第29話 気づけたやりがい

 オリエンを経て実際に働き始めてから、数日が経った。


 俺たちはそれぞれ配属された部署で、まだ不慣れなところはありつつも、それなりに充実した労働の日々を送っていた。

 そんなノエルやアイナ、ユフィを労いたい気持ちもあって、今日の夕食当番だった俺は、疲労回復とスタミナのつきそうなおかずを、大皿で三品も用意した。

 三人とも、きっと満足してくれるに違いない。

 そう、四人揃って夕食を摂るのが楽しみだったんだけど。


「「「…………」」」


 さっきから三人ともテンションが低い。


 ノエルはつまらなそうにしているし、アイナはドライさに磨きがかかってムスッとしているし、ユフィは心ここにあらずといった放心状態。

 食卓がどよ~んとした空気でいっぱいだった。


「どうしたんだよ、みんな……」

「んー、別に?」

「いつもこんな感じでは?」

「むしろコレが素だよ……はぁ、病む……」


 そんなわけないだろ。

 普段はもうちょっとワチャワチャしてるじゃん。

 特に夕飯時なんて、いつも待ちきれないと言わんばかりに……。

 あ、そういうことか。


「今日の夕飯、美味しくなかったかな?」

「ち、違うよ! そんなことないよ!」


 慌てたようにユフィが身を乗り出す。


「美味しいよ、すごく美味しい。うわぁ、元気いっぱいになるなぁ美味しくて!」

「うれしいけど、急に語彙力落ちたな」


 すごい勢いでパクパク食べるユフィは、ありがたいけどわざとらしくも感じる。

 なにをそんな必死になってるんだろう……。

 それぐらい理由を隠したがっている、ってことなのかな?

 すると、ノエルがなにかに観念したように口を開く。


「じゃあ、一個質問。レクス、いま楽しい? バイト」

「唐突だな。それがなんの……」


 と、今度はアイナとユフィまでが前のめりになって言う。


「いいから答えてください」

「あたしたちの問題にも繋がるのっ」


 ええぇ、なにその圧のかけ方。

 けど、いまのバイトが楽しいか、か。

 俺はここ数日の、協会でのバイト風景を思い返す。


「……正直、思ってたよりは楽しいかも」


 俺の答えを聞いて、少しだけ――ほんの少しだけ、三人の肩に力が入った気がした。


「俺なんかでもこなせる仕事があって、感謝されるっていうのは、いいもんだなって」


 オリエンのときに抱いた、高揚感。

 ここ数日の仕事終わりに感じている、達成感。

 その源泉を言語化すると『感謝されることの喜び』にたどり着く気がした。


「『できて当たり前』『やって当然』のことしかがんばれない俺でも、誰かに頼られて感謝されるのってさ。うれしいし楽しいんだなって、改めて思ったよ」


 言っててちょっと照れくさい。けど間違いなくこれは俺の本心。

 ただ、それを聞いた三人は、目を丸くしていた。


「でもそんなの、ずっと前からそうだったじゃん。レクスくんは軍師として、あたしたちの役に立ってくれてる……がんばってくれてるって」

「私たち、毎度毎度言ってましたよね? 貴方の耳にたこができるぐらい、しつこく。なのに貴方は……」

「自分はそんな立派じゃない、の一点張りだった。なのに、どうしたの急に」


 言われてハッとする。


 俺はずっと、自分の能力なんて高が知れていると思ってきた。それは今も変わらない。

 なぜなら目の前にいる三人が、各分野で誰よりも、うんと能力が高い三人だから。


 そこと比べたら――いや、仲間として追いつこうと思ったら。

『できて当然のこと』は、最低限、『できてなきゃいけないこと』でしかなくて。


 だから俺は、ずっと必死だった。

 ノエルやアイナ、ユフィの隣に、仲間として立っていたかったから。

 でも俺は、そうやって『できて当然のこと』に必死すぎたせいで、自分の行ないが特別すごいことには微塵も思えなくて。

 だからこそ、過度な謙遜に繋がってしまっていたのかもしれない。


「そうだな。俺もやっと気づいたよ」


 俺は三人にずっと、感謝されていたんだな。

 能力の高い低いは関係なく。

 三人のためにとがんばってきた行ない、そのものを。


「こんな俺をいつも必要としてくれて……喜んでくれて、ありがとうな」

「「「……ッ!?」」」


 正直な感想をぶつけると、三人は再び驚いたような顔つきになった。


「レクスが……」

「変わりました……」

「か、変わっちゃった……」


 ワナワナと、何かを恐れているかのようですらある。

 え、なんか俺、変なこと言った?

 ユフィは、恐る恐る訊ねてくる。


「ち、ちなみにだけど……。もし、もしもだよ? 協会から社員登用の話とか来ちゃったら、レクスくんどうするの?」


 いまの協会の仕事に、社員登用か……。

 需要が縮小傾向とはいえ、冒険者って職は決してゼロになる仕事じゃない。

 その冒険者のための公職なら、一般職よりは波もなく安定はしているはず。

 加えて、国が用意した重役ポストよりも、自分の身の丈に合った仕事な気はする。

 俺は少しだけ、猶予期間モラトリアム後の自分の姿を想像してみてから、言った。


「わかんないけど。話ぐらいは聞く、かも?」


 まあそんな虫のいい話、ほいそれと転がってくるとは思えないけどな。

 俺はバイトだからこの程度の能力で必要とされているだけで、社員としては力不足なんてことも全然あり得るし。

 あるいは、バイトだからこうして気楽に考えられてるって説も。

 だから変に深刻に考えたりせず、もしも話として軽く流しただけ……のつもりが。


「ふーん……」

「そう……」

「へぇ……」


 ええ……。なんで三人とも、そんな落ち込んでんの?


「も、もしもの話だろ? そんなマジになんなくっても……」


 そうフォローしたのだけど。

 ノエルたちはその後も落ち込んだまま、食事だけは平らげて自室へと散っていった。

 まあ、夕飯をちゃんと食べてくれただけマシか。

 健康は大事だもんな。





=====

 次回第30話の更新は、5月11日0時頃を予定しております。

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