第16話 真の黒幕
まっすぐな黒髪を背中に流した女性が――春凜様が茂みを挟んだ向こう側に立っていた。
偶然通りかかっただけだろう。そう思いたかったのに、春凜様は宦官たちにいつもとは違う冷淡な顔をして告げる。
「まあ、追及は後にしましょう。こんなこともあろうかと思って彼女を連れてきたの。
春凜様が名前を呼ぶと、黒い
頭巾のせいで顔は見えないが、華奢な体つきからして女性だろう。
「その方は……?」
欣依と呼ばれた女性を、宦官が
「密かに後宮で流れている噂を聞いて見つけたの。何でも見通すことができる占術師よ。千里眼の持ち主だと言われているわ。欣依、密談を聞いていた者がどこにいるのか占いなさい」
春凜様の命令に欣依は「はい」と答え、懐から取り出した水晶を顔の前に掲げる。
すると水晶が光り、欣依の眉間に『視』の文字が浮かびあがった。水晶と頭巾越しに淡く青白い光を放っている。
――あれは何……!?
欣依を取り巻く異様な光景に、私は大きく息を呑んだ。
あの文字は何だろう。恐怖を覚えると同時にひどく嫌な予感がした。
あれはこの世の理を曲げる光だ。人々を導きながら、闇の中へと
「
茂みの中で身を縮め震えていると、欣依のものと思われる低い女性の声が響いた。
私のいる茂みを指さしたのかもしれない。足音と松明の明かりがこちらに近づいてくる。
どうしよう。今逃げたら確実に捕まるだろう。密談を聞いた私を生かしておくはずがない。
――煌さん!
命の危険を察知し、
「翠蓮!」
煌さんの声が聞こえた気がして、私はパッと目を開ける。
――まさか。
声が聞こえた方向に顔を向けると、こちらに走りながら指を歯で傷つける煌さんの姿が見えた。
血が滴り、それを見た彼の目が薄闇の中、獣のように赤い
――あれは……天煌様!?
私は驚きのあまり立ちあがり、宦官たちも瞠目して天煌様を見た。
「え、焔王……!?」
怯む宦官たちを、春凜様が冷や汗を浮かべながら「落ちつきなさい!」とたしなめる。
「ここで焔王を仕留めればいいのよ。これぞ絶好の機会だわ」
「そ、その通りだ。焔王を殺せ!」
宦官たちは
天煌様は剣の
「天煌様!」
彼の名前を呼んだ直後、周囲を照らしていた満月が雲の下に隠れた。
辺りは人の姿が見えないほど暗くなる。
「ぐわぁっ!」
やがて満月が雲の下から姿を現し、また周囲一帯を淡く照らす。
月明かりが映し出した惨状を見て、私は悲鳴を押し殺すように口もとに手をあてた。
三人の宦官が体を斬られ、血まみれで地面に倒れている。
そして、彼らの近くには返り血を浴びて佇む天煌様の姿が――。
「ひっ!」
天煌様に恐れをなした春凜様は悲鳴をあげて逃げ出そうとした。
だが、小龍が彼女の前へと飛行し、逃亡を阻む。
「待てい! 逃がさぬぞ!」
小龍を目にした春凜様は驚きのあまり
「へっ、蛇の妖……!?」
「蛇じゃないわっ!」
すかさず小龍が反論し、傷ついた顔をする。
彼らのやり取りを眺めていると、門の方角から史厳さんと六人の衛兵が駆け寄ってきた。
「陛下!」
近くまで辿りついた衛兵たちに、天煌様は冷ややかに命じる。
「その女を捕らえろ。今宵の襲撃事件と関わりがありそうだ。必ず情報を吐かせろ」
衛兵たちは「はっ!」と答え、そのうち二人が春凜様の腕を片腕ずつ掴んで立ちあがらせる。
春凜様は放心した表情で衛兵たちに腕を引かれ、去っていった。
とたんに私は力が抜けて、その場にへたり込む。
「翠蓮! 大丈夫か!?」
小龍が慌てて私に近づいてきた。
「え、ええ。安心して力が抜けただけよ」
本当は胸に色んな思いが渦巻いていたのだけど、小龍に心配をかけたくなくてそう答える。
欣依のこと、そして春凛様のこと。慎み深く親切な人だと思っていたのに、まさか煌さんの暗殺を企てていたなんて。
私に見せていた姿が偽りだったのかと思うと、寂しくて悲しかった。
