「本姫」三冊目 女二人サシ劇台本 30分~40分
登場人物
・本姫(女)
黒髪ポニテ丸眼鏡の高身長店主。黒パーカーに白文字で一般人と書いてある服と、白のロングスカートな出で立ち。見た目は20代の美人女性
・唯 (女)
派手なギャル。イヤリングと、明るい髪色が人目を惹く。頭が良く成績優秀。無駄に賢く、そして不器用な天才。
以下本編________
・唯
ふらふらと祭りの喧騒の中を、人の隙間を縫って歩く。いつもなら人目を引く派手な見た目も、この中なら普通くらいに落ち着く。
「アホらしいなぁ」
祭りのメインストリートから横道に抜け、人の居ない静かな小道を歩く。祭りの喧騒がゆっくりと後ろに遠ざかっていく。
・本姫
「やぁやぁそこのイヤリングが綺麗な君、ここで祭りはやってないよ。方向も逆だが、どうしたのかな?」
・唯
声の方に目を向けると、白字で「一般人」と書いてある黒パーカーと、白のロングスカートを着た、黒髪丸眼鏡な女性が椅子に座り本を膝に置きこちらを見ていた。
「・・・別に、帰るだけですよ」
・本姫
「そうなのかい?それは勿体ないね。まだ祭りは始まったばかりだよ。それに屋台を回り尽くしたわけでもないだろう?」
・唯
「雰囲気を楽しみに来ただけです」
・本姫
「この短時間で、雰囲気に浸れたのかい?そりゃあ、羨ましい感受性だね」
・唯
「なんですか?さっきから突っかかって来て」
・本姫
「いいじゃないか。それにこんなとこに居るんだ、君も暇だろ。それか、祭りの雰囲気は嫌いかい?」
・唯
「嫌いではないです。苦手なだけです」
・本姫
「そうなのかい?」
・唯
「そちらは?この雰囲気好きなんですか?」
・本姫
「昔は好きだったけど、最近のこの雰囲気は嫌いかな」
・唯
「そんな祭りの雰囲気が変わるほど、長生きしているようには見えませんが?」
・本姫
「そんなに若く見えるかい?これでも結構な歳月ここにいるんだけどね」
・唯
「そうなんですか」
・本姫
「君は、この祭りの始まりを知っているかい?」
・唯
「・・・知らないです」
・本姫
「そうだよね。おそらく、現代に生きるほとんどの人間はこの祭りは元々葬列だったことを知らない。なんなら、祭りの主催者や実行委員たちのような、役員も知らないだろうね」
・唯
「随分と歴史に詳しいんですね。葬列ってことは、昔は重々しくやっていたんですか?」
・本姫
「そんなことはないよ。賑やかさだけは今とさして変わりはない。様々な人間が屋台や露店を開き、賑やかにその人について語りながら笑い、感傷に浸り、そして、記憶に彩を添えるんだ。あの時だけは、人もこの世界も好きになれる。そんな日だったろうね」
・唯
「・・・実際に体験して来たかのような言いようですね」
・本姫
「共感というやつさ・・・少し冷えたし、私は店に戻るとするよ」
・唯
彼女はそう言い、背後にある引き戸を開け中に入っていった。私はてっきり民家かと思っていたのだが、どうやら店のようだ。木製の看板に「善生堂(ぜんしょうどう)」と書いてある。暗い路地にオレンジ色の暖かい光が、扉から漏れ出している。
・本姫
「ねぇ、君、珈琲好きでしょ」
・唯
さっきの店主がドアを少し開け顔を出している。
「好きですけど・・・なんで疑問形ではなく断定形なんですか」
・本姫
「勘ってやつだよ。詳しく知りたきゃおいでよ。珈琲一杯くらいなら、ご馳走してやらんこともない」
・唯
「誰が客引きじみたそんな言葉を信じるんですか」
・本姫
「フフッ、君は引っかからないんだね。とある少年はこの言葉に引っかかったのに。君は彼ほど素直ではないようだね」
・唯
「その少年は珈琲の代金を、どうしたんですか」
・本姫
「払ったさ。自分の半生を懸けて書いた物語で」
・唯
店主さんは楽しそうに、そして懐かしむように口にする。手招きのまま私は店内に足を進める。店内に入ってまず目に入るのは、バーカウンターである。そこにはカウンターチェアが4つある。そのバーカウンターは店の奥にあり、左右の空間は2メートル以上の高さがあるであろう本棚で埋まっている。どうやら古本屋のようだ。私はカウンターチェアに座り、店主さんと向き合う。
・本姫
「いらっしゃいませ、お客様」
・唯
「・・・どうも」
