「本姫」二冊目 ・男:女=1:1 20~25分劇

・登場人物一覧 


お兄さん(男)・・・若手研修医。悩みは己が存在意義。


店主(女)・・・古本屋店主の黒髪ポニテの丸眼鏡高身長で陽気な不思議お姉さん。服装は黒シャツにワイドパンツと奇抜である。履き物は下駄。


※セリフは基本「 」が付いています。心情描写は何もついていません。登場人物名の下にセリフがあります。

「本姫」一冊目

退屈な彼女の呪い 

上記2作品と世界、登場人物は共通です。知らなくとも楽しめる作りになっていますが、知っているとより面白いかと思います。では、どうぞ。

 

以下本編です

 ________________________


・お兄さん

「お疲れ様でした」

そう言いフラフラと職場である病院を出る。時計は午前7時を指していた。

「・・・疲れた」

そう呟き徒歩で帰路に着く。死に物狂いの受験戦争を戦い、医学部に入学。医学部大学生という長い長いお勤めをこなして研修医となった。そして現在も戦いは続いてる。しかし先人たちである先輩医師を見るとまだまだ続きそだ。果ての見えない苦痛と労働、給料も研修医のうちは明確に割に合わないが、同世代を見ていると・・・まだマシだと思いたい。


・店主

「そこのお兄さん、これ、落としたよ。病院のカードキーなんて物騒な使い道が多数ありそうなものを、落としてはダメだよ」


・お兄さん

「あぁ、すいません。ありがとうございます」

後ろから声をかけられ振り返る。男性の中では平均的身長である自分と同じくらいの身長をした、黒髪ポニテ丸眼鏡の女性が立っていた。服装は黒いワイシャツにワイドパンツでバーテンダーのようであるが、履物は下駄である。


・店主

「君・・・大丈夫かい?随分と疲れているようだけど」


・お兄さん

「まぁ職場からの帰りですし、多少疲れてるんですかね・・・ハハ」


・店主

「んー・・・お兄さん、暇かい?」


・お兄さん

「え、・・・暇ですけど、なんですか?」


・店主

「ウチの店においでよ。コーヒーくらい出すよ」


・お兄さん

「いやいやいや、大丈夫ですよ。申し訳ない」


・店主

「大丈夫ではなさそうだよ。知らない人と話して突然涙を流して、しかもそのことに気づけない人間が正常だというのなら、世の中、狂ってる人間がほとんどになってしまう。君こそ病院に行ってくれたまえ」


・お兄さん

頬を触ると確かに泣いている。不甲斐ない・・・


・店主

「ウチはね古本屋兼喫茶店みたいなものだから、安心して。清廉潔白健全経営だから」


・お兄さん

僕は手を引かれ、おぼつかない足取りで歩く。情けなさと同時に、言いようのない安堵感が湧いてくる。


・店主

「君の仕事は病院関係?」


・お兄さん

「はい、まだ未熟な研修医ですが・・・」


・店主

「研修医でも医者は医者だよ。胸を張って言いなさい」


お兄さん

「・・・ありがとうございます」

その後は黙々とビルの隙間を歩く。毎日のように使ってる道を少し外れる。そこには、とても静かな空間が広がっていた。


・店主

「さぁ着いたよ。ようこそ、我が古本屋へ」


・お兄さん

店の見た目は平屋の日本家屋である。木の板でできた看板には、善生堂と明朝体の文字が黒々と彫ってあり、おそらく店名だと推測がつく。


・店主

「ほら、入りなよ。外見はボロボロだけど中は綺麗だからさ」


・お兄さん

店主さんが入り口で手招きをしている。

「失礼します」


・店主

「いらっしゃい。好きな場所に座っていいよ。座るより本を見たいのなら好きに歩き回るといい。ウチは立ち読み歓迎の古本屋だからね」


・お兄さん

「でしたらお言葉に甘えて、店内を回らせていただきます」


・店主

「どうぞごゆっくり」


・お兄さん

店主さんは和やかな雰囲気でコーヒーの準備を始めている。慣れた手つきでお湯を沸かしながらコーヒーを挽いている。

店内は入って左手にカウンターがあり、反対の右手には2メートル以上の、天井に届きそうな本棚が並んでいる。カウンター前には4脚の椅子のみとなっていて、店内のほとんどのスペースは、本棚が占めていた。紫外線は本の天敵だからなのか、店内に日光の暖かさはない。だが、照明が暖色のおかげで柔らかい暖かさに包まれていた。

整列している本棚を眺めながら、ゆっくりと本の壁で作られた道を歩く。本は無秩序に並んでいるのではなく、どうやら本棚ごとに、テーマや傾向が決まっているようだった。背表紙の下の方には、金額の書かれた札がついているものもあれば、値段表記のない本もある。古本屋というより、本好きな人の書斎にお邪魔しているような感覚になってきた。その中で見覚えのある題名を見つけたので、何気なく手にとってみる。


