ヒーローは遅れてやってくる・男二人 15~20分劇
・登場人物
浅木 陵(あさぎ りょう)
男子陸上部短距離ランナー。怪我でしばらくの休養中。復帰は検討中。入学後万年二番手ランナー。はっきりと物言う性格で病的努力をする。
村形 優(むらかた ゆう)
男子陸上部短距離ランナー。浅木と同じ高校で、入学後はずっと部内のエース。
性格は静かだが強い信念がある。ノンデリな気分屋リアリスト。
※一カ所不問の場所があります。読み始める前に確認お願いします
________以下本編_________
・浅木
「起立、礼、ありがとうございました」
今時の学校では珍しいであろうこの一連の所作を、なぁなぁの雰囲気で流し、足早にロッカーに向かう。さっさと帰宅準備をしながらロッカーの底にある、スパイクに目を落とす。何か月ここに置きっぱなしにしているのだろうか・・・使う予定は今のところ・・・ない。
・村形
「浅木、調子はどう?見る限り松葉杖はいらなくなったようで良かったよ」
・浅木
「随分と早い帰宅だな。エースランナーは練習場に急いだ方がいいんじゃないのか?」
・村形
「それは君も同じだろ。松葉杖がなくなったのなら、筋トレくらい部活に来て、してみたらどうだ?」
・浅木
「気分次第で行くとするよ」
・村形
「そう、じゃあ僕も気分次第で行くとする」
・浅木
「それじゃ他部員に示しがつかないし、あと、あのクソ顧問もキレるんじゃない?」
・村形
「それはないね。最近はほぼ僕のワンマンの部活だったから、居ないほうが他部員も気楽だよ。顧問は知らん」
・浅木
「・・・それもそうだな」
個人競技の部活ではよくある話だ。才能のある個人をほかの部員が全力でサポート、上位入賞にねじ込んで、学校だったり部活に箔をつける。顧問側にも多少の箔がつく。とても合理的で、残酷な、よくある現実。
・村形
「でしょ。君みたいに噛みついてくる脳筋馬鹿も、一人くらい居ないと張り合いもないよ」
・浅木
「いま俺のこと脳筋馬鹿って言わなかったか?ノンデリエース」
・村形
「言ったよ。でも、実際そうでしょ。入部してから多くの部員が賢く、他競技にシフトしたのに、君だけ馬鹿みたいに競ってきたじゃん。本当に馬鹿だよね。そんなことしなきゃ怪我もしなかっただろうに」
・浅木
「お前普段からそういう発言してないよな?友達いなくなるぞ」
・村形
「友達は居ないよ。必要性もない」
・浅木
「常々1人が多いとは思っていたが、本当にいなかったのか・・・」
・村形
「まぁ居なくても支障はないよ。それに、そんな塵芥(ちりあくた)を味方につけたところで、タイムは縮まらない」
・浅木
「酷い言いようだな」
・村形
「事実だからね。向上心を捨てて、誰かをサポートすることに、存在意義を見出している奴なんて、居ても居なくても大差ないから、自然と扱いは適当になるよ」
・浅木
「それはまた、身につまされる教訓だね」
・村形
「何にせよ、最近張り合いがなさすぎるから、さっさと戻ってこい」
・浅木
「なんで俺なんだよ。別の奴でも練習相手は変わらないだろ。それに、怪我が完治しても、戻るかどうかは検討中だよ」
・村形
「浅木の意見はどうでもいいんだ。僕の為に戻ってこい。やる気のない負け犬と戯れても、何も変わりゃしない。俺を食いに来る脳筋馬鹿な犬じゃないと意味がない」
・浅木
「良いこと風に言っているが、9割9分9厘、悪口と悪意で構成されている言葉だな」
・村形
「そう?僕としては最大限の敬意のつもりだけど?」
・浅木
「運動能力より先に、国語力を鍛えろ・・・」
・村形
「国語力には自信があるよ。現代文も毎回80点オーバーだよ」
・浅木
「・・・そういうところだよ。お前を見ていると、現代教育の限界を、感じざるおえないな。それに、俺にこだわらずとも、速い奴なんて居るだろ。この学校に居なくとも、他校に目をやれば何人か思い当たる奴もいるだろ。県主催の強化合宿とかあったし、そこでお前の望む狂犬は、捕獲はできるんじゃねえの」
・村形
「・・・・・・たしかに、そうだね」
・浅木
表情の起伏の少ない村形の表情が暗く見えた。
