第5話 神戸全国バレエコンクール 河合瑞希

 第十一回 神戸全国バレエコンクール。

 ゴールデンウィーク、神戸に全国からバレエダンサーが集まる大きなコンクールが開催される。

 真美はジュニア一部門に出場する。コンクール会場に着くとはながいた。橘麗たちばなうららの姿も見える。

 神戸は大阪から近いこともあり教室の生徒たちもたくさん応援に来てくれた。

「真美ちゃん頑張ってな」

美智みちさん、芳恵よしえさん。ありがとう」

佐奈さなさん、赤ちゃん生まれたばっかりで、今回はようんけど応援してるって」

「そうなんや」

 どうでもいい様な会話が気持ちを落ち着かせてくれる。


 予選が始まった。ひしめくほどたくさんいる出場者が、この予選で一気に数十人に絞られる。予選は六グループに分かれて審査される。真美は第六グループだった。

 それぞれのグループでリハーサル室の利用時間が決められており、その時間だけ利用できる。

 真美は適当な場所を見つけてストレッチとバーレッスンを続ける。

 宮崎バレエの生徒の中でも、既に予選を終えて明日以降の決選が決まった者もいれば、残念な結果に終わった者もいる。

 今は、そんなことを気にせず自分の調整に集中する真美。予選第五グループの華が自分の出番を終えて戻ってきた。

「どうやった?」

 真美がストレッチをしながら華に聞く。華は少し息を切らせながら微笑んで答える。

「まあまあやな。予選は通過したと思う」

「それはそうやろ」

「真美も頑張ってな。客席で応援してるわ」

「ありがとう」


「ジュニア一部門 予選第六グループの皆さん場当たりの時間です」

 スタッフの女性からリハーサル室に声が掛かった。出場者が舞台で踊りを確認できる時間だ。


 真美が舞台に上がるとたくさんの出場者が所狭しと自分の踊りを確認している。舞台上で指導の先生と一緒に振りを確認している出場者。指導の先生が客席から見ながら踊りの立ち位置をチェックしている出場者。自分の練習をする場所などほとんどない。このグループには橘麗たちばなうららもいる。オーロラの衣装を着たうららが舞台の中央で指導者の宝生鈴ほうしょうりんと振りの確認をしている。

 真美も一通り自分の踊りの立ち位置を確認し、舞台下手前ぶたいしもてまえで最後のポーズの位置を確認した。


 その時、舞台上手ぶたいかみての方から悲鳴にも近いどよめきが聞こえてきた。

「キャー」「えー!」「どうして?」「ええ! なに?」

 何が起こったのか、舞台上ぶたいじょうでリハーサルをしていた出場者たちも声が上がった舞台袖ぶたいそでに目を向ける。


 舞台の上手奥かみておくそでからジゼルの衣装を着た河合瑞希かわいみずきが現れた。

「ええ! なんで河合瑞希が来てんの?」「プロやん!」

 ざわめく舞台と観客席。驚く出場者とその関係者をまったく気にしないという感じで、舞台上で自分の踊りを踊る瑞希。瑞希が近付いてきたら周りで踊っていた出場者やその指導者たちも舞台を開ける様に後ずさる。大勢の者たちがひしめく中で全部踊り終えて、舞台の下手前しもてまえ、真美の目の前で、ふわっとスカートをなびかせて片膝かたひざをつきお辞儀をするというジゼルの最後のポーズを取る。

 顔を上げ立ち上がる瑞希と真美の目が合った。瑞希は真美に微笑んで舞台を去っていった。


「リハーサル時間終了です」


 舞台から第六グループの出場者全員がリハーサル室に戻る。多くの出場者が落ち着きを失ったかに見えた。


 そして、間もなくジュニア一部 第六グループの予選が始まった。


「エントリーナンバー二三九三番 『エスメラルダ』よりヴァリエーション」

 真美は美香から指導されたことを意識して出来る限りのエスメラルダを踊った。自分の感覚としても今回の踊りは手応えがあった。周りの出場者の事は気にせず自分の踊りに集中できた。

 出場者は踊り終わったらお辞儀はせず、そのままハケる。観客は基本的に拍手を禁止されているが、それでも素晴らしい作品には自然と拍手が送られる。

 真美の踊りの後、そんな拍手が沸き起こった。

 踊り終わって真美が舞台袖ぶたいそでに戻ると舞台のそでにたくさんの出場者たちが集まっている。皆、瑞希の踊りを見ようとそでに集まっていた。

 舞台袖ぶたいそでで自分の出番を待つ瑞希がいた。真美も舞台袖ぶたいそでから瑞希の踊りを見た。


「エントリーナンバー二三九八番 『ジゼル』第一幕よりジゼルのヴァリエーション」


 演目が紹介され曲が流れ始めると、それまでじっと舞台を見つめていた瑞希に、まるで何かが憑依したかの様にジゼルのオーラが彼女を包んだ。

 それは全幕『ジゼル』の中でジゼルが踊り始める瞬間を思わせた。初々ういういしく可憐かれんなジゼルが舞台に駆け出していく。

 その瞬間、客席から大歓声と客席を揺らすほどの拍手が沸き起こった。審査員やスタッフもこの空気を止められない。

 表現力、漂う気品と優しさ。正確なバレエのテクニック。優雅に一つ一つの音を美しく踊りで奏でる。

 規格外のジゼルにすべての者が圧倒された。真美は思った東京のコンクールで見た森川有紀もりかわゆきも凄かったが、瑞希の踊りはレベルが違う。

 会場の空気をすべてジゼルの世界に変えた。言葉が出なかった。涙が溢れた。


 予選がすべて終わりホールのロビーに決選進出者のエントリーナンバーが貼り出された。


二三九三、二三九八……以上 五十名


 決選では真美の後に瑞希が踊ることになる。

――――――

上手かみて

客席から見て舞台の右手。

下手しもて

客席から見て舞台の左手。

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