・店主

「君はその本が気になるのかい?」


・お兄さん

コーヒーの匂いを纏い下駄の音と共に店主さんが歩いてくる。

「いや、気になるというより聞き覚えのある題名の本でしたので・・・」


・店主

「・・・おそらくだが、その聞き覚えのある題名と、そこに書いてある題名は少し違うはずだよ。内容も、大筋は同じでも、表現だったりの細部がかなり違うはずだ」


・お兄さん

「それはまた・・・不思議な本ですね。作者が別なのですか?」


・店主

「いいや、同じ人物だよ。ただ、書いた時期が少し違うだけさ。だから、その本には値段がついてないだろ」


・お兄さん

「確かに背表紙には貼ってないですね。非売品か何かですか?」


・店主

「この店に非売品の本はないよ。全部購入可能だとも。ただ、買う際に金銭以外の物で支払いを要求する場合があるだけさ」


・お兄さん

「何が、要求されるのですか?」


・店主

「本だよ。値段の付いていない本が欲しければ本を置いていくと良い。ただし、本の絶対的価値基準はこの私だ。ここでは金銭的価値は関係ない」


・お兄さん

「自分自身がこの古本屋の価値基準っていうのは面白そうですね」


・店主

「ほう・・・少し前なのだが、この価値基準に対して傲慢だと言った少年が居てね。君は彼とは違う感性なようだ・・・ああ、それと、コーヒーは完成してるからカウンターにおいで。その本を持ってきて、読んでいてもいいからさ。冷める前に来なよ」


・お兄さん

店主さんはそう言い下駄をカランコロンと鳴らしながらカウンターに戻って行った。手に取っていた本に目を落とす。夏の空を連想させる、突き抜けるような青色が特徴の表紙だった。その後はカウンターで、ホットコーヒーを飲みながら静かに過ごした。コーヒーは想像より酸味が強く、苦味は抑えめだった。ゆったりとした時間が流れる心地の良い空間で、僕は本を読み終えてしまった。


・店主

「読み終わったかい?」


・お兄さん

「はい、良い物語でしたね」


・店主

「それはよかった。少年にも伝えておかなきゃね」


・お兄さん

「この作者と知り合いなのですか?」


・店主

「そういう訳ではないのだけれど、連絡手段があるってだけさ」


・お兄さん

「それは・・・また凄いですね」


・店主

「そうかい?物書きなんて世の中に掃いて捨てるほど居るのだから、知り合いになるくらい難しい事じゃないよ。むしろ、他人の命を救うため己が身を削り、心までも殺して、狂気じみた、医学の道を進む、君たちの方が、凄いと思うけどね」


・お兄さん

「それはかい被り過ぎですよ・・・極論、人は死ぬときは死にます。僕たちは決して死にゆく命を繋ぎ止めるのではなく、まだ生きれる可能性のある人の背中を支えて死なないようにしているだけです」


・店主

「それが素晴らしいことだと言っているのだよ」


・お兄さん

「随分と評価してくれるのですね」


・店主

「そりゃ評価もするさ。君の話を引き出すためにね」


・お兄さん

「やっぱり、このまま美味しいコーヒーを飲んで、サヨナラとはいかないですか・・・」


・店主

「それが本当に君のためになるなら、一向に構わないのだけれど。何も解決しないで帰すのも寝覚めが悪くてね。この感情は私の独りよがりとも言えるけどね」


・お兄さん

「そう・・・ですよね・・・」


・店主

「何があったか、聞かせてもらえないかな?」


・お兄さん

「・・・どこから話したらいいのか・・・・・・まず、病院では当たり前の事ですが、一日に多くの命が増減します。消えていく命や、新しい命に毎回一喜一憂していられないほどの速度で増減します。事務的に、機械的に現場を処理しないと追いつかないほどに。

先日も若い子が亡くなりました。19歳でした。その子はとても聡明な女の子で、高校に入ってすぐ白血病とわかり、何回も入退院をしていました。自分は日々弱っていくその子に、何もしてあげられず、ただ痛々しさから目を背けていました。最後は静かに眠るように亡くなりました。

・・・なんのために医者になったのでしょうか。救えない命をただただ見守り、手放す手助けをしてるようにしか思えない・・・本来ならあの子は、今頃大学生くらいの歳です。もしかしたら高卒で就職かもしれない。どちらにせよ、幸せな未来があったかもしれない。それが目の前で消えていった時、この仕事を続けていく自信はなくなりました」


・店主

「・・・確かにその女の子は、可哀想かもしれない、哀れかもしれない、儚く無惨に散っていったかもしれない。けど・・・不幸ではなかっただろうね」


・お兄さん

「何を言っているんですか?その子はもう亡くなったんですよ、19歳で。それを・・・不幸と言わない訳ないでしょう」


・店主

「切った相手に向ける哀れみは時に侮辱になる」


・お兄さん

「え?」


・店主

「昔ね名も無き侍が言ったセリフだよ。それこそ、この国が戦だなんだ言ってる時代のね。自分で切っておいて、言うのもおかしなセリフだけど、もしかしたら切られるのは逆だったかもしれない。お互い命を奪い合うんだ、それなりの覚悟と信念を持ってその場にいる。そしてそれを貫いた結果が『死ぬ』ということなのであれば、そこに向ける哀れみは、相手の人生に対する侮辱だし、信念や覚悟の否定ですらある。

