第24話 町田抗争 9
突然何者かの死期が感じられ、煉瓦は走りを止めた。死期は爆発的に発生し、その強力さに煉瓦は思わず鳥肌が立った。
「どうした?」アタリも足を止めて言った。
「あそこの……あの通りから死期を感じました。というか、今もです」
そういって煉瓦は建物に挟まれている横丁を指差し、アタリは視線をそこに移した。
「今も、ってことは瀕死ってことか? 何人分だ?」
「今のところ一人分だけです。死期が徐々に強くなっているので、おそらく死にかけているのでしょう。敵か味方かまでは流石に僕にはわかりません」
「今にわかる、行くぞ」
アタリは我先にと横丁のほうへと走り出し、続けて煉瓦も彼を追った。その時、突然アタリから強い死期を感じ取り、煉瓦は思わず叫んだ。
「アタリさん、来る!」
それから間もなく、アタリの目の前に三発の弾丸が現れた。アタリは一瞬で銃弾の位置を確認するとナイフを大きく振り、そして三発の弾を跳ね返した。それから二人は銃弾の飛んできた方向を振り返り、そしてこちらに銃口を向けているグラサンの男性の姿を目撃した。男性は銃弾が弾かれたことに驚きもせず、今度は煉瓦めがけて三発銃弾を放った。
煉瓦は自身に向かって真っ直ぐ飛んでくる弾丸を見据えていたが、その三発が急に視界から消えると息を呑んだ。死期は依然として自身から感じられる。ということは、銃弾は未だに彼に向かってきているということだ。
突然、自身の頭部、胸、そして脚から死期を感じられ、煉瓦は反射的に体をのけ反らせた。三発のうち二発は煉瓦の横を通り過ぎたが、そのうちの一発ははあらぬ方向から彼の脚を貫き、彼は思わずうめきながら膝をついた。
「煉瓦!」
「僕は大丈夫です! それよりも……!」
煉瓦は何とか痛みを我慢しながら立ち上がり、そしてグラサンの男性を見た。彼は悠長に弾を入れ替えており、その視線は煉瓦に向けられたままだった。アタリは今にもグラサンに跳びかかろうとしており、煉瓦は彼の前に手を出して彼を制した。
「ここは僕が引き受けます。なので、アタリさんは先に行ってください」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「僕は脚を負傷したので、あまり遠くに行けません。ですがアタリさんならすぐにでも死期の元に辿り着けるでしょう。あの死期が敵によるものであれば別に構いませんが、味方だとすれば後が怖い。一応僕だって致命傷を回避する術は持っているので、ここは気にせず行ってください」
アタリは納得のいかない顔をして横丁と煉瓦の顔を交互に見た。そんな彼を見て煉瓦は声量を強めて言った。
「アタリさん、お願いですから僕の指示に従ってください。仲間を見捨てることが辛いのわかりますが、戦場では一秒すら惜しいんです。アタリさんはただ言われたことだけをやってください」
アタリは覚悟を決めたように溜め息を吐き、そして小さく言った。
「死ぬんじゃねぇぞ」
「もちろんですよ」
アタリは煉瓦とグラサンに背を向け、そして横丁へと走って行った。そんな彼を見てグラサンは銃口を向けたが、それと同時に煉瓦はグラサンに発砲した。
銃弾は途中までグラサンの胸に飛来を続けていたが、命中する寸前で
煉瓦は身を
煉瓦は肩で呼吸をしながら顔を上げた。グラサンは既に煉瓦との距離を詰めており、弾切れになった銃を投げ捨てると右手で拳を作り、煉瓦の顔面に勢いよくそれを突き出した。煉瓦は両腕を使って盾を作ったが、打撃は思いもよらぬ場所から来た。
背中に鈍い痛みを覚えて、煉瓦はうめき声を上げながら前に倒れた。見ると、グラサンは一瞬にして煉瓦の背後を取っており、彼は倒れた煉瓦の頭を蹴り飛ばすと続けて彼の首を踏みつけた。
「七星を呼べ」グラサンは言った。
煉瓦は咳をしながらグラサンの顔を見上げた。彼の顔には影が差しており、どこか怒りを覚えているようであった。
「よくも俺の仲間を殺しやがったな、おい。俺には鬼沢班しか仲間がいなかったんだぞ。なのに俺の知り合いを全員死なせやがったな」
「そんなの……自業自得でしょうが……」
「だが俺たちにも友情ってもんはあるんだ。俺たちが悪だってことはよく知っている。そんな悪の中で、俺は絆というものを見つけたんだ。任務なんかもうどうだっていい。俺はお前たちの親玉を殺さねぇと気が済まねぇ」
グラサンは足に体重を乗せ、煉瓦は声を出すことはおろか呼吸をすることさえもままならなくなった。煉瓦が手足をばたつかせたのを見てグラサンは力を弱め、そして声を荒げた。
「七星を、呼べ」
しきりに咳をする煉瓦をグラサンはじっと睨みつけていた。そして彼は再び足に力を入れようとしたが、視界の端で小さな物体が動いたのを確認すると、思わずそちらを振り向いた。
その瞬間、グラサンの体は勢いよく吹き飛んだ。彼はある飲食店の中まで飛ばされて椅子やテーブルに激突し、壁に激突したことでようやく動きが止まった。
何が起こったのか理解できなかった。いきなり腹部に痛みを覚えたかと思えば、今度は店の中に移動しており、そして全身を強く打っている。あれが能力者による攻撃だとすれば、早いなんてもんじゃない。グラサンは何とか体を起こし、自分の立っていた場所を見た。そこには煉瓦と、彼の傍でしゃがみこんでいる男性の姿があった。男性は二言ほど煉瓦と言葉を交わすと立ち上がり、そしてグラサンを見た。グラサンは男性の姿を確認するとわずかに興奮し、そして平常心を取り戻した。グラサンは両手に拳を作って店を後にし、男性との距離を縮めた。
