第30話 【SIDE:ガールズ】作戦名[優良物件アピール]

 レクスたちが共同生活を送っている家――というか屋敷には、大きな浴室がある。

 レンガ造りの浴室内にはシャワーブースがふたつと、大きな湯船がひとつ。

 張られている湯はさすがに温泉とまではいかないが、身体を癒やすには十分過ぎる。

 なにせ、広めに間隔を開けても三人横並びが余裕で、うんと脚を伸ばせるぐらいの大きさがある湯船なのだ。

 造りそのものはシンプルでも、総じて、おおよそ一般家屋ではあり得ない設備。

 そんな至高の浴室をいままさに利用しているのは、ノエル、アイナ、ユフィの女子三人。


 ――だが残念なことに。

 麗しのバスタイムを堪能、とはいかなかった。


「絶っっっっ対シルヴィアのせいだよおおぉぉぉ!!」


 ユフィは湯船に浮かびながら、悲痛な叫びを響かせた。

 ちなみに『浮かびながら』というのは比喩でもなんでもない。

 トランジスタグラマーな身体は、浮き袋代わりの豊満な胸により支えられ、顔だけを水面に出している状態で水平に浮いていた。

 器用さここに極まれり、である。


「可能性は高いわね。オリエン以降、あの人、ものすごく活き活きし始めたし」


 湯船の縁に腰掛けて、アイナが嘆息混じりに言う。

 締まるところは締まり、けれど健康的な膨らみをしっかり備えるアイナの体躯は、ごく一般的な価値観に照らせば『バランスの取れた肉体美』と言えるだろう。

 ユフィほどではないが、その存在感がハッキリする程度には胸もふっくらしている。

 もっとも本人は、着る服によっては太って見えてしまうため、歓迎してはいない。


「あの子が同じ職場にいる。その影響は大きいだろうね、めっちゃ」


 シャワーを終えたノエルがやってきて、ゆっくりと湯船に浸かる。

 剣士として鍛えられた肢体。けれど女性らしい曲線が随所に現れている。

 その健康的なスレンダー体型は、これまで異性だけでなく、同性すらも虜にしてきたほど魅力的だ。

 ただ他ふたりと比べ、胸が控えめなことにちょっとした悔しさは覚えていた。

 小ぶりの美乳という自覚こそあるが、なんでここには『才能』が発揮されなかったのか、と不満は尽きない。


「でもまさか、こんな形で伏兵が現れるなんて」


 ノエルの一言に、ふたりも、レクスとシルヴィアのやりとりを思い返す。


 やたらと距離感が近く三人より親密そうで。

 仕事上しかたないとはいえ三人より優先度が高く。

 なにより仕事においては三人より優秀なレクスの上司。


 突如としてレクスの前に現れたシルヴィア女史の存在を、一言で形容するなら――、


「「「……泥棒猫め……」」」


 レクスのそばをかっ攫おうとしている、圧倒的強者。

 それに尽きと思った。

 なまじ前職が【盗賊シーフ】だっただけに。


「でも大丈夫だよ! あたしたちのほうがうんと仲いいし。ずっと旅もしてきて、魔王だって倒して名をあげてもいる。ここはもっと余裕ぶらないと!」

レクスが名誉に興味ないのは知っているでしょう。アドバンテージにはならない」

「それに、シルヴィアとパーティー組んでたのがどのぐらいの期間で、どれぐらいの関係にまで発展してたのか、わたしたち知らないじゃん」

「……ダメだぁ……。余裕ぶってる場合じゃないやぁ……あははぁ」


 水平に浮かんでいたユフィは、そのままぶくぶくぶく……と湯船に沈んでいった。

 レクスは自分の過去を語りたがらない。

 この四年、共に旅をしてきたのにも拘わらず、みな出会う以前のレクスのことをほとんど知らない。

 それが、レクスの異様な頑なさを物語っていた。

 故に、三人は悶々としてしまう。

 自分たちの知らないレクスの過去。その場面場面で、シルヴィアともしかしたら、あんなことやこんなことを……。


「……不潔だわ」

「でもちょっと羨ましい」

「ふたりともなに想像してるの!?」


 アイナは眉間に皺を寄せ、ノエルはムフッと笑む。

 そんなふたりに、一番お姉さんなはずのユフィは顔を真っ赤にした。


「でもわからないじゃない。『昔の女』発言がどこまで冗談で、どこまで本気かすら」

「実は付き合ってないだけで、レクスとシルヴィアって、もう体は……」

「びやぁっ! そ、そそ、そんなエッチな……!」

「だとしたら軽蔑するわ。そんな輩を好きになった自分も許せない」


 と、数秒、様々な感情がせめぎ合う間を置いてから。


「まっ、100パーないか、それは。レクスに限って」

「そんな度胸があるなら、私たちはとっくに抱かれているわ」

「否定できない……。それがレクスくんのいいところだとも思うけど」


 当の本人がいないところで、ひどい言われようである。

 だがそれも、レクスに対する信頼が高いことの証左。

 なにより「自分が好いた相手はそんなんじゃない」と思いたいのは自然なことだろう。


「とにかく。シルヴィアが現われてから、明らかにレクスは変わった」

「思ってた以上に、仕事に前向きになっちゃってるもん。このままじゃ……」

「彼、案外、真面目な社会人になることも視野に入れそうね」


 もちろんそれが、端から見ればよい変化であることを、三人とも理解はしていた。

 働きたくないとのたうち回っていた人間が、摩耗していた心を癒やし、社会貢献への一歩を踏み出そうというのだ。素晴らしい成長だ。

 だがそれこそが、ノエルたち三人にとっては不都合でしかない。


「そうなったら、せっかくの猶予期間{モラトリアム}が終わる」

「彼をヒモにして、じっくり気を向かせようと思った計画が……」

「そんなの絶対やだ! あたしたち、まだなにも進展してないのにぃ……」


 レクスが働き出してしまえば、ヒモにするという大義名分が失われる。

 レクスへの想いや関係をゆっくり整理して恋を成就させる……そのための告白 猶予期間モラトリアムであり、そのためにレクスをヒモにしたのに。

 このままでは、計画がおじゃんだ。


 三人は互いの目を見合わせた。

 状況は明白。ならば、やることは決まった。


(わたしのほうが、シルヴィアより一緒にいて楽しくて――)

(私のほうが、シルヴィアよりも彼を適切に管理できて――)

(あたしのほうが、シルヴィアよりもバリキャリだって――)


(((優良物件アピール、しまくるんだ……!!)))


 こうして三人の結束は、よりいっそう堅くなった……のかもしれない。






=====

 3人娘による共同戦線、開幕ですね。

 ここ以降、数話分は三人称神視点で、3人娘の心情にフォーカスしてお話が展開していきます。

 恋にヤキモキしたり、ときにキュンとなったり……なノエル、アイナ、ユフィのかわいらしさを、彼女たちの目線でお楽しみいただければと!


 そんな次回第31話の更新は、5月14日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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