第17話 町田抗争 2

 しきりに鼻の下をこすりながら、アタリはその場から離れて周囲を見渡した。


 先の戦闘の目撃者らしき人物は見当たらなかった。おそらく駅での一悶着ひともんちゃくに夢中になっており、ここで戦闘が行われたことすらも知らないのだろう。


 アタリはガスボンベが飛んできた方向へと歩いていき、大樹の名前を呼んだ。大樹は近場の駐車場から姿を現した。彼の顔は依然としてけわしいものであったが、アタリの後ろで衣類が燃えているのを認識すると安堵あんどの表情を浮かべた。


「殺したのか」大樹は聞いた。


「先輩のおかげでな。でも組長や七星先輩に何も言わず殺したけど、大丈夫かこれ?」


「あれは正当防衛だ。先に襲ってきたのはあの淳淳とかいう男だったし、それに脅威になりうる能力者を殺したんだから士師としては正しいことをした。柚さんに事情を説明すれば納得してくれるだろう」


「信じてくれんのかな。その鬼沢班ってやつが俺らに濡れ衣を着せようとしてるんなら、組長も騙されてんじゃねぇの?」


「あの人はそこまで頭が回らない人じゃない。班長の桜大さんを交えて調べれば、きっとなんとかなるはずだ」


 そのとき突然、大樹のポケットの中からスマホの着信音が鳴った。大樹はそれを耳にするなりすぐさまスマホを取り出し、そして着信元を確かめた。


 それは柚からのものだった。大樹は恐る恐る通話を開始し、そして言った。


「柚さん、聞いてください。実は今さっき──」


「大樹っち、今どこで誰と何してる?」


 大樹の言葉をさえぎって柚は言った。彼女の声はどこか緊迫としており、大樹は彼女に何かしらの異変が差し迫っているのを感じた。


「町田駅付近でアタリと一緒にいます。実は先ほど鬼沢班に所属していると思わしき人物と戦闘になり、たった今そいつを殺してアタリと合流したところです」


 それを聞いて柚は舌打ちをした。それから束の間口をつぐんだ後、彼女は呟いた。


「戦力を分散させてるってことか……とことんやるつもりだな」


「はい?」


「よく聞いて大樹っち。時間がもったいないから一回で理解して。今、鬼沢班が班ぐるみで柚組に反逆している。現時点で横浜支部が攻撃を受けていて、おそらく本部も近いうちに襲撃される。私は本部にいないから巻き込まれることはないだろうけど、運の悪いことに私の居場所がばれて、命を狙われるはめになってる」


「柚さんが⁉ 大丈夫なんですか⁉」


「何とかなってるよ。それに私の心配はいらない、これでも能力者だからね。むしろ私が心配しているのはアタリ君や大樹っちみたいな七星班の人間だよ。どういうわけか、鬼沢班の中に数十人ほど能力者がいるみたい。今拘束している捕虜ほりょに聞かせてもらったけど、どうやらその能力者たちが七星班を集中攻撃してきているらしいの。そして反逆の首謀者である桜大君は今、町田駅周辺のどこかで身を潜めているみたい」


「それって……」


「そう。大樹っちとアタリ君は今、思いがけず敵の本拠地に入っちゃったってこと。一度入ったものは仕方ない、この際桜大君を見つけ出して、そして彼を止めて。生死は問わないから」


「ですが柚さん、今の話だと桜大さんは能力者とともに隠れているんですよね? いくらアタリといえどもそんな大人数を相手するのは無理がありますよ」


「うん。だからついさっきそこに仲間を送っておいた。けど一つ問題があって、大樹っちたちがいる場所から離れたとこで、士師と鬼沢班の戦闘が勃発して手こずってるみたいなの。だから二人には今からそこに行ってもらって加勢してほしいんだ。そしたら仲間と合流して一緒に桜大君を倒してもらいたい、頼んだよ」


「俺らのことはわかりました。けど柚さんは?」


「私は今から横浜支部を何とかしてくる。それじゃ」


 通話が切れると大樹は目を閉ざして深く息をし、そしてアタリに言った。


「行くぞアタリ。今から車に乗って仲間の援護に行くぞ」


「何、俺また戦わなきゃいけねぇの?」


「悪いがその通りだ。だがあいつらと合流すればお前も少しは楽になる。だからもうしばらくだけ頑張ってくれ」


「こんなことなら町田に来ないでさっさと帰るんだったな」


───


 アタリと大樹を乗せた車は道路の上を駆け抜けていた。柚の言っていた戦闘に気づいて逃げ出したのか通りに人は少なく、たまに見かけた者は走ってその場から去ろうとしていた。先ほどまで柚組の構成員が倒れていた現場は既にもぬけの殻となっており、その場には戦闘に巻き込まれたのか血を流して事切れている警察官や一般人の姿があった。