灯りのある店内に入って改めて思う。この店主さんはかなりの美人だ。可愛いという形容が失礼だと思わせるほどに整っている。そのうえ身長もかなり高い。
・本姫
「とりあえず約束通り、珈琲を淹れてあげよう。酸味、苦み、マイルド、どれが良い?」
・唯
「酸味で」
・本姫
「・・・お嬢ちゃんはやはり珈琲が好きじゃないか。酸味は一周回ってたどり着く好みと私は思っているんだけど、どうお考えで?」
・唯
「そうですね」
そっけない返事なんて聞こえなかったかのように店主は珈琲の準備を進めている。良い香りが漂ってきて、お湯の湧く音とコーヒー豆を挽く音が店内に響く。
・本姫
「これも何かの縁だろうし、名前を聞いてもいいかな?」
・唯
「唯です」
・本姫
「かしこまりました、唯さん。酸味強めの珈琲だよ。」
・唯
「ありがとうございます」
珈琲は本当に酸味が強かった。しかし、嫌な酸味ではなく爽やかで、苦味も併せもった、そんな風味だった。
・本姫
「どうだい?おいしいだろ。今の季節、昼間は暑いのに、夜は冷えるからね。温かい珈琲が身に染みるんだ」
・唯
「はい。とても」
・本姫
「それはよかった。祭りが終わるまでここで、ゆっくりしていくと良い。私も今は、好きではないからね」
・唯
「昔と今ではそんなに祭りの雰囲気が違うのですか?」
・本姫
「そりゃあ違うさ。もともとあの祭りは、この土地を開墾して、水を引き、人々が暮らせるように整えた、ある人の葬列が始まりだからね。ただ、その人はしんみりしたことが嫌いでね。いつだって派手に、賑やかに、楽しく生きるべきだと、本気で思い実行していた。だから、その人の葬列は祭りにして、皆で賑やかに笑い合おうと、当時の名手が勝手に決めて実行したんだ。その勝手な行動に誰も反対しなかったし、積極的に協力した。その事実が、素敵じゃないかい?」
・唯
「・・・素敵ですね」
・本姫
「そうでしょ。死して尚、人々を惹きつけ生きた証を残したんだ。そんな証拠もだいぶ掠れて薄くなってきたけどね」
・唯
「・・・店主さんは、この祭りの雰囲気や、やり方が嫌いなのではなく、本質を忘れ形骸化したこの行事が嫌いなんですね」
・本姫
「ご名答。人間の命は儚い。だからこそ過去から学び蓄積していくのに、それを怠るのは・・・いや、この辺にしておこう。そうだ、君に応えなきゃいけない事が一つ残っていたね」
・唯
「なんでしたっけ?」
・本姫
「何故、君が珈琲を好きだと見抜いたかだよ」
・唯
「確かに気になります」
・本姫
「歯の色だよ。珈琲だったり紅茶をよく飲む人は、どしても歯に色素が付着する。そのせいで、歯が真っ白ではなくなるんだ。あとは、雰囲気からの勘だね。まぁ、そっちの方が人間らしくて私は好きだけどね。種を明かせば大したことのない推理だろ」
・唯
「不思議パワーとかではなかったんですね」
・本姫
「そんな心にもないことを言わない方がいいよ。君は少し賢すぎるようだね」
・唯
「そんなことないですよ。ただ、普通の人間らしく生きるのが下手なだけです」
・本姫
「そういうところだよ。君は賢いが故に、他人がどういう反応を望んでいるかわかってしまうだね。だからこそ、心にもない、聞こえのいい虚言が口をついて出るのだろ。思考の瞬発力、深さ、ともに一級品だからこそ、できてしまう芸当だ」
・唯
「実際それでうまくいくので、問題はないですよ」
・本姫
「君くらいの年齢のうちは、それでうまくいくだろうね」
・唯
「なにが言いたいのですか・・・」
・本姫
「わかりやすくい言った方がいいかい?なら言ってあげよう。たかが十数年生きた子供の想像力に収まるほど、世界は狭くないと言っている」
・唯
「それは店主さんから見た世界でしょ?私の世界はこれで上手く回ってます」
・本姫
「それは見識が狭いからだよ。君のような子は、この地域には少ないかもしれない。ただ、上に行くのであれば別だ。この日本という島国の中だけでも、数え切れないほど存在する。ともなれば、世界はもっとだ。つまらない顔をして、明るい場所から顔を背けて、暗く狭い場所に閉じこもる君には、わからないことかな?」
・唯
「随分な言いようですね。そんなに広い世界が大事ですか?この近辺で上手くやれれば、それでいいじゃないですか」
・本姫
「言い訳はそれで十分かい?」
・唯
「言い訳ではなく、逃れようのない事実です」
・本姫