「じゃあ、他に用事がなければ俺は帰るぞ。お前もさっさとアップしてグラウンドに行った方が良いだろうな」
・村形
「あーそうなんだ・・・。うん、急いで向かうとするよ」
・浅木
「おう、行け行け」
村形はジョギングのような脱力感で走って行った。その背中をぼんやり眺める。
「・・・速ぇ」
思わず本音が漏れる。走り慣れてない一般人の全力疾走と大差ない速さであろう速度で、天才の背中はどんどん遠くなる。
帰路を辿りながら、現在までの記憶をなぞる。中学の部活選びで、部費が少なく道具の金額がそんなにかからない部活ということで陸上を始めた。そもそも走るのが早いとかそういうことはなく、入部時点では一番遅かったのを鮮明に覚えている。タイムが早い順に並べられた部員名簿の一番下が、自分の指定席のように思えて、ひたすらに悔しく歯を食いしばっていた。そんな俺もひたすらの努力で県内トップランナーと言われるようになった。そして当たり前のように高校でも陸上部に入り短距離を選んだら、そこに天才が居た。恵まれた体格に、長いストライド、無限に走れるかと思わせる体力。まさしく「天才」が同期に居た。最初こそ燃えたし、越えがいがあると誰もが思っていた。ただ、そんな馬鹿も一人一人減っていき、気づけば俺1人に。そして最後の馬鹿も怪我で失速、結局残ったのは孤高の天才ただ一人。今時誰も好まない3流シナリオのようだ。
「・・・辞め時なのかもなぁ」
・村形
「何を辞めるんだい?」
・浅木
「うおッ!?お前・・・練習はどうした!」
・村形
「ん?顧問に話付けてきた」
・浅木
「いや、どうやって」
・村形
「腰の調子悪いから接骨院行くって言ったらすんなりと許しが出たよ」
・浅木
「飄々と嘘を吐くなよ。後々面倒だぞ」
・村形
「嘘じゃないよ。事実最近違和感あるから、接骨院には行くし、なんなら行く途中」
・浅木
「こっち方面に接骨院はないぞ」
・村形
「ランニングがてら遠回りしてるだけ」
・浅木
「リアリストなお前にしては随分非効率的だな」
・村形
「僕はリアリストの前に気分屋の素養が大きいからね」
浅木
「そんな気分屋なエースは、どういう気分でここまで走って来たのでしょうか」
・村形
「心残りの解消に来た」
・浅木
「心残り?」
・村形
「君は知らないだろうし、知る気もないだろうけど、知っておいてほしいと思って」
・浅木
村形はそう言うとケータイを取り出し、画像を見せてきた。
「これは・・・100メートルのレース写真?」
・村形
「うん、もっと詳しく言うと、中学入学後一番最初に開催される大会の100メートル予選の写真」
・浅木
「お前がぶっちぎり1位でゴールインしてるな・・・ここまで来た理由が自慢なわけでもないだろ。何が言いたい?」
・村形
「この組の最下位は君だ。君は高校からの関係かと思うだろうが、僕からしたらこの時からの関係だ。そして、この次の大会の写真がこれ」
・浅木
「・・・また、お前が余裕の1位だな」
・村形
「ありがたいことにね。ここまでは余裕の1位だった。けど、この写真は決勝レースのもので、この時君は3位だ」
・浅木
「そういえばそうだったな。昔のことなんで忘れてたよ。で、次の写真は?」
・村形
「ないよ・・・この後の大会から1位は全て君だからね」
・浅木
「・・・それで?」
・村形
「僕はこの頃、君が心底嫌いだった」
・浅木
「またハッキリと言うね」
・村形
「事実高校入学して数か月嫌いだった。最初は気に留める必要もない雑魚が、急に決勝まで這い上がってきて、次のレースではその雑魚を自分が追いかける立場になるんだ。さらにその雑魚は僕を覚えてないと来た。そりゃ嫌いにもなる」
・浅木
「まぁ・・・一理ある」
・村形
「だろ。でも、人間というのは往々にして「自分以上の人間」に惹きつけられるものなんだ。君から見た僕は天才なのかもしれないけど、僕から見た君もまた、天才に見えた」
・浅木
「・・・」
・村形
「でも、実際は病的努力を当たり前のようにする脳筋馬鹿だった」
・浅木
「お前は結局何が言いたい。簡潔に話せ。現代文毎回80点オーバーなら、要約するのも得意だろ」
・村形
