第17話 告白


 動揺や緊張で眠れぬ夜を過ごした翌朝。


「よし!」


 白い作業着に着替え、鏡の前で軽く自分の両頬を叩く。


「さあ、行きましょう、小龍!」


 気合いを入れて告げると、小龍が訝しげに私を見て尋ねた。


「なぜそこまでやる気満々なのじゃ? 庭いじりをしにいくだけじゃろう?」


 その問いには答えず、若干引き気味の小龍と一緒に部屋を出る。

 私はある覚悟を決めて王の園林ていえんに向かった。

 昨晩窮地に陥り、気づいたことがある。いつまでも本当の自分を隠したまま生きるのは嫌だった。

 小龍のことも、隠さず自由にしてあげたい。


「翠蓮!」


 決意を固めていたところで、前方から私を呼ぶ声が響いた。


「煌さん!?」


 こちらへと駆け寄ってきた彼を見て、小龍が私の上衣にサッと隠れる。

 焦った表情からすると、天煌様ではないだろう。

 史厳さんが言うには、時間が経過したり睡眠を取ったりして気持ちが落ちつくと、煌さんに戻るという話だった。


「そんなに慌ててどうしたのですか?」


 近くまでやってきた彼に、目をまばたかかせながら尋ねる。


「先ほど史厳に昨夜の顛末てんまつを聞いたのです。あなたのことが心配で」


 ――やっぱり、煌さんだわ。


「怪我はありませんでしたか? 少し顔色が悪いのでは?」


 煌さんは私の頬に手を添え、過保護なくらい身を案じてくる。


「私は大丈夫です。あなり眠れなかっただけで。あの、そこまで心配しなくても……」


 顔が熱くて仕方なく、私は少し身を引いて吐露した。


「あっ、すみません!」


 必要以上に触れている自覚がなかったのか、煌さんは真っ赤になって手を離す。


「私のことよりあなたの方は大丈夫ですか? 何度もお命を狙われているようなので心配です」


 今は私より煌さんの問題の方が重要だ。状況も知っておきたい。


「大丈夫です。いずれもあなたのおかげで事なきを得ましたから。董春凜は寧国から送り込まれた間者でした。我が国の武論派と一時的に手を組み、私を暗殺しようとしていたのです」

「武論派と春凜様が!? なぜあなたのことを……?」


 武論派とは、彼が即位するまで焔の国政を牛耳ぎゅうじっていた武断主義派閥のことだ。妃として政に無関心ではいけないと思い、基本的な情勢は調べていた。


「私は武論派と対立していますからね。焔を弱体化させるために王を排除したい寧と目的が一致したのでしょう。寧は裕福ですが領土が狭く、版図の拡大を狙っているようでした。董春凜にも警戒はしていたのですが、まさかあなたを糸口に暗殺を企てていたとは……」


 そんな政治的背景があったなんて……。

 彼の説明に納得しつつ、もう一つの疑問を口にする。


「欣依と呼ばれる女性があの場にいたことをお伝えしていたのですが、彼女については……?」

「いえ。後宮をくまなく探したそうですが、何の情報も得られなかったようです」

「……そうですか」


 眉間で光る文字や欣依の姿を思い出すと、なぜか恐怖で体が震えた。


「怖い思いをさせて申し訳ありません。やはり顔色が悪いですよ。今日はもう休んだ方がいい。部屋まで送っていきましょう」

「いいえ、大丈夫です。今日はどうしてもお話ししたいことがあって来たのですから」

「……話したいこと?」


 私は覚悟を決めて頷き、「小龍」と名前を呼ぶ。


「出てきてちょうだい」


 一瞬驚いたように体を震わせる小龍だったが、すぐに袖の中から外へと飛び出した。

 煌さんは突如現れた小龍に仰天して、口をぱくぱくさせる。


「へ、へ――」

「蛇ではないぞ! 我は翠蓮の守護龍にして最強の神獣・青龍じゃ! 翠蓮を不幸にしてみよ。我がこの鋭き爪で体を引き裂いてくれる!」


 小龍は小さな手をブンと振り、煌さんを威嚇した。


「もう小龍、脅してどうするの。仲良くしてちょうだい」

「その若造と仲良くじゃと? 御免じゃなっ」


 プイと顔を背ける小龍。

 煌さんは呆気あっけに取られた表情だ。


 ――びっくりしてるわよね? 気味悪がっているんじゃないかしら。帝国の人々みたいに。


 嫌な記憶がよぎり、身構える私だったが、煌さんは小龍にニコリと微笑んで挨拶する。


「はじめまして、小龍。昨晩はありがとう。こうやって話ができてうれしく思うよ」


 予想外の反応に、私は目をしばたたく。


「……怖くはないのですか?」

「全然。昨日も会ってますし。紹介してくれるのを待っていました。彼はあなたの友達ですか?」


 普段と変わらず明るく話してくれる、彼の反応が私の心を勇気づけた。


「そうです。友達で相棒で、いちおう守護龍で、私が具現化させた絵の龍なのです」

「……具現化させた絵?」

「はい。全てお話しします。私の異能や境遇についても。聞いていただけますか?」

「もちろんです。聞かせてください」


 煌さんが真剣な顔をして頷き、私を見つめてくる。

 今こそ、ここに来た目的を果たす時だ。


「私にはある力が備わっていました。嶺の太祖・画仙が有していたと言われる異能、描いた絵を具現化できる能力です。私は画仙の再来と持てはやされ、父からも大切にされて育ちました」


 私は瞼を伏せ、過去へと思いを馳せながら述懐した。


「でも、父は私を愛しているわけではなかった。私の異能を求めていただけ。あの力を父は、他国を牽制する兵器として使いたがっていました。でも、私にそこまでの力はありません。自分が本当に描きたいと思う絵しか具現化できなかったのです」

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