「その言い訳が出てくる時点で、君にとってそれは事実ではない。この世界は広く、輝かしく、眩しいと知っている人間だ。自分のいる世界がほんの一部だと知っているからこそ、近辺で十分だなんて言葉が出るのではないかな。本当に十分な人間はこの近辺ですら、世界が広すぎるからね。適材適所ってやつさ。狭い世界で十分な人間もいれば、ここでは手狭な人間もいる。君には、ここは手狭すぎる」
・唯
「・・・」
・本姫
「返答がないということは、私は君の想像を超えていけたようだね」
・唯
「今日会ったばかりの子供に、随分と熱心に説法を解いてくれるんですね」
・本姫
「私は子供に説法を説いているつもりはないよ。内に閉じこもった、未来の可能性に言っている」
・唯
「なにをもって可能性とか言っているんですか・・・」
・本姫
「根拠はあるよ」
・唯
「今日会ったばかりの女子高生の何を根拠に・・・」
・本姫
「君にとっては、初めましてなのだろうが、私は君をよく見かけていてね。いつも横にいたご友人2人は今日、どうしたのかな?」
・唯
「店主さん・・・私のストーカーですか?」
・本姫
「ストーカーだなんて人聞きの悪い、君は華やかだからね。目につくさ。祭りが開催されているそこの大通りが、君の下校ルートでしょ。あとは現状証拠と、会話の中からいくつか推測を立てていく。君たちは高校生でしょ。そしてこの時期の高校生の悩みは往々にして進路についてかな。君は頭が悪いわけではなさそうだからね、大学に行く学力が足りないとかではなく、また別の理由があるのかな。どうだい?いい線いっていると思うけど」
・唯
「はぁー、降参ですよ。なにから知りたいんですか?もうなんでも答えますよ。そこまでバレているなら、誤魔化してもそのうち暴かれそうですし」
・本姫
「潔し。そういうのは嫌いじゃないよ。ただ、私は、気まぐれで呼び込んだ君について、答え合わせをしたいだけなんだ。知的好奇心はには抗えない性格でね。」
・唯
「私からしたら、とても厄介な性格です」
・本姫
「フフッ、私に対して厄介というのは君で何人目かな。昔から言われ続けて慣れてしまったけど、その辺りの感性は君も平凡なようだね」
・唯
「平凡・・・」
・本姫
「聞かなきゃいけないことは、そんなに多くはない。君の内に滞留している悩みと、今日の祭りにいつもの友人が居ないことは、関係しているのかい?」
・唯
「大いに関係してますよ」
・本姫
「それはよかった。推測が外れるとカッコ悪いからね。詳しく聞いてもいいかな?」
・唯
「いいですけど、あまり面白い話でもないですよ」
・本姫
「面白いか、つまらないかは私が決めることだから、気にせず話したまへ」
・唯
「・・・店主さんの言う通り、私は人より賢いのでしょう。昔から校内のテストや、全国模試で、まぁまぁいい順位に居座っていますから。ただ、現代教育の風潮なのか、個人の順位というものを公にすることは、禁忌のように扱われます。最初は変に気張らず楽でいいと私も思ってました。だからこそ、さっきから話題に出ている2人のような層の人たちとも、仲良くできていたんだと思います」
・本姫
「過去形なんだね」
・唯
「そうですね。私はこんな見た目してますが、将来は医療関係に進もうかと考えていたんです」
・本姫
「なら、大学は医学部か医療技師を育成する専門学校とかかな?どちらにしろ、簡単ではないだろうね」
・唯
「・・・一般的にはそうだと思います。だからこそ、あの2人は裏切られたと思ったんじゃないんですかね。頭の悪いふりをして見下していたと・・・そう思われても、仕方がないとは思います」
・本姫
「君の本音は、どうなんだい?」
・唯
「そんなわけないじゃないですか。楽しかったですよ。騒ぎながら下校して、休みに電車で遠出して、疲れ切って帰宅する。そんなくだらないけど、大切な・・・青春でしたよ」
・本姫
「なるほどね。・・・ちなみになんだが、君は何故友人2人が腹を立ててるか、わかっているかい?」
・唯
「そりゃ、頭の悪いふりをしていたことじゃないですか?」
・本姫
「それもあるだろうが、本質は違うだろうね。その二人が怒りを覚えたのはきっと、信頼に足る友人と思っていたのに、君はそんなこと、全くなかったからじゃないかい?」
・唯
「私があの2人を信頼してなかったと?」
・本姫
