まるハゲドラゴンそらを飛ぶ

タルタルソース柱島

ペンデュラムギガドラゴン

 10億と10数年前のことです。

 とある剣と魔法と神話の世界に住むペンデュラムギガドラゴンは、色鮮やかな10色の羽を持っていました。

 長い脚にフサフサの羽毛は見る者を虜にしました。

 ある日のこと、勇者シャナクという青年が時の女帝ポポイロクマルター3世の命令を受け、ペンデュラムギガドラゴンを探しにやってきました。



 偶然、日向ぼっこ中のペンデュラムギガドラゴンと遭遇した彼は手足の震えが止まりません。

 興奮から? いいえ。勇者シャナクは一族の中でもとりわけ臆病者だったのです。

 適当に探したフリをして、見つかりませんでした。と報告するつもりでした。


 ところがどうでしょう。

 岩山の後ろで無防備にあくびをしているペンデュラムギガドラゴンと鉢合わせるなどと夢にも思いません。

「あ、あわ、わわわっ……ド、ドッ、ドッ、ドラゴンだぁぁぁ」

取り乱すまいと毅然とした表情で見上げますが、初手ドラゴンブレスなどが飛んでこようものなら16年という短い生涯に幕引きです。


 一方、ペンデュラムギガドラゴンはお昼ごはんにむちむちとよく肥えたリヴァイアサンを丸呑みしたところでした。

 お腹もふくれ、気分良く昼寝でもしようかなとあくびをした時のことです。

 自分を見上げる視線に気がつきました。

 あくびをしている姿勢のまま、視線を足元に向けます。


 完全武装した人族の男が自分を値踏みするように鋭い視線を投げかけていました。

「う、うわぁうわぁわわわ……ドッ、ドッ、ドラゴンスレイヤーだぁぁぁ」

動揺を悟られないように斜め下の人間を見下ろすような姿勢のまま、ペンデュラムギガドラゴンは思案します。


 ドラゴンという名前が付いてはいるもののドラゴンブレスは元より、戦闘能力など空っきし無いような生き物、それがペンデュラムギガドラゴンでした。

 せいぜいドラゴン並みの巨体と豪華絢爛な10色の羽毛で覆われているだけのトリに近い生物です。

 初手でドラゴンスレイヤーとかいう武器で刺されたら10万歳の鳥生がジ・エンドです。


 青年とドラゴンもといトリは虚勢を張ることにしました。


「矮小なる人族の男よ。我が領域に立ち入るなどと身の程をわきまえよ」

ペンデュラムギガドラゴンは、トンデモナイ暴言っぽいけれど、怒り出さないかしら? と不安ながらに言い放ちます。


 天までそびえる塔のようなドラゴンの両脚のさらに上から落ちてくる声は雷鳴のようです。

「私の名はシャナク・ウルファン! オアシス都市フェタールの勇者にしてドラゴンスレイヤーである! 我が君の命を受け、貴殿の羽を貰い受けにきた!!」

あること無いこと盛りつつ、シャナクも応戦しました。

 あれ、名乗らない方が良かっただろうか? 報復されたりしないかしら。と冷や汗が止まりません。


 眼下からよく響く澄んだ風の音のような人族の声にしては、耳触りのよい言葉が届きます。


 羽? それだけ?

 ペンデュラムギガドラゴンは短い首をかしげます。

「羽だと? 我が身にまといし、極彩色を欲すると?」

羽なんて毎日、何本かは生えかわるので1、2本くらい良いか、などと思わなくもありませんでした。

 しかし、柔和な態度をとって騙し討ちに遭いたくもありません。


 一方、勇者シャナクは固唾をのんで見守ります。

 相手は気難しいと聞くドラゴンです。

 こんなことで命を落としたくありません。

「失礼つかまつった。我が君が貴殿の美しく尊い羽を所望している。甚だ勝手ながら1、2本分けていただけないか」

ここは下手に出てみよう、勇者は割と融通の利く男でした。


 しばらくの間、1匹と1人は見つめ合います。


 やがて、どちらからとも無く動き出すとドラゴンは抜けた羽を、勇者は片膝をつき受け取りました。100余年後に教会のステンドグラスに語られる『授かるもの』の光景です。


 かくして、お互い大事に至らず事が済みました。

 勇者シャナクは名誉とともに豪邸を賜り、生涯幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし






ーーーなどという事にはいきませんでした。


 自分に不釣り合いな豪邸の窓から街を見下ろしながら呟きました。

「そうだ、あのドラゴンにお礼に行こう。何が良いものか……」



 しばらくして勇者シャナクは極上のお肉を手土産にペンデュラムギガドラゴンと出会った場所に向かいます。

 すると不思議なことに見慣れない湖があるではありませんか。


 そこには、まるハゲになったペンデュラムギガドラゴンがおいおいと泣いていました。


「どうして、こんな事に……」

勇者シャナクは手土産をはたりと落とすと呟きます。


 空を覆わんばかりの翼は魚のヒレみたいになり極彩色の羽の代わりに黒い産毛のようなものに覆われているそれは、もはやドラゴンとは、ほど遠いナニカでした。


「だましたな! キタナイ人間め……」

シャナクを見やったドラゴンだったものは嘆きます。


 よくよく聴くにシャナクが帰ってから数日後、たくさんの兵士を連れた女がやってくると「シャナクめ、ケチりおって」と言いながら全ての羽をむしり取っていったそうです。


「ごめんよぉぉ! ごめんよぉぉ~!!」

勇者シャナクには心当たりがありました。

 羽を献上する時に場所を尋ねられ、悪気無く報告したのです。

 シャナクは土下座しながらおいおいと泣きました。


 臆病な自分のために羽を譲ってくれた恩人もとい恩竜に関節仇返しをキメてしまったのですから。


 1人と1匹はわんわんと泣き続けました。


 どれくらい経ったことでしょう。

 涙が枯れ果てたペンデュラムギガドラゴンは空を見上げて呟きました。

「そらを自由に飛びたかった……」

「せめてものお詫びに……」

同じく涙が枯れ果てた勇者シャナクは<浮遊>の魔法を使いました。


 するとペンデュラムギガドラゴンのまん丸とした身体が宙に浮きます。

 青い空を滑るように飛び、やがて不思議な輝く無数の点を背景に漆黒のそらを飛び抜けます。


 石の塊に長い脚がぶつかるとペンデュラムギガドラゴンは驚いて短く引っ込めました。


 どこまでもずっとずっと、ずうっと遠くまで飛んでゆけます。




 そうして、おじいさんのおじいさんのそのまたおじいさんの、ずっとずっと昔のおじいさんは、遠い宇宙の彼方から水の星にやってきたのです。


 その水の星でも空は飛べないけれど、海というそらを自由自在に飛び回っています。

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