第27話 オリエンテーション
「よぉし、レクス。ちょっと詳しく話そっか。こっち来て」
「詮索するのも無粋とは思ってましたが、さすがに不潔過ぎですね、これは」
「ていうか、彼女いたことないって言ってたよね? 嘘ついてたの? 嘘つかれてたの、あたしたち? そんなことないよねぇ……ねぇ!?」
鋭い目が――一名、光を失った涙目が――ずらりと並び、俺はさすがに一歩後ずさる。
いや、そもそもがだ!
「シルヴィー、言い方! それは誤解しか招かんから!」
「あれ? そんなに変だった? 昔の女って」
「……もういい。俺が説明する」
そういえばシルヴィー、こういうところあったっけ。
壊滅的なまでに言葉選びが下手なんだよな、この子。
「シルヴィーは、ノエルたちと出会う前に組んでたパーティーのメンバー。それだけ」
「それをどう言い換えれば『昔の女』になると言うんですか」
「それはシルヴィーの言い方に問題があっただけで……」
「しかも『シルヴィア』なのにね、名前。あだ名呼び?」
「羨ましい……。あたしたち、あだ名で呼ばれたことないのに。呼んで欲しいのにぃ!」
「別にあだ名いらないじゃん、みんな名前短いんだから」
ノエル・コルトレーン。
アイナ・ロザリー。
ユフィ・シズベット。
この三人の名前で、どうあだ名を作れと?
「そういう問題じゃない」
「そういう問題じゃありません」
「そういう問題じゃないもん!」
ええぇ……なんでそこでハモるの。
「あはは、レクスってばモテモテじゃん。魔王倒した仲間ってのは伊達じゃないね」
「いや、別にこれ、モテてるからこうなってるわけじゃないだろ」
またシルヴィーはいらんことを……。
ノエルたちも、なんか知らんけど顔赤くして黙っちゃってるし。
大人しい様子も逆に怖いのよ。「そういうんじゃありませんが? 迷惑なんですが?」的に怒ってるってことじゃないの、これ?
「てかさ。仕事探してるならちょうどよかった」
するとシルヴィーは、俺たちの仕事探しを対応中だった受付嬢に「私が預かるよ」と声をかけ、作業を止めさせた。
そして俺たち四人を窓口から離す。
「バイト感覚でいいならさ。冒険者向けじゃないんだけど、お願いしたい仕事があるの。手軽にサクッと稼げるバイト的な依頼は、レクスたちに頼むより歴の浅い冒険者に回してあげたいし」
「ああ、確かに……」
俺たちは――というかノエルたちなら、国が抱えている最上級難度の依頼だって容易くこなせる。そのぐらいの実力を持っている。
そんな勇者パーティーがバイト感覚の軽い仕事ばかりこなしていたら、後進育成の観点だと機会損失にしかならないもんな。
さすがにちょっと虫がよすぎるか。
シルヴィーは「興味があるなら」と前置きしてから、言った。
「ざっくり言うと、私たち協会職員の補佐のバイトなの」
「えっ。協会の仕事って公務員だろ? 試験とかどうなるんだ?」
「バイトで募ってる仕事は、基本的に誰でも可な仕事。だから試験はないよ。てかレクスたちが魔王倒したおかげで、その辺は前より緩くなったの」
なるほど。