「そうだよ。君は自分の頭の良さがバレたら、2人は離れていくか、気分を害すると、思ったから秘密にしてたんだろ?つまり、自分たちの友情は、頭の良さがバレると終わってしまう。その程度の繋がりだと君は思っていたわけだ。その感情に気が付いた二人が、良い思いをしないのも、無理はないよね。君の本音関係なしに、下に見ていた現象に変わりはない」
・唯
「じゃあ、どうすればよかったんですか・・・何をしようと、どこかでバレて結局こうなりますよ。学力の上下は事実な訳ですし」
・本姫
「前提条件が今のままならそうかもね」
・唯
「前提条件?」
・本姫
「前提条件というより、最初の一手目かな。君は途中経過を憂いているが、君が本当に後悔すべき点は出会いの瞬間、一点のみだろうね」
・唯
「出会い・・・」
・本姫
「君も薄々気づいていると思うけど、最初から自分は頭がよく成績優秀ですと、提示するべきだったんだ。もちろん煙たがられる可能性もあるが、その場合その程度の親和性だったと、割り切りもつくだろう」
・唯
「それは・・・哀しくはないでしょうか。人間的温もりと言うか・・・人情が感じられる方策だとは思えません。合理性はあるのでしょうが、私は心ある人間です」
・本姫
「なら、どうするといいと思う?」
・唯
「・・・言い返さないんですね」
・本姫
「ん?遠回しに、私のことを冷たい人だと言っていたことかい?そんなこと、とっくの昔に自覚している。ただ、君の言い返しが私の予想を飛び越えなかった、それだけさ」
・唯
「店主さんは何が何でも、私を凡庸と言いたいようですね」
・本姫
「事実だからね。勘違いしたままの若者を、アドバイスもなしに帰宅させるほど、私は悪趣味じゃない。それに、その様子だと君がこの後やらなければいけないことは、理解しているようだね。なら、実行に向かったらどうだい?」
・唯
私は少しの思考の後、椅子から立ち上がる。それと同時に、店主さんが紙束を差し出してきた。
・本姫
「はい、これ。餞別の品だよ」
・唯
「なんですかこれ?・・・論文?」
・本姫
「ウチの売り物だよ。昔、この店に迷い込んだ研修医が私に売った自作の論文」
・唯
「え?自作論文の買取?そんなことやっているんですか?」
・本姫
「金銭的価値はないけど、私の店は特殊でね。お金以外にも本を購入する手段として、本による現物支払いを推奨している」
・唯
「じゃあ、その人も、何か本一冊とこれを交換したんですか?」
・本姫
「そうだね。彼が来たときは、まだ駆け出しの研修医のようだったが、今はだいぶ高名な医師になったそうだよ。論文の後ろの名前を後で検索してみると良い」
・唯
「は、はい」
裏を見ると検索せずともわかるほどに、業界内では有名な医師の名前が書いてあった。
・本姫
「あ、その本の代金だが、君自身のさっきの話でどうかな?」
・唯
「・・・餞別の品なのに有料なんですね」
・本姫
「当たり前だろ。私のお気に入りの物語だ。それなりの覚悟を持って受け取りたまえ」
・唯
「わかりました。私のさっきの話は好きに使ってください」
・本姫
「ありがとうね。これで一本面白い話が書けそうだよ」
・唯
「気に入ってくれたみたいで、よかったです」
・本姫
「それじゃ、行っておいで。もうここに来てはだめだよ。」
・唯
「ありがとうございました」
・本姫
「そんなに畏まらないで。今日はお祭りだ、無礼講ってもんさ。それに、君ならできるよ。この祭りの起源である人や、その論文の著者のように、この広い世界に、生きた証を残すことくらい」
・唯
「そうですね・・・できそうな気がします」
・本姫
「その調子だ。大暴れしてやると良い」
・唯
「はい」
私は祭りが開催中の大通りを向き、灯りのともる方向へ歩みを進める。この後話す内容を考えながら、足はだんだんと速くなる。ガラにもなく、いつの間にか駆けだしていた。私は言わねばならない。本当の想いを。他人には理解できないと、諦め、見下していた気持ちを振り切って、楽しかったんだと。それでだめなら、また考えればいい。私にはそれができるはずだ。祭りばやしと、人ごみの雑踏の音が混じり合い、世界はオレンジ色に光っている。
あぁ世界は美しく広い・・・
「終」
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