第18話 町田抗争 3
横浜線町田駅の入り口にて、煉瓦は班員たちと協力して人混みの中で一般人の避難活動をしていた。駅は宙を行き交う歩行者デッキと連結しており、そのデッキは現在多くの人で埋め尽くされていた。
煉瓦と仲間が到着したころには既に七星班と鬼沢班の戦闘が勃発しており、町田にいる市民は一刻も早くその場から脱出しようと他人を押し退けながら移動していた。人々が混乱状態に
煉瓦の能力は、人の死期という情報が直接頭に入ってくるというものである。死期の感知を拒絶することは彼にはできず、それゆえ彼はここに来てからというもの、連続的に死期を感じて脳に負荷がかかっていた。
現在七星班の半分、そして鬼沢班の四分の一もの勢力が町田に集結しており、各地で激戦が繰り広げられている。死期は戦闘が行われる度に現れ、そして
その時、彼は背後からとてつもないほど強力な死期を感知した。それはたった一瞬の出来事であったが、彼はすぐに事態に気づいて後ろを振り返った。
彼の目にはただ人混みだけが映った。しかし人混みの中に異様なものがあったのを、彼は見落とさなかった。それは一般人の体にもたれかかっている仲間の姿だった。一見人の波に押されて体勢を崩してしまっただけのように見えたが、それにしては様子がおかしかった。そして煉瓦はあるものを目撃し、思わず息を呑んだ。
仲間の首には数センチほどの赤黒い傷がついており、そこから血が勢いよく
その周囲にいた人間もそれを目にし、彼らは一斉に動き出して仲間の遺体から離れた。おかげで彼の遺体は多くの人間の目に
煉瓦は腰に収めていた拳銃を握り、そして少し考えてから手を離した。相手が鬼沢班の人間だということはわかっていたが、ここで銃を使うわけにはいかなかった。もしも発砲すれば更なる混乱を招くだけでなく、一般人への飛び火が
「煉瓦!」
ふと仲間の声がして、煉瓦は声がしたほうを見た。
「ここはもう駄目だ! 俺たちも早いとこ逃げるぞ!」
「でも、まだ他の人が……!」
「今殺されそうになっているのはこいつらじゃない、俺たちだ! さっさと安全なとこに逃げて、一旦仲間と合流を──」
その時、煉瓦の脳内に強力な死期の情報が流れ込み、それが一瞬にして途絶えた。
その死期は仲間のものであった。見ると、人混みの中から一本の腕が伸びており、手に握っていたナイフで仲間の首を突き刺していた。殺害を終えると腕は再び人混みの中へと隠れていき、そして行方をくらませた。
次は自分だ。大樹はそう直感し、慎重に周囲の人間を見た。人々がパニックになったことで周囲はまばらとなり、ある程度身動きが取れて人々の様子が把握できるようになった。
煉瓦はじっとその場に立って敵となる人物の接近を待った。そして背後から近づいてくる足音を聞いて自身の死期を察知すると、煉瓦は振り向きざまに勢いよく拳を突き出した。拳は敵であると思わしい人物の顔面に命中した。煉瓦はその人物に再び殴りかかろうとしたが、その顔を目にすると息を呑んで動作を止めた。
「あんたは……渋谷!」
その人物、もとい渋谷は自身の正体がばれたことに
渋谷と煉瓦は互いに面識があった。鬼沢班の班長である桜大に専属の部下がついたという話が上がったとき、煉瓦は一度だけその部下という人物を見に行ったことがあった。その人物が渋谷であったのだが、彼が何故専属の部下に指名されたのかを、煉瓦は一目見てすぐにわかった。
彼は優秀であったのだ。体力的にも申し分なく、どんな状況であれよく考えて行動し、何より同僚や上司に対して忠実であった。いわば、誰もが部下にしたがるような人物であったのだ。自身の代わりに人に仕事をさせる桜大にとって、渋谷は都合の良い人材であったのである。それゆえ、おそらく今回も桜大に指示を出されてここに来たのだろう。
