第28話 ロールプレイング

 ロープレでは、シルヴィーを冒険者に見立てた依頼受付業務をすることになった。

 一番手はノエル。

 受付カウンター風に移動させた長テーブル越しに、シルヴィーとノエルが対面する。


「すみません、依頼を探しに来たんですが」

「ん。じゃあ免許証、見せて」


 そう、普段通りのノリで対応するノエル。

 手順は間違ってないんだが……せめて丁寧語は使ったら?

 シルヴィーは、いまは身分証明書代わりに使っている冒険者免許証をノエルに渡す。

 それをマジマジと見ながら、


「……で? レクスとはどのぐらい一緒に旅してたの?」

「へ?」

「いきなりなにを詮索してるんだ」


 いかん、ノエルのロープレなのに、思わず外野からツッコミを入れてしまった。


「でも大事でしょ、その人の来歴を知るのは」

「来歴と呼ぶにはピンポイント過ぎるから。もっと他に訊くことあるだろ? どんなパーティーに参加して、どんな活動をしたのか……とか」

「じゃあ……レクスとパーティー組んでたのは何歳のころ? どんなふうに連携とって、どれだけの魔物を倒したの? ちなみに一緒に魔王倒したよ、わたしは」

「マウント取るのやめなさいっ」


 なんで受付役がむっふーとドヤ顔で対応してんだよ。

 これにはさすがのシルヴィーも、困ったように笑いながら、


「た、確かに来歴を把握して、その人に合いそうな仕事を紹介するのは大事なんだけど……さすがに質問がプライベートすぎるかな? 根掘り葉掘り訊きすぎるのは、ちょっとマナー違反かもね」


 直後、ノエルは焦ったように席を立った。


「――っ! つまりふたりの間に、訊かれたくない事情があるってこと……!?」

「解釈が右斜め上過ぎるだろ!」


 以上を踏まえての、ノエルのロープレの結果報告。

 思考暴走につき、受付業務不可。『パーティー求人の書類作成』業務に配属決定。



 続いてはアイナのロープレだ。


「依頼の受け付けですね。免許証を拝見します」


 さすが、日頃から落ち着いた物腰で知性的なアイナだ。

 受付業務が板についているのがひと目でわかる。


「今回は単独での活動をご希望ですか?」

「はい。わりと器用なほうなので、簡単な依頼ならひとりでこなせるかなって」

「……っ」


 軽そうに言うシルヴィー。

 これはあくまでもロープレ。つまり一種の芝居だ。シナリオありきの発言だ。

 ……が、どうやらそうとは割り切れずにいた人が、ひとりいたようだ。


「へぇ、そう。器用だから、簡単な仕事なら、ひとりでこなせると……ほう。それはそれは、ずいぶんとご立派なお話で」


 アイナは妙に圧をかけて反抗する。

 心なしか、どす黒いなにかが全身から滲み出ているような……。


「いますよね。なんでもかんでもそつなくこなしちゃって、故に天才だ有能だと自己評価を歪めて、世の中を甘く見ている人種。あなたもそのひとりでしたか」

「……え?」

「ストップストップ!!」


 なんでこのタイミングで、クソでか感情溢れ出させるかな!

