願い事2
昼休み、俺が仲の良い友達と教室で弁当を食ってると。
「霧島」
最後まで残したウィンナーを頬張ろうとしていると横に誰かが立ち、名前を呼ばれた。
「あい」
白飯をもぐもぐしながら顔を向けると。
「デザート」
……寺尾が、両手にシュガートーストとミックスジュースを持って立っていた。
「んぇ、あ、ありがにょ、とう」
箸を置いて受け取る。昼休みの間だけ校内売店で売ってるパンと校内にある自販機のブリックパックだ。
「お前、生徒会役員様をパシリに使うなよー」
「ち、ちげえよ、これはその、」
寺尾にパシリなんかさせるわけないだろ。これ……俺がパン食いたいって十個のアレで言ったからだよな。でもこいつらに願い事の話をするのもどうなんだ。
「パシリじゃねえよ、この間世話になったお礼」
「そうなんだ、お前も律儀ね」
「まあね」
俺抜きでそんな会話をして寺尾は去って行った。
寺尾は飯、どうしたのだろうか。四限が終わってすぐに買いに行ってくれたのだろうか。殴り合いの奪い合いが起こるほどに激戦ではないが、自分の飯を食ってから売店行ってたんじゃ売り切れるのだ。
「お前、寺尾と仲良かったっけ。何の世話したの?」
「まあ、大したことないよ」
いやいや、大したことないどころか何もしてない。言われる通り親しいわけじゃないし。
パン、どうすっかな。今食っちゃおうか。シュガートースト美味いんだよな。でもここで食えばこいつらにも分けないといけないか? うーん、もったいないな。家でゆっくり食うか。だってさ……うん、そうしよう。
そして。
本当に十個を叶える気があるらしく(実はまだ半信半疑だった)、昼休み後の五限が始まる直前に六限の小テスト範囲の要点をまとめたメモをくれ、六限前の休憩時間には五分間だけスマホの電源を入れとけと言い残し教室を出て行って俺がハマってるソシャゲにフレンド申請の末に回復アイテムを送ってくれ(校内では携帯電話の携帯は可だけど使用は禁止……生徒会役員の寺尾は規則を破っちゃいけない。どこかでこっそりやってくれたのだろう)、七限目の前には振動式のペン型ミニマッサージャーを机に突っ伏して微睡んでる俺の肩にあててくれた。気持ち良かった。マッサージャーなんて持ってるんだな寺尾。
そしてそして七限目が終わり、SHRも終わり。
放課後。
みんながわらわらと教室を出ていく中、席を立たない寺尾が振り返った。俺は立ち上がるタイミングを逃すこととなり。
気付けば上げた願い事すべてが叶えられていて。それはもうスマートに鮮やかに。
俺は授業を受けて休憩時間は机で寝てるだけ、だった。一歩も動くことなく。
「十個目は?」
そうくるよな。
「やっぱない、俺そんなに欲深くないんだわ。しがない一市民だってよーくわかった」
そもそもがしょうもない願い事だったし。すぐ言えと言われて、胸の内に秘めた熱い野望や志みたいなものが出てくるかといえば、出てこなかった。俺はそんなものだ。
「じゃあ俺が考えようか」
「へ? ああ、まあどうぞ?」
俺の願いを他人(寺尾)が考えるというのはいかがなものかとは思うものの。別に九個で終わったっていいんじゃねえの、と思うものの。まあ寺尾がそう言うなら。
「十個目は、お前が好きな人と結ばれる」
するりと淀みなく出てきた言葉は。
「……は?」
はあ!? 何言ってんだこいつ。いやいや、ちょっと待って。こんなみんないる場所で何を。
と思ったら教室にはもう俺と寺尾しかいなかった。
「霧島に格好いいって思われたくて生徒会執行部選挙に立候補したし、この十個の願いもそう。お前の望み叶える俺ってカッコいいだろ」
え……。
寺尾は真正面からがっつり俺の顔を見る。
「お前……何言ってんの……?」
がっつり見るから俺も目を離せなくて。身動きできなくて。
そんなの。
そんなのなくてもお前は十分格好よかったし……クラス委員長で、気さくで優しくて男前でクラスをまとめるのがうまくて中心的で、俺より背も高いし。
いや、そうじゃなくて。俺にカッコいいって思われたくて、ってどういうこ……。
「来週のバレンタインまでになんとかしたくて。お前からチョコ貰いたくて」
え?
