願い事
慶野るちる
願い事1
「
三限目が終了した直後、前の席の
「は?」
頭を少しだけ上げて寺尾を見る。
「十個、願い事言える?」
授業終わっての休憩時間、教室はわいわいとしている。次の授業もここで移動はないから、みんな思い思いにだらだらと十分間を過ごしていた。昼休みが待てずにコンビニおにぎりを食ってる奴もいる。
俺はといえば脱力して机に突っ伏していた。出席番号順に当てる先生の授業でギリギリ今日は当てられることがなかった。授業が終わり緊張が解けたというところでまあ次回ってことにはなるのだが。
「はあ?」
何で急にそんなことを言う? 生徒会のおもしろアンケートかなんかか? こいつ、夏休み明けの生徒会役員選挙で書記に当選したもんな。一年生で食い込んだすごい奴だ。
スポーツマンタイプの爽やかイケメンで面倒見も良い、クラスのお父さん的な奴だからみんな寺尾のことが好きだったしクラスみんなで応援しまくった。俺はそういうの興味ないから生徒会役員になろうっていう気持ちもちっともわからないが。やるならまだ部活の方がいい。
「十個もないだろ、そんな強欲じゃねえよ」
十個って何なんだ。しかも藪から棒に。前の席の寺尾とは、普通に世間話とか授業や学校に関することとか他愛のないことをぽつりぽつりと話したりはするが親友と呼べるような仲ではない。出身中学が一緒でもないからここへきて初めてしゃべった奴だし。
三学期になって席替えで前後になった今もそんなものだ。気さくに話しかけてくれる奴だが深い話はしたことがない。まあこれも他愛のないことと言えばそうかもしれない。遊びでやる性格診断とか占いとかなんかそんな感じ?
「まあな、でっかいことじゃなくて直近のしたいこと、とかさ」
ま、頑なに拒否ることじゃないし、難しいことってわけでもない。寺尾の何かの手伝いになるんだったらまあ。
「うーん……一、寝たい。二、パン食べたい。三、ジュース飲みたい。四、六限目の小テストが不安。五、寝たい。六、肩凝ってる。七、成績がやばい。八、ソシャゲのスタミナが欲しい。九、寝たい……」
行儀悪くも机の上にだらりと両腕を投げ出したまま答えた。
「ちょい待て、メモる。えーと……寝たい、パン、ジュース、小テスト、寝たい……肩、成績、ゲーム、寝たい……と」
えぇ……ちゃんと覚えてるのか。すげえな。さすがクラス一番学年三番か。三番はカッコ悪いとか言ってたっけ、俺にはよくわからんが。一番も三番も大して変わんないだろ。ちなみに俺はそこそこ勉強ができると思って入ったら超平均点以下、学年順位は下から数えた方が早かった……。
「お前、何でそんなに眠いわけ?」
寝たい、って三個も入れ込んだもんな。だって直近の何でもいいんだろ? 同じものはダメとか言われてないし……ってのは屁理屈すぎか。
案外今すぐ十個言えって言われてもないんだよなあ。いやホントに寝たくて、保健室行ったら五秒ぐらいでイビキかけるかもしれない。
「これでも遅い時間まで勉強してんだよ……馬鹿なりにさ」
このままだと春休み返上の補習が待ってると担任に脅されている。とりあえず次の模試で飛躍的に順位を上げるようにと。んなことできんのかよって。まあ似たような頭の集まりってことだもんな。そりゃちょっとの差でガクッと順位の差がついたりするわけだ。
二学期期末のテストの順位を見た母ちゃんの顔は怒りを越えて笑ってたな。進級だけは頑張んなさいと。
「長くやりゃいいってもんじゃない。まずは何がわからないのか整理してか……」
「頭いいお前に言われたって響かねえよ。それができねえから馬鹿なんだよ」
勉強ができる奴はみんなそう言う。やり方が悪いのだと。じゃあ、どうやりゃいいんだよ。まったく教科書の中身がわからんというわけじゃないあたり俺にもまだ伸びしろがあるんだろうか。あると思いたい。
「地頭は良いんだからお前ならヒントがあれば大丈夫だろ。期末テストは一緒に勉強するか」
「えっ」
突然の申し出に、驚いてがばっと身を起こした。
「嫌か?」
がっつりと寺尾と目が合う。真面目にひどく真面目に俺を見ていて。いやいやいや、いや?
「いや、嫌ってわけじゃ……」
勉強一緒にって……そりゃ有難いとかしかないだろ。でもそんなに俺とお前仲良しってわけじゃないだろ。
「じゃ、これで一つ叶ったな」
寺尾はにやりと自信満々の笑みを浮かべたが。
お前が俺の十個の願いを叶えるってこと? なんか生徒会的にお前にノルマみたいなもん、あるの? 頭の中、はてなマークとかわけわからん不安とかがぐるぐるしてんだけど。
「そういや、あと一つ願いが足りないな。九つだろ?」
え、なんだよ、絶対十個ないといけないのか? でも。
「もう思いつかねえよ。いきなり十個なんてそんなにあるかよ」
しかもお前が叶えるとか意味わかんねえし。
「それもそうか。じゃあお前は昼休みと五限と六限の休憩時間に寝るとして、残りは俺が叶えるからあと一つ考えとけ。ちょうど七限が終わるまでってことになるな」
「え、ああ……おう……?」
「よし。じゃ、よろしくな」
寺尾はわしゃわしゃと俺の頭を撫で、前を向いた。
ぐいぐい押しまくられて流されるままに願い事を叶える会?(仮)が始まってしまったんだけど。
いや……ホントに何? 一体。
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