 シルヴィーだって困惑してんじゃんか。


「依頼を請けにきた冒険者相手に個人感情ぶつけるなって。だいたいこれ、ロープレ」

「……ふん。貴方はそうやって、彼女の肩を持つんですね。よいのではないでしょうか? 私は別に気にしていませんが。……べ・つ・に」


 うわぁ、絶対気にしてる物言いだ。


「まあでも、いろんな冒険者を平等に対応しないといけないからね。中にはイラッとくる人もいるのは事実だよ」


 シルヴィーはそうフォローを入れる……が。


「そういうときは、笑顔だけ作って心の中で『バーカ、ザーコ、迷宮で三日三晩迷子になって死にかけてこいや、ハゲ』って思っておくとスカッとするよ」

「正社員が妙なこと吹き込むな!」

「わ、私はそんな裏表激しくありません!」


 以上を踏まえての、アイナのロープレの結果報告。

 コミュニケーションに難あり、受付業務不可。『登録魔術・魔導書の整理』業務に配属決定。



 続いてはユフィのロープレだ。


「いらっしゃいませ! 依頼受注をご希望でしたら、免許証の提示をお願いしまーす!」


 ユフィはそう、満面の笑みでシルヴィーを迎え入れる。

 普段はすぐ病んでえぐえぐと泣いたり、情緒不安定気味に暴走するユフィ。

 だが実はこういうとき、誰よりも器用に立ち回れるのが彼女だった。

 本人曰く、周りに必要とされるために必死にこなしているだけらしいが。

 それにしてはバリバリ働けている感がすさまじい。


「【盗賊シーフ】の方向けですと、こちらの依頼が現在受注可能です!」

「じゃあ受諾しますので、手続き進めてもらえますか?」


 ユフィは、ロープレ用に用意された受注手続き用の書類に、必要な情報を埋めていく。

 その様子をシルヴィーは眺めながら、


「うん、ユフィさんは受付業務に適正ありそうですね」

「ほんと!?」

「対応もスムーズだし、書類作成も手早いし。頼りになりそう」

「えへへへ~。そんなことないよぉ~♪」


 うわぁ、『頼りになりそう』の一言で目キラッキラさせてる。

 褒められるとすぐこれだからな、ユフィは。

 もちろん、仲間の能力が認められるのは、俺としてもうれしいけど。


「ただ依頼内容の備考欄にもしっかり目を通して。大事なこと書いてあったりするから」


 シルヴィーが指さした依頼書の備考欄を見て、ユフィは「あ、ホントだ」と気づく。

 推奨パーティー人数について補足があったのだ。


「えっと……このご依頼は、推奨パーティー人数がふたりからとなってまして。どなたと向かわれますか?」

「そうですね。じゃあ……」


 そう、シルヴィーは俺のほうをチラリと見る。

 ああ、なるほど。俺もロープレに加わってほしいってことか。

 俺がその意図を汲んでシルヴィーのそばに近寄ると、彼女は俺の腕をグッと引き寄せて、


「レクスと一緒に請けようと――」


「だめええぇぇー!!」


 うるっさ!!

 突然のユフィの絶叫に、耳がキーンとなった。


「レクスくんは関係ないでしょ!? 連れてっちゃダメ! レクスくん盗らないでぇぇ!」

「いや、これロープレ。実際に俺が連れてかれるわけじゃないから」


 涙目になって訴えるユフィに、どうにかフォローする俺。

 一方のシルヴィーはぽかーんとしている。無理もないけど。

 シルヴィーは、まるでユフィの地雷を探るように慎重に、


「えっとぉ……じゃあノエルさんにお願いしよう……かな?」

「ぐすっ…………許可します」

「え、わたしの意思は?」


 すまんノエル。今回ばかりは最初から、そんなものは期待できなさそうだ。


 以上を踏まえての、ユフィのロープレの結果報告。

 受付業務に適正あり? 『受付補佐』業務に配属決定。ただし人間関係には要注意。



 最後は俺のロープレだ。

 免許証と相手の職業の確認、勧められる依頼の選定、手続きに必要な書類の作成。

 旅先で受注するときに何度も見てきたそれらの作業を、受付目線に立って思い出しながらこなしていく。

 その様子やロープレの結果を受けて、シルヴィーは言った。


「うん、レクスはなーんの問題もないね。バッチリ完璧だ」

「え? そ、そうか?」


 拍子抜けだった。

 俺としては、受付業務として『できて当然』のことをしただけ。

 でもそれは、別に『完璧』でもなんでもない。

 それを正直そのまま、シルヴィーに伝えたのだが。


「受付の仕事……っていうか事務員の仕事って、それでいいんだよね、極論」


 オリエンに使った書類をトントンとまとめながら、シルヴィーは続けた。


「冒険者のため平等かつ公平に対応する。それって結局、『当たり前にこなすべきことを当たり前にこなす』ので十分なんだよ。じゃなかったらサービスの質に差が出て、優劣もついちゃう。どこまでいっても公務員だからね」


 言われてハッとする。

 だから協会の対応やサービスは、いつどこに行っても一定で『質が高かった』のか。


「まあ、レクスがそつなくこなせるのは、最初からわかりきってたことだけど」

「買いかぶりすぎだろ」

「でも事実でしょ? 結果が示してる」


 まとめた書類を――その結果が詰まっている紙を、シルヴィーはポンと叩いた。


「今回の件、レクスたちにお願いして正解だった。ありがとね。めっちゃ頼りにしてる」


 そんなシルヴィーの笑顔を見て。

 俺の胸の奥は、驚くほど明確に、高揚感が広がっていた。



 ♂ ⇒ ♀♀♀



 そんなレクスとシルヴィーのやりとりを眺めていた、ノエルとアイナ、ユフィ。

 彼女たちの心中は、穏やかではなかった。


 明らかに距離感の近いシルヴィアの存在。

 彼女がレクスに対し、能力を認め頼りにしているという事実。

 そして彼女の言葉に心なしか、感銘を受けているようなそぶりを見せるレクス本人。


(……マズいね、これは)

(このシルヴィアって人……)

(思っていた以上に――)


(((――できる女だ!!)))


 自分たちの目標を達成する上で、圧倒的な障害が現われたことを痛感する三人だった。





=====

 次回第29話の更新は、5月8日0時頃を予定しております。

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