「まずいな」大樹はうなった。「無関係のやつにも被害が出てる。あいつら仁義を忘れたのかよ」


「仲間を裏切った奴に仁義もクソもあるかっての。あいつらも本気で殺しに来てるってことだろ」


「だが一般人への被害は最小限に抑えないとまずい。仮に抗争が終わったとしても世間は混乱におちいるはずだ」


「警察官も死んでるし、しばらくは俺も隠居かな。……おい、先輩。あれがそうじゃねぇか?」


 アタリは大樹の肩を叩いた。彼の視線の先には鬼沢班の班員らしき人物が五人ほどおり、横転した車の後ろに身を隠しながら七星班の士師と銃撃戦を繰り広げていた。彼らは銃撃に気を取られており、アタリと大樹の存在に気づいていないようだった。


「アタリ、お前狙撃は得意か」


「狙撃? 拳銃で? マジで言ってんの?」


「別にここから撃てと言ってるんじゃない。気づかれないように背後を取ってだな……」


「そんなことしなくてもさぁ、この車であいつらに突っ込めばいいじゃん。あいつら俺たちに気づいてないから、アクセル踏み倒せばいけるって。一網打尽だよ」


「冗談じゃない。そんなことしたら俺の車がぶっ壊れるだろうが。二度も車を失ってたまるかよ」


「また新しいの買えばいいじゃん。いいからさっさとどけって。仲間を見殺しにするわけにはいかねぇだろ」


 アタリは後部座席を越えて運転席のほうに乗り込んだ。それから大樹を窓に押しやるとアクセルを踏み込み、車は急発進を始めた。


「死ぬ!」大樹は叫んだ。


「死ぬのはあいつらだよ!」


 車は勢いよく五人組に突進していき、彼らはやっとアタリたちの存在に気づいた。しかしアタリはそれに構わずアクセルを踏み続け、そして彼らと衝突した。


 車のフロントガラスは煙とスーツによって覆われた。アタリは全員殺害したと見込んでいたが、よく見ると轢死れきしを免れた男性が一人残っており、彼は運転席に向けて手のひらをかざしていた。


 彼の手のひらには電気が発生していた。電気は徐々に威力を増していき、危険を察知したアタリは大樹とともに車から飛び降りた。それと同時に男性は手から稲妻を放った。稲妻はフロントガラスを突き破って車内に命中し、車はあっという間に炎上し始めた。男性は再びあたりに向かって稲妻を放とうとしたが、アタリはそれよりも早く男性を撃ち抜いた。


「馬鹿野郎!」現場が収まったのを見て大樹は怒鳴った。「俺を殺す気か⁉ 何でお前はそう仲間のことを考えずに行動するんだ!」


「でも全員倒せたからいいじゃん」


「だからそういう問題じゃないって言っただろうが! もう少し冷静になって動けってんだよ!」


「はいはい、反省してますって」


 現場に駆けつけてくるなり突然口喧嘩を始めたアタリと大樹を、七星班の班員は唖然あぜんと見ていた。その視線に気づいて大樹は我に返り、頬を赤らめて彼らのほうに歩み寄った。


「あ、あの、連絡が入ってここに来た福恵大樹ですが」


「ああ、あなたが……!」士師の男性は笑った。「まさかこうして会えるなんて。嬉しいです」


「嬉しいんですか?」


「はい。どうも能力者と非能力者のえらいバディがいると聞いていたので、一度お目にかかりたかったんですよ。それにしても噂に聞いていた通りの豪快っぷりですね。なんだか頼もしいです」


「はぁ……それはどうも」


「で、合流したはいいんだけどさ、俺たちこれからどうすればいいの?」アタリが訊いた。


「私たちは仲間の加勢に行って鬼沢班の戦力を削ぎましょう。それから首謀者である桜大さんの殺害です。一般人の避難は先ほど町田に到着した煉瓦君たちがやってくれているそうなので、そこは気にしないでください」


「あいつもいるのか、いよいよ本格的になってきたな。じゃあ行くぞ先輩。その桜大とかいうやつを殺してさっさと帰るぞ」


「行くっつってもどうやってだよ。誰が俺の車を壊したと思ってんだ」


「だから走って行くんだよ。どこに誰がいるかわからねぇのにわざわざ車で居場所をばらすやつがいるか?」


「アタリ君の言うことも一理あります」男性が言った。「中には爆発物を使ってくる敵もいました。もし車を使うとなるとリスクになるでしょう。それに建物内で戦闘になることもあるかもしれないので、ここは徒歩が無難でしょう」


「ほらな? そうと決まればとっとと行くぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る