「翠蓮、本当に大丈夫か?」
いつまでも引きずっているわけにはいかないので、微笑みながら「ええ」と返す。
「ありがとう、小龍。みんなを連れてきてくれて。あなたのおかげで助かったわ」
「カッカッカッ! 刺客を退治する花は若造に持たせてやったが、我のおかげで解決じゃな!」
小龍は
本当に調子のいい龍だ。
私は肩をすくめて苦笑し、顔つきを改める。欣依のことは話しておいた方がいいだろう。
「ただ、もう一人いたの。春凜様につき従っていた人が。黒頭巾を目深に被った女性だったわ」
今はどこにも見えない。月光によって周囲が明るくなった時には姿を消していた。
「怪しい
「ありがとう。気をつけてね」
私は胸騒ぎを覚えながら、偵察に向かう小龍を見送った。
事件の首謀者と思われる春凜様は捕まったのに、嫌な予感が収まらない。欣依が消えたせいだろうか。
かすかに肩を震わせていると、天煌様が私の前に立ち、無表情で右手を差しのべてきた。
「立てるか?」
血にまみれた男性が突然現れたことに驚き、私はビクリと体を震わせてしまう。
天煌様は眉を曇らせ、手を引っ込めようとした。
怖がっていると思われたのかもしれない。
私はとっさに彼の右手を掴んで立ちあがる。
そして、懐から取り出した手巾で彼の顔に付着した血を拭った。
「俺に構うな。怖いのだろう?」
天煌様が手を振り払って尋ねたが、「いいえ」と返し、怪我をした彼の指に手巾を添える。
「もう怖くはありません。あなたは二度も私を助け、身を案じてくださいました。本当は優しい人だと知っていますから」
指に手巾を巻きつけながら告げると、天煌様は瞠目して私を見つめた。
「この俺が『優しい』だと……?」
「はい。冷たく装っていてもわかります。私はもっとあなたのことが知りたいです」
少し戸惑った様子の彼に、目をそらすことなく本音を伝える。
すると、天煌様は「変わった女だな」と言って口角をあげ、私に顔を近づけてきた。
「助けてもらったと思っているなら、礼でもしてほしいところだが」
「……えっ? お礼?」
いったい何をすればいいのだろう。あげられるようなものも持っていないし……。
タジタジする私に、天煌様は更に迫ってくる。
「ほら、さっさとしろ」
煌さんに比べると、かなり女性慣れしているような気がした。
――天煌様って、こういう男性だったの?
困惑する私を面白がるように見ていた天煌様が、フッと笑う。
「もういい。これで我慢してやる」
彼が告げた直後、おでこに柔らかな感触と熱を覚えた。
突然の行為に私は「きゃっ」と声をあげ、心臓を高鳴らせる。
おでこであったとはいえ、まさか
「天煌様、お戯れがすぎます」
ドキドキしていると、近くの草むらから男性の声が響いた。
史厳さんが頭痛をこらえるような表情で天煌様を凝視している。
その隣には、気まずそうな顔をする衛兵たちもいた。
――近くに人がいたとなんて……。もしかして、さっきの全部見られていた?
私は恥ずかしくなって両手で顔を覆う。
「彼女は煌天様が唯一親しくされている妃です。ちょっかいを出すのはやめていただけないでしょうか? 煌天様が知れば非常に面倒なことになるので」
史厳さんは天煌様に対しても臆することなく意見した。さすがは史厳さんだ。
とたんに天煌様の表情が不機嫌になる。
「煌天の犬か。口うるさい奴め。興が冷めた」
私たちに背中を向けて離れていく天煌様だったが、最後にこう命令した。
「その娘のことは送ってやれ」
衛兵たちは「はっ」と答え、二名は天煌様の後を追い、もう二名は私のもとに残る。
態度は素っ気ないけれど、やっぱり優しい人だ。どんな状況であっても私を気遣ってくれる。
私は胸を高鳴らせながら口づけられた額に触れ、離れていく彼の背中を見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます