格闘バカな幼なじみ

之雪

格闘バカな幼なじみ

 汗が目に入り、視界が歪む。呼吸は乱れ、身体中が痛む。

 もはや腕を上げるのもやっとだ。口の中には鉄の味が広がり、俺を敗北感が襲う。


 ……また、俺は負けるのか。この獰猛な悪鬼に。

 余力のない俺は起死回生のつもりで踏み込み、中段突きを放った。

 だが、それを奴はヒラリとかわし、同時にカウンターを叩き込んできた。

 死角を突かれた俺には見えなかったが、恐らく上段回し蹴りだろう。

 床に倒れた俺を見下ろし、血に飢えた野獣のようなあいつは、ニタリと笑って言った。


「ほほほ、また私の勝ちね。今日もあんたの奢り、決定ね!」

「く、くそう。この悪魔め……」


 悪魔は俺を嘲笑い、軽やかな足取りで去っていった。

 敗者である俺は、床に突っ伏したまま奴の後ろ姿を見送るだけだった。そう、いつもと同じく……。


 ここは町の片隅にある空手道場。俺は子供の頃からここに通い、高校生となった今では黒帯を所持している。こう見えても先日は地区予選決勝までいった猛者だ。

 だが、そんな俺でも奴にはまるで勝てない。道場主の娘で女子の部唯一の黒帯であるあの女には。

 子供の頃からの付き合いで、一応は幼なじみというヤツだ。全然仲良くなんてないし、甘酸っぱい関係なんかじゃないんだが。

 女子にしては長身で、長い髪をした、ややつり目がちで気の強そうな顔をした女。割と美人でプロポーションもいいが、ともかくかわいくない性格をしている。

 ちなみにあいつは県大会決勝まで進出した猛者中の猛者で、決勝で相手に目潰しを喰らわせようとしたために反則負けをした馬鹿女。はっきり言って狂っている。

 あの馬鹿女、練習の終わり頃にいつも決まって賭けを持ち掛けてくるのだ。おかげで俺は毎月金欠状態を強いられている。これはもはや恐喝だろう。先生に言い付けてやろうかな。


 近所のお好み焼き屋にて、特大のお好み焼きをハフハフ言って食べている暴力女を眺めつつ、俺は悲しげに呟いた。


「よくもまあ、人の小遣いでバクバク食えるよな。少しは遠慮しろよ」

「なんで? 勝者には報酬があって当然でしょ。奢りたくないのなら勝てば?」


 強い上に口が悪いと来ている。割とルックスが良いだけに腹が立つな。闇討ちでも仕掛けてやろうか。

 しかし、こいつの言う事はもっともで、要は俺が勝てばいいのだ。こいつ以外の門下生には負け無しなのだし、弱くはないはずだ。この女が強すぎるとも言えるが。

 ともかく、このままではマズい。いつまでもこいつの後ろ姿ばかり眺めていて堪るか。


 次の道場の日、俺は別の女子に練習組み手を頼んでみた。馬鹿女が冷やかしてきたが関係ない。俺は真剣なのだから。

 女子相手というのはやりにくい。それに慣れるため、あの悪魔よりも女の子っぽい子と練習をしておくのだ。同時に、女子の特徴を把握しよう。


 黒帯とまではいかないが、上級者の子を選んで相手をして貰う。力はないがスピードは速く、リーチが短い分、踏み込んでくる。なるほど、これが女子の間合いか。

 数人の女子に付き合ってもらったが、皆、有段者相手という事で快く引き受けてくれた。あの馬鹿以外は良い子ばかりだな。

 休憩中、皆に御礼のジュースを奢ってあげていると、馬鹿女が絡んできた。


「なになに、女子のご機嫌取り? 神聖な道場で何やってるのよ。最低ね、あんた」

「うるさいな。お前に奢るよりは有意義な出費だよ。誰かさんと違って、みんな良い子だし」

「……この野郎、上等じゃないの! あんたなんか追い出してやるから、覚悟しな!」


 なんだか知らないが奴は本気で怒り、道場への出入り禁止を賭けて勝負する羽目になった。

 こいつは黒帯だけあって先程の子達より動きが速く鋭い上に、上背があるのでリーチも長い。やはり、この女は別格か。

 だが、今日はいつもに比べて攻撃のリズムが掴みやすかった。女子のみと練習をしたおかげで、身体が馴染んでいるのだ。予想以上に効果があった。

 思うように攻撃がヒットしないために奴は焦り、大振りが増えてきた。このパターンは、俺が奴に負ける時と同じ。これは……いける!

 不用意に踏み込んだ馬鹿女に、俺はカウンターの回し蹴りを叩き込んだ。別に狙ったわけではないが、先日と立場を入れ替えた形で決着が着いてしまった。

 周囲から拍手が上がり俺は照れたのだが、敗者となった馬鹿女の様子を見て、あまり喜んでいられなくなってしまった。

 なんと奴は、床に座り込んだままワンワンと泣き始めたのだ。まるでか弱い女の子のような様子に、俺は狼狽えた。


「あーん、ひどいいいい! いじめたいじめたぁああああ!」

「お、おい、真剣勝負だろ。妙な事言うなよ」

「よその女の子と仲良くしといて、私に蹴り入れたぁあああ! 人でなしいいい!」

「や、やめろよ。おい、泣くなって……」


 結局、勝ったにも関わらず、俺はまた奢らされる羽目になった。

 なんでこうなるんだよ。都合のいい時だけ女になるなよな……。


「私以外の女子と練習なんてしたら許さないから。今度やったら殺すからね」

「なんだよそれ。意味が分からないぞ」

「フン、だ。この鈍ちん。少しは女心について学べ!」


 なんの話なんだ? 分かるように説明してくれ。

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格闘バカな幼なじみ 之雪 @koreyuki2300

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