「来たか、七星」
「望み通り来てやったぞ、カスが」
男性、もとい七星は頭に血管を浮かべ、
「よくも俺の弟に手ぇ出しやがったな。覚悟はできてんだろうな」
グラサンは黙って七星を睨みつけ、彼に向かって走り出した。七星もまた高速でグラサンの目の前まで詰め寄り、彼の顔に拳を突き出した。するとグラサンは当然のごとく七星の背後を取り、彼の首めがけてナイフを振った。
ナイフは七星の肉体を切りつけたものの、その傷は一瞬にして回復された。七星は素早くグラサンを振り向いて拳を振ったが、彼はまたしても七星の背後に回っていた。
「俺の能力は知ってるだろ」七星は言った。「生物のエネルギーを吸って自分の力を増長させるってやつだ。体を丈夫にしたり、傷を即座に治したりもできるから、俺はそう簡単に死なねぇんだよ」
「なら見てみるか?」
突然グラサンはその場に伏せ、それと同時に七星の頭が大きく欠けた。彼の頭は後方から飛んできた銃弾によって狙撃されてしまい、そこから血が勢いよく
そんな彼の様子を見てグラサンは思わず
「頭を撃ち抜いただけじゃ俺は死なねぇよ。エネルギーはめちゃくちゃ消費するけど、本部を襲ったやつらから
七星が桁違いに強力な能力を持っているということを、グラサンは能力者になる前にも知っていた。しかしいざ自分が戦ってみると、彼の能力は桁違いなんて生ぬるいものではなかった。彼はむしろ異次元であった。
七星は狙撃元である後方を振り返った。そこにはライフルを構えた人間を乗せている白バンが停まっており、七星の生存に気がつくと彼はライフルをマシンガンに変えて七星を撃ち始めた。
それに構わず七星は彼らに向かって走り出した。体に穴を開けられようとも彼は足を止めず、それを見てバンの人間はロケットランチャーを取り出して彼に弾を放った。弾が七星に直撃すると彼の体は赤黒い煙に包まれ、そして周囲を熱波が襲った。
しかしながら、七星はこんなものでは止まらなかった。黒煙の中から七星は姿を現し、勢いを落とすことなくそのままバンに向かっていった。運転手は恐れをなしたのか逃げるようにバンを走らせたが、その頃には七星はバンの上に乗っており、彼は素手でその車体をこじ開けた。中には運転手と射撃役の二名が乗っており、狙撃役は七星を見上げると同時に、彼に向かってロケットランチャーを向けた。
今度の爆発は先のと比にならないほどのものだった。一瞬だけ周囲が真昼のように明るくなり、車の部品があちこちへと飛び散っていた。グラサンはただ
予想通り、七星は生きていた。あれだけの爆発を至近距離で受けたにもかかわらず彼の肉体は傷一つなく、唯一の被害といえば彼のスーツくらいだった。七星は右手を握りしめてやってきた。グラサンは再び能力を使用して七星の後ろに回り、その時不意に七星が口を開いた。
「お前の能力、瞬間移動か何かだろ」
「だからどうした」
「昔、瞬間移動の能力を持ってる仲間が言ってたよ。相手の攻撃を避けた後はどうしても油断しちまうってさ。俺の仲間はそれで死んだよ」
突然、背後から何か固い物が当たり、グラサンは思わず動揺した。グラサンは衝突してきた何かに突き動かされ、そのまま吹き飛んだ。わけもわからぬまま飛ばされている間、グラサンは自身の背後から轟音が響いていることに気づいた。彼の背中を押している物の正体は、ロケット弾だった。七星は車の爆発に
グラサンはロケットの勢いに押されたまま商業施設に衝突し、そして爆風によって粉々に砕け散った。
───
「歩けるか、煉瓦?」戦闘を終えると、七星は煉瓦のもとに行って彼を起こした。
「何とか行けるよ」
煉瓦は七星の肩を借りながら一歩ずつ歩き始めた。七星は煉瓦が無事でいることに
「生きててよかったぜ。俺にはもう家族はお前しかいないからな。先立たれてもらっちゃ困る」
「そんなに心配した?」
「当たり前だろ。自分の弟を心配しない兄がどこにいるんだよ」
七星の強い家族愛は、おそらく彼の両親が先立ったことを機に築かれたのだろう。煉瓦の記憶の限りでは、七星はこれほどまで家族というものをあまり意識してこなかったはずだ。もちろん、生物の死期がわかるという能力を持っていることで気味悪がられ、周囲からいじめられていた煉瓦を助けたことはあったが、常日頃から彼の身を案じるようなことはしてこなかった。おそらく両親の死を機転に意識が変化し、現在に至るようになったのだろう。
七星は煉瓦の肩を持ったまま歩き出し、そして不意に煉瓦は足を止めた。
「待って、兄ちゃん。さっきあそこの通りから死期を感じ取って、アタリさんが確認に向かったんだけどまだ戻ってこないんだ。ひょっとしたら手助けが必要なのかも」
「でも、お前のその脚じゃどうしようもないだろ」
「僕は後から追うから、兄ちゃんは先に行って──」
突然、煉瓦は絶句した。
「どうした?」
「……死期が……消えた?」
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