「・・・君は僕が嫌いな天才だった。けど、今は僕の道標のような立ち位置に居る。今までなんとなくで走ってた僕にとっては、道を作り先導してくれた・・・そんな人に思えた」
・浅木
「・・・そうか」
・村形
「身の振り方は君が決めることだし、復帰の無理強いはもうしない。なんなら退部の手伝いもしてやるよ。・・・それじゃ、行くね」
・浅木
そう言って天才は来た道を逆走していった。
「遠回りついでとか・・・嘘つくなよ」
・不問(読まなくても問題なし)
・・・数か月後・・・
・村形
「100メートル予選の招集かかってるんで、待機所行ってきます」
休憩中の後輩からまばらな声援が飛ぶ。一応最後の大会になるのか・・・実は僕もこういう時しんみりしたりするキャラかも、とか思っていたけど皆無だ。予選だからかもしれないが、一番は浅木が結局部活には復帰しなかった事が、大きいことくらいわかってる。顧問にさりげなく探りをいれたところ退部はしていないらしい。受験の年に退部すると印象が悪いとかなんとか。浅木の学力ならそんなの杞憂なのだろうが、用心することに越したことはないとも言うしな。だらだらと勝って当たり前な予選の受付列に並ぶ。係員にゼッケン番号とスパイクを見せ、待機所のベンチに座る。他の選手をチラ見してみると、全員見知った顔だ。3年間同じ地区で大会に出ていれば、大方な力関係は察しが付く。やばそうなのは2人くらいだが、この3年間1度もこいつらの背中を見て走ったことがない。今回も変わらず、先に誰もいない広々としたトラックを走るのだろう。練習とさして変わらない。コンクリートの地面を見つめ、集中力を高める。たった100メートルを10秒と少しで駆け抜ける競技だが、気を付けることは多い。・・・一通り反復が終わり顔を上げる。
・浅木
「ん?終わったか?いつもの気持ち悪い瞑想タイム」
・村形
「・・・何してるの?」
・浅木
「いや、ユニフォーム姿で待機所ベンチに座っていたら、それは選手以外ありえないだろ。違ったら怖いよ。」
・村形
「そうだけど、君エントリーされてた?」
・浅木
「クソ顧問に頭下げてエントリーした。お前他の部員とか興味ないから、誰がどの種目に出るとか見ないもんな」
・村形
「そうだけど・・・練習とかは?あれから部活一回も来てないし・・・そもそも今日うちの学校の陣地に居なかったじゃん」
・浅木
「練習は別に部活に行かなくてもできる。むしろ他の奴の面倒を見なくていいから、有意義な練習ができたぞ。陣地に居なかったのは、あのクソ顧問との取り決めだ。部活に来てない奴にウチの陣地を好き勝手使わせるわけにもいかないから、個人的にここに来て全部自己責任で行動しろ、だそうだ」
・村形
「ハハッ・・・本当に馬鹿だな」
・浅木
「誉め言葉としておくぜ。じゃあ、あとはゴールラインでよろしく。せいぜい俺の背中を眺めてな天才」
・村形
「君こそ、その言葉がブーメランにならないようにね」
予選第一組4レーン向かう。隣の5レーンには、久々に見る真剣な顔の浅木が居た。たった10秒と少しの間現れるヒーロー。それに魅せられた凡才な自分を、ヒーローは天才と言う。
スタートラインの白線に手を添えスタートの構えをとる。空気を吐ききり、呼吸を止める。スタートのピストルの破裂音が鼓膜を揺らしたその瞬間、全身の細胞が沸騰し狂気する。はじき出されたように飛び出し前を向く・・・あぁ、久しぶりヒーロー。
・浅木
「予選は俺の勝ちだな!」
・村形
「予選でどんなに速くても、優劣は決勝で決まるからね」
・浅木
「今のレースは全力じゃなかったのか?自己ベスト更新しているのに」
・村形
「・・・決勝でもその口開けると思うなよ」
・浅木
「ハハハッ、この短時間で速くなれるよう頑張ってきな」
・村形
「お前と走るってわかってるなら、決勝はもう少し早くから準備するから」
・浅木
「受けて立つぜ天才」
・村形
「首洗ってまっとけヒーロー」
・浅木
2人して笑いながら競技場を歩く。長らく消えていた炎が、また燃え上がり始めた。
『終』
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