第15話 暗殺者からの逃亡


 三人の宦官が一目散に翠蓮を追っていく。

 我は一度だけ振り返ってその様子を確かめ、先を急いだ。

 一人なら倒すこともできただろうが、三人ともなれば翠蓮を守りきる自信がない。

 早くあの若造を連れてこなければ。翠蓮に嘘をつき続けた挙げ句、ベタベタとまとわりついていたため気にくわなかったが、今は奴を頼りにするしかない。


 見慣れた園林ていえんを突き抜け、王の寝殿へと向かっていく。

 どうにか宮殿の近くに辿りついたが、屋内は暗く警備も手薄な様子だった。

 あの若造はまだ戻ってきていないようだ。

 がっかりしつつ、今度は外廷へ繋がる門の方へ向かっていく。こちらに戻ってきている途中だと信じて動くしかない。


 全速力で飛行していたため、そう間も置かずに門が見えてきた。

 若造の姿はなく、門や塀の所々に武装した宦官が立っていて周囲を警戒している。

 あの塀を飛び越えて後宮の外へいくしかなさそうだ。見張りは多いが、ぐずぐずしている場合ではない。

 我は警備が手薄な地点を突き、塀を飛び越えようとした。

 だが、篝火かがりびで周囲が明るかったせいか、近くにいた宦官に見つかってしまう。


「な、何だ、あの生き物は!? 蛇のあやかしか!?」


 ――へ、蛇じゃと!?


 宦官の言葉が胸にグサッと突き刺さった。

 また蛇と間違われるなんて……。

 ヘコみながらも気を取り直し、塀の上に向かう。


「塀を飛び越えようとしてるぞ!」

「面妖な妖め! 射落とすのだ!」


 弓を引こうとしているようだ。急がなくてはまずい。


「何をしている!」


 危機感を覚えていると、門の方から男の声が響いた。

 聞き覚えのある声に、もしやと思い、振り返る。

 門から現れた若造に、宦官たちが抱拳ほうけんして頭を下げていた。


「へ、陛下。今、蛇の妖が塀を……!」


 若造がこちらを向き、我と目を合わせる。


 驚いた様子で瞠目する若造に、我は急いで近づいていった。


「若造! 翠蓮が!」

「しゃ、しゃべった!?」


 宦官たちは狐に摘ままれたような顔をして、若造の前に躍り出る。


「怯むな! 陛下をお守りするのだ! 蛇を射落とせ!」

「いい。下がれ」


 弓を構えた宦官にそう命じ、若造は我を鋭く見すえて尋ねる。


「今、翠蓮と言ったな? まさか、彼女に何か――」

「ついてこい、若造! 翠蓮が危ない!」


 質問を聞き終える前に我は若造に訴え、翠蓮と別れた方向にくるりと頭の向きを変えた。


「翠蓮が……!?」

「王の暗殺にまつわる密談を聞き、追われておるのじゃ。はようせい!」


 前に進みながら急き立てると、若造はようやく我について走り出した。



   ◇ ◇ ◇



「陛下! 怪しげな蛇の言うことなど鵜呑うのみになさいますな!」

「お待ちください、陛下! お一人で行かれては危険です!」


 史厳と護衛の宦官たちが声をあげて後についてくる。

 私はかえりみることなく妖の後を追った。

 翠蓮が危ないと聞いて、じっとしていられるわけがない。彼女は私の全てを受け入れようとしてくれた、かけがえのない存在だ。

 彼女だけだった。私と天煌を切り離さず、一人の人間として尊重してくれようとしたのは。


『受け入れたいと思うのです。彼はあなたの半身、天煌様は煌天様でもあるのですから』


 誰もが天煌を恐れ、私自身彼を受け入れがたく思っていたのに、翠蓮は天煌ごと優しい笑顔で包み込んでくれた。

 私が悪く言われていることに心を痛め、誤解を解こうと奔走してくれて。


 ――もう彼女なしの生活なんて考えられない!


 私は史厳たちの制止を無視し、全速力で後宮の奥へと向かっていった。



   ◇ ◇ ◇



「逃げられたか?」

「いや、突然消えたからどこかに隠れているはずだ。捜せ!」


 三人の宦官が私を見つけようと近くをうろついている。

 私は茂みの中に身を潜め、三人が去るのを待っていた。

 何とか隠れることができたが、どうすればいいのだろう。動いたらきっと見つかってしまう。

 ドキドキしながら体を縮めていると、松明たいまつの明かりが近くを照らした。


 ――お願い、こっちに来ないで!


 そう祈るも、足音はどんどん近づいてくる。

 追っ手がすぐ側まで迫り、皮膚をあわ立てたその時、遠くから女性の声が響いた。


「まだ見つからないの?」


 あわやというところで松明を持っていた宦官はきびすを返し、私から離れていく。


「はい。この近くにいるとは思うのですが……」

「まったく、あの話をする際は細心の注意を払えと言っていたでしょう! それを立ち聞きされているなんて!」

「も、申し訳ございません」


 もしかして、先ほどの声の女性が首謀者だろうか。

 どこかで聞いたことがある声だった。

 首謀者を突き止めれば、煌さんの危険は大きく減るはずだ。

 辺りに人気がなくなったことを確かめ、私は少しだけ茂みから顔を出す。

 そして、宦官たちの近くにいる女性の顔が見えた瞬間、大きく目を見開いた。

 

 ――え? なぜ彼女がここに……!?

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