暴れっぷりにテールは顔を引き攣らせた。そんな人物がこの街に居る。

そう考えただけでも恐ろしい。出来れば遭遇したくない。けれど、そう考えると遭遇してしまうのが物語内における“フラグ”と言うもの。なるべくマイナスな思考にならないよう意識しながらテールは質問を続けた。


「“雷人”の特徴とかは……?」


「そうね……。銀髪頭に額にはゴーグル。左頬に雷のような痣があるって言うのは聞いたわ。それと────────」


広場のすぐ側まで来ると、中心に設置された噴水周りを囲うようにして人だかりが出来ており、二人は足止めを食らった。何かあるのだろうか。

確かめるために二人は人混みをかき分け、前へと出る。


(これは……)


広場の中心……噴水の前に居たのは、剣を腰から下げた人柄の悪そうな男五人と、額にゴーグルをかけた銀髪の青年。左目の下には頬にかけて黒い刺青にも見える痣がある。青年の後ろには紫の髪を右側にサイドテールにした少女が立っており、男達と青年は双方睨み合って険悪な雰囲気だ。

喧嘩だろうかと周りがざわつく傍ら、テールとシャーロットは青年を見て目を見開いていた。

青年の風貌が“雷人”の特徴と一致していたのだ。


「シャーロットさん、あの青年……」


まさかのフラグ回収かと思いきや、シャーロットは「いや、確かに特徴は一致してるけど……“雷人”は十〜十二歳程の子供って聞いてるし、別人かもしれないわ」と否定した。


「えっ、子供なんですか!?」


「実際に見たわけじゃないから断言は出来ないけど、子供とは思えないほど強くて危ないから噂になったとも言えるわ。それに、“雷人”に成りすます模倣犯や、私には理解は出来ないけど強くて悪い存在に憧れて真似する輩も少なからずいるし……」


出来すぎな気もするが、偶然の一致か。

はたまたシャーロットの言うように真似ているだけか。テールが青年を見つめたまま考えていると、近くで様子を見守っていた街の人達の話し声が聞こえてくる。


「何があったんだ?」


「あぁ……。連れの女の子があの男連中に絡まれたらしい。とはいえ、相手が相手だしなぁ」


「絡んだ連中はあの“ヨムスヴァイキング”の仲間って話だろ。噂じゃあ傭兵団はバルブロ様が雇ったって話だ」


シャーロットも話を聞いていたのか「ヨムスヴァイキングの仲間を雇ったですって?」と眉をひそめた。


「あの、ヨムスヴァイキングって何ですか?」


「伝説の傭兵団のことよ。“ヨムス傭兵団”とも呼ばれてて……時には盗賊団として略奪も行うとか、相当な額の報酬を支払えるなら相手の立場関係なく味方として戦ってくれるとか、色んな噂はあるけど……腕の立つ戦士が集まっているとも聞いてるわ。ただ、物騒な連中であるのに変わらないから関わらないのが一番だけど。それに……」


「おい、ガキ」


シャーロットが何かを言いかけると、傭兵団の一人である小太りで背の低い男が口を開き、言葉を遮られる。


「俺達が誰だか知らねぇのか? 喧嘩売る相手は選んだ方がいいぞ」


小太りの男が威圧するように顔を近付ければ、青年も負けじと前のめりになって言い返す。


「そりゃあこっちのセリフだ。先に俺の仲間に手ぇだしたのはそっちだろ。全体的にセンスのおかしいビビアナでも、お前等みたいな連中選ぶかよ。むしろビビアナにしつこく声をかけてきたお前等のセンスの方がどうかしてるぜ」


「ちょっと!誰のセンスがおかしいって!?というかどう言う意味よ!?」


「お前の服選びのセンスとか何か……変だろ?」


「失礼ね!! どっからどう見ても見事なセンスでしょ?」


青年に“ビビアナ”と呼ばれた少女は納得いかない様子で反論しようとするが、傍目から見ても青年の認識はあながち間違いではないのか。

傭兵の男達もつい口を閉じてしまい、ビビアナから「何でそこで黙るのよ!!」と指摘されてしまう。

現にビビアナの格好は黒と紫色を基調にしたタイトワンピースに腰には黒いコルセット。

落ち着いた暗い色のお陰で派手さは抑えてあるが、オフショルダーの袖部分はコウモリの羽のデザインになっており、単にゴシックドレスと言うには幼く、まるで仮装パーティー用に着るコウモリ風ドレスの類のようだ。

見ようによってはただのコスチュームにも見えるため、単に“ダサい”と形容するには難しく、“人を選ぶ絶妙なセンスと服”と言った方が的確かもしれない。

そんな服を言われるまで違和感なく着こなせていたのだから流石だ。テールは静かに感心した。


「威勢が良いだけのガキは相手するのがメンドクセェな」


話が脱線したが、青年の挑発はますます相手を意地にさせた。

背が一八〇程あるだろう褐色肌で体躯の良い男が一歩一歩、青年に近付く。

そして青年の前に立つや否や、突然胸ぐらを掴み、青年の両足が浮いて地から離れる。


「それ以上舐めた口聞いてみろよ。“雷人”の真似っ子野郎が」


「雷人だぁ……?」


(あの男性も“雷人”を知ってる?)


「地面に額擦り付けて謝るんなら放してやるよ」


「そっちが先に謝るんなら考えてやるよ」


(あ、コレ、後から許すとは言ってない。謝るとは言ってないって返すパターンだ……)


男は青年の煽るような言葉が気に入らなかったのか、胸ぐらを掴む手に力を入れると、もう片方の手を開いた。その瞬間、掌から“炎”が現れる。


(!?)


「“魔法”……!」


シャーロットの言葉に反応し、テールは「魔法……?」と繰り返した。


「ただ単に剣の腕が立つだけならまだしも、ヨムスヴァイキングには魔法を使える者もいると聞くわ。だから厄介なの」


この時、テールはこの世界に“魔法”が存在することを初めて知った。同時に、魔法が使える相手に対し、魔法を使えない生身の人間がどう対抗すればいいのだろうと考えた。魔法で反撃出来ないのなら青年は明らかに不利だろう。だが、助けに入る者はいなかった。

たった一人────────


「火炙りにしてやるクソガキがっ」


(まずい……!)


「“流れる水よ、熱する炎を消したまえ”───────《ラーグ》!」



──────シャーロットを除いては。


(! シャーロットさんも、魔法を!?)


約二十八センチ程の杖を持ったシャーロットが呪文を唱えれば、噴水の水が生き物のように動き出し、青年以外の男達にかかる。

火が消えたのを確認すると、青年は胸ぐらを掴んでいた男の腕を両手で掴み、顎を狙って蹴りを入れた。


「ぐっ……! このガキが……!」


「喧嘩なら買うぞコラ」


男性が青年から手を放したまでは良かったが一触即発。だがシャーロットは躊躇いもせず「待ちなさい」と二人の間に入った。


「だ、誰だお前」


(しゃ、シャーロットさん!?)


「ただの喧嘩ならまだしも、魔法が使えるなら話は別」


「何だこの女!?」


「杖……水はこの女のせいか?」


「クソッ。ガキだけじゃなく女にまで舐められるなんて……。テメェには関係ねぇだろ。引っ込んでやがれ!」


「魔法を使わない相手に魔法で攻撃するなんて……言語道断だわ! 恥を知りなさい!」


傭兵である男達を前にしても怯まないどころか叱りつけるシャーロットの姿は目を見張るものがあった。

見ていた周りの人達も呆然としている。


アマが……調子に乗りやがって!」


男達に諦めた様子は見られず、むしろ殴り掛かる勢いだったが、それでもシャーロットは仁王立ちで腕を組み、その場から動かない。

このままではシャーロットも危ない。そう思ってテールがシャーロットの傍へ駆け寄った時だった。


「そこまでだ」


二回手を叩く音が広場に響いた。


「何の騒ぎだこれは。問題事は困るね。仕事を増やさないでくれたまえ」


鼻の下に髭を生やした一人の細身の男が歩いてくる。

男は貴族が着るアビ・ア・ラ・フランセーズを彷彿させる紫の衣装を纏い、服のせいも相まってか如何にも尊大そうに見える。否、鼻につく話し方からして実際にそうなのかもしれない。


「あいつ……バルブロだ……」


「バルブロ……」


どうやら、彼が傭兵達の雇い主とされている“バルブロ”らしいが、バルブロを見る人々の視線は歓迎や羨望の眼差しなどではなく、むしろ冷めきっていた。

バルブロは横目で状況を確認すると、シャーロットの持っている杖に視線を下ろした。


「……ふん。魔導分野は“マジック・スペル・ユーザー”。魔導地位は“メイジ”、と言ったところか? 街中で“オムニスマギア”同士が戦えばどうなるかは分かるだろう。魔法の喧嘩ならば街の外でやってくれ。街に被害がでないようにな」


(“メイジ”……は魔法使いの意味、だよね? “オムニスマギア”? は何のことだろう)


「邪魔して悪かった。話は以上だ。君達も考えて行動したまえ」


バルブロが背中を向けて立ち去ると、褐色肌の男は「チッ……覚えておけよガキ。それと、女の方もな」と捨て台詞を吐き、仲間達と共に大通りの人混みへと消えて行った。

傭兵達の姿が見えなくなり、シャーロットが「ふぅ……」と安堵の溜息を漏らす。

周りに居た人々が散り散りになって離れる中「なぁ」と声をかけられて後ろを振り向けば、そこには当事者である青年が立っていた。


「さっきはサンキューな!」


先程までの近寄り難い気の張った表情とは異なり、青年はニッと気さくそうな明るい笑顔を見せながらシャーロットにお礼を言った。


♢


「わぁー!良いんですか?私まで」


「良いの良いの。助けてくれたお礼だから食べて食べて!」


(私何もしてないけど……)


シャーロットが助けた青年は名をレビンと言い、ビビアナと一緒に“妖精の食事処兼台所フェアリーダイニングキッチン”と書かれた移動式屋台を開いていた。

緑色に塗られた壁や屋根は色とりどりのカルーナやアキレア・ミレフォリウムなどの花で装飾されており、目を引く華やかさだ。

屋台ではお好みでパンの上にサラダやトマト、サーモンやツナ、ハムやベーコンなど様々な具材や調味料を選んでオープンサンドを作ってもらうことができ、フルーツやホイップを乗せたスイーツも作ることが出来る。

食べ物以外にも野菜や果物のシェイクなどの飲み物、具材となる野菜そのものや花、種も販売しており、商品の種類は豊富だ。


「味はどう?って、複雑なことはあまりしてないけどね」


「美味しいです!食事系と迷ったけど、ブルーベリーと苺の甘酸っぱさが甘いホイップに合いますね」


「パンと甘いものを一緒に食べるなんて初めて見たから斬新だと思ったけど、貴方美味しそうに食べるわね。私が注文したツナサラダの組み合わせもシンプルで美味だけど、貴方を見てたらそっちも挑戦してみたくなるわ」


オープンサンドを片手に持ち、周りに花を咲かせながら楽しげに会話をする三人。

女子会ムードに唯一の男子、レビンは「作ったの俺なんだけど……」とボヤき、完全に空気となっていた。

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