「まさかあんただったとはな」煉瓦は言った。「驚いたよ、組長に忠誠を誓っていたはずのあんたが、今度は組長に
渋谷は何も言わなかった。何かを言うつもりもないのだろう、彼はただ
「あんたの意思なのか?」
すると渋谷は目に見えて取り乱し、弁明するように言った。
「そんなんじゃないです。俺はただ命令されたから人を殺しているのであって、本気で組長を殺そうなんて考えていません」
「僕の命を狙っておいてよく言うよ。それに組長を殺す気がないというのなら、あんたは何が目的なんだ? 言われた通りに動いて一生桜大さんの奴隷になるつもりか?」
渋谷は何も言わなかった。彼自身、自分がこれからどうなるのかをよく知っていた。桜大の下でよく働いたからと言って鬼沢班の幹部にしてもらえるわけではないし、むしろ今と同様彼の下で働かされるだけに違いない。しかし命令を拒否すれば鬼沢班に殺されてしまうのもまた事実だった。
「だったら、俺にどうしてほしかったんですか?」
「あんたは助けを求めるべきだったんだ。それも間違ったほうにじゃなく、正しいほうにな」
「煉瓦さんは俺みたいな境遇に立たされていないからそんなに軽々と言えるんですよ。もしも逆らったら、俺殺されるんですよ。こんなのどうしようもないじゃないですか」
「けれど、もしあんたが内部告発をしておけば抗争は起こらなかったし、何よりあんたが手を汚す必要はなかったんだ。仲間を裏切らずに天国に行くのと、仲間を裏切って地獄に行くの、どっちがいいかなんて考えたらわかることだろ」
渋谷は沈黙した。その目に光は灯っておらず、彼はただ俯いて何か考え事をしているようだった。それも束の間、彼は突然顔を上げると刃先を煉瓦に向け、そして決心したように言った。
「どうせ俺は地獄行きなんだ。だったらこの際、俺はこの世で長生きしてみせる」
「違う。その選択は間違っている。今すぐそのナイフを下ろすんだ」
「下ろして何になるんですか? もう誰も俺のことを許してくれないんだ。だったら俺はもう、許してもらおうとも思わない。俺は俺らしく、最後まで物事を貫いてみせますよ」
言い終わるや否や、渋谷はナイフを振り回して煉瓦のほうへと走り出した。周りにいた一般人のほとんどが既に逃げたため彼らを巻き込むおそれはなかったが、煉瓦はどうも銃を抜く気になれなかった。彼はただ両手で拳を作り、それを構えながら渋谷の攻撃を迎えた。
渋谷は煉瓦との距離を詰めると彼の胸めがけてナイフを突き出し、煉瓦はそれを易々と回避した。
煉瓦は隙を見て渋谷の腹に蹴りを入れると、彼はバランスを崩して腰から地面に落ちた。それから煉瓦は彼が手放したナイフを回収すると刃先を彼に向けた。
「動くな、もう終わりだ」
渋谷は煉瓦をじっと見つめながら呼吸を整え、そして言った。
「俺をどうするつもりなんです」
煉瓦は何も言わずに渋谷の目を見つめていた。その様子を見て渋谷は自身の運命を悟り、そして口を開いた。
「……だったら、俺もここで負けるわけにはいかないんで」
そして突然、渋谷は勢いよく立ち上がって煉瓦に襲いかかった。予想外の出来事で煉瓦は反応に遅れてしまい、両腕で腰を挟まれて渋谷に押されてしまった。間もなく背中に固い物体が当たり、彼は自身がデッキの端に設置されている手すりまで押されたのを理解した。
突進を受けた際に煉瓦はナイフを手放してしまった。彼は両手で渋谷の背中を殴打して抵抗したものの、それに構わず渋谷は煉瓦の腰を固定したまま彼をデッキから落とそうとしていた。煉瓦の体は次第に浮いていき、彼は自身の死期と同時に背筋を伝う冷や汗を感じた。
ついに手すりは煉瓦の腰の位置にまで上り、煉瓦は頭から後ろに回転して宙に浮いてしまった。
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