「商店街の七夕飾りの短冊にさ、お前書いてたじゃん」
「!?」
思わず立ち上がっていた。その勢いだけの理由ではなくよろけてひっくり返りそうになるのを何とかこらえて。いやいやいや、何それ。待て待て待て。とにかく帰る準備OKの鞄を手に取る。
「待てよ、どこ行くんだよ」
寺尾の顔を見る余裕もなく机から離れようとした俺の腕を寺尾ががしと掴んだ。
「か、帰るっ」
「なんでだよ、俺の話聞いてた?」
わかんないわかんないわかんないって! 放せって!
「【慎太郎が好きです まどか】、ってさ。汚い字で書い」
「うわああああああああああ」
頭が真っ白になった。
なんでなんでなんで!
「まどか、ってお前のことだろ? 霧島円」
帰りたい帰りたい帰りたい、とっとと寺尾の前から消えたい!
だけど痛いほどに握られている腕は振りほどけなくて動けなくて。
あんな片隅にあった七夕飾りをっ、なんでっ、なんで気付くんだよっ!
「慎太郎ってのは俺のことだと勝手に思ってるんだけど」
七月の商店街の軒先にいくつも飾ってあった笹の中の一番端っこにあった店の少し小さめの笹に。だけどたくさん飾りがついていて、たくさんの短冊がつけられていて。
ここなら誰も気づかないだろうと思って書いた、誰にも言えない心の内。たくさんの人の願いの中にひっそりと紛れ込んだ俺の欲望。
知られなくていい。叶うと思って書いたわけじゃない。少しだけ吐き出したいと思って。神様ぐらいには見られてもいいと思って。
いや、見知らぬ誰かに知ってほしいと思って。じゃないと心がパンクしそうで。叶わないと思って捨てなきゃと思って、でもいつまでも抱えていた。
「……そうだよ、俺。俺が書いた。寺尾慎太郎、お前のことだよ」
逃げ出したいけど、本人を目の前にして嘘はつけなかった。
今も大して話したことないけど、寺尾という人間を認識しはじめた、ほとんど話したことがなかった頃、寺尾に助けてもらったことがあった。意見の違いでクラスの奴ら数人にめちゃくちゃ叩かれた時、俺の言葉足らずを補足した上で俺の方が正しいって言ってくれたのだ。
寺尾の言葉にみんな黙って、謝ってくれて。すげえカッコよかった。いつか恩返ししたいと思って機会を伺って寺尾をよく見るようになってたら、好きになってた。隣にいたいって。今みたいな単なるクラスメイトでほどほど知ってる友達じゃなくて、もっとたくさん話をしていろんな寺尾を知りたいって思うようになって。
そんなことあるのかと自分でも信じられなくて、気持ちを疑えば疑うほど否定することができなくなって。
「最初は女の子だと思ってた。けどよくよく考えたら俺の後ろの席の奴、そんな名前だったって気付いてさ。それからお前のこと意識するようになった。結構表情がくるくる変わる奴なんだとか繊細な奴なんだとか、笑った顔が素直だとかさ。短冊を見つけたのは本当に偶然だった。奇跡だと思う。見逃さなくてよかったって思うよ」
さっきからお前の言葉はまるで。
「夏にあれを見つけてからいつ告ってくれるんだろうって待ってたのに、今日まで何もなしでさ」
当たり前だ。そんなつもりはなかったからだ。告る? 冗談じゃない。玉砕する未来しかない。そしたら俺は次の日からどんな顔で学校に来ればいいんだよ。
「霧島、十個目の願い、どう思う?」
は? 十個目? 十個目ってなんだ……った……?
「どう……って……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。……いや、あ、寺尾が。俺が、好きな人と……。
「お前の願い、九個まで俺が叶えた。だから当然十個目も叶える。当然だろ? 俺が考えたしな」
寺尾は立ち上がって。
「好きだよ、霧島」
最強ワードに撃たれて呆然として立ち尽くす俺に小さなキスを落とした。
終
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