似ていると思わないかい?命を救う現場と、命を奪う戦場、真逆のことをしているのい。信念を持った多くの命が、増減するという一点においては」


・お兄さん

「それは詭弁です。結局生きていなければ、何も成せない。死んだら終わりです。そして病院と戦場は比較対象にならない」


・店主

「フフフ、戦場と病院はただの場面設定だよ。そこにたいした意味はない。大事なのは、人は必ず死ぬという事実だ。黙っていたっていつか死に、骨になる。だからこそ、人はただ生きるなんて事はしない。何かを残そうと足掻くのさ。それを、『よく生きる』と言うのではないのかな?」


・お兄さん

「・・・それも詭弁ですね。結局は受け手の捉えようですよ」


・店主

「そうだね、詭弁だよ。でも、この詭弁は希望に転化しうる論理だよ。君は一生その生温い自己否定と絶望感に浸っているのかい?きっとそのうち、その子の事も忘れて、残るのは心地の良い自己否定と、絶望感から生じた自己欺瞞だ。それに意味はない」


・お兄さん

「じゃあどうしろと!自分を否定して、苦しむのが・・・せめてもの償いじゃないですか」


・店主

「そんな償い誰が望んだんだい?誰がしてくれと言ったんだい?」


・お兄さん

「誰って・・・」


・店主

「君が勝手にしている事だろ。私はその女の子を実際に見ていないけどわかるよ。その子は君に絶望して欲しい訳がない。自分の死で不幸になって欲しいなんて思ってる訳がない!君は自己否定で楽をしているだけだ。いつの時代、どんな事柄だってそうだ。自己肯定をするのは、とてつもなく怖い。もし自分が間違ってたら、別の選択肢を取っていたらもっといい結果になったのでは、・・・考えればキリがない。それでも全部引っくるめて、命を賭けて全力を尽くしたのなら、ちゃんと胸を張りなさい。それが、その子への償いであり、礼儀だよ」


・お兄さん

「随分と、手厳しい意見ですね・・・」


・店主

「君なら理解できると思い言ってる。馬鹿である且つ、阿呆でもあるが、愚かではないようだからね」


・お兄さん

「道端であった研修医に期待を寄せ過ぎですよ」


・店主

「期待という私がもっとも嫌悪する曖昧な予測ではなく。君が、その事を必死に忘れないようにしているという、言論的事実から述べているまでだよ。人は完全に忘れられた時、本当にこの世から消えて『死ぬ』からね」


・お兄さん

「忘れられた時・・・」


・店主

「私は物理的命を尊重した上で、人の心に生きるという事も必要だと思うよ。そのために物語を残す人間もいるくらいだ」


・お兄さん

「・・・店主さんの言ってる事、全てに賛成するつもりはないのですが、なにかキッカケは掴めた気がしますよ・・・」


・店主

「若者の背中を支えられたのならそれで十分さ。考え方は人それぞれあるのだから、統一する必要なんてないんだよ。君の思考や人生は君の物だ。誰からも縛られてはいけない」


・お兄さん

「ありがとうございます・・・あ、そうだ、コーヒーのお代と、あとこの本が欲しいのですが、置いていく本になにか規定はありますか?」


・店主

「規定はないよ。素人の書き殴りだって面白ければ買い取る。ただ、その本は高くつくよ。私のお気に入りなのだからね」


・お兄さん

「店内を回っている時に、学術論文なんかも何冊かあったので、コレはどうでしょうか?」


・店主

「随分びっしり印字されてるコピー用紙だけど・・・君の書いた論文かい?」


・お兄さん

「正解です。自分の辛かった時期に書き上げた渾身の1本です。いつもお守りがわりに持ち歩いています。ただ、論文として掲載されているものは教授にかなり手直しされていますし、名義も違います。純度100%自分の言葉はこの紙束だけです」


・店主

「なるほど・・・世界に一つの熱量。君はこの短時間で私の好みを随分と把握しているじゃないか。売っていいのかい?こんな大事なもの。」


・お兄さん

「大丈夫です。僕にはもう必要なさそうです。」


・店主

「なら、買取成立だ。その本は君のモノだ。コーヒー代はおまけしておいてあげるよ」


・お兄さん

「ありがとうございます。また、時間のある時、ゆっくりきます」


・店主

「あまり期待せずに待っているよ。あと、カードキーは落とさないようにね」


・お兄さん

「大丈夫です、もう、落としません」

きっとあの店主さんは気付いている。僕がカードキーを落としたのではなく、捨てたことを。それをわかった上で、最後まで、僕のことをつなぎ止めてくれたのだろう。

なら、恥ずかしくない生き方をしなければ。あの店主さんに申し訳が立たない。まずは、胸を張って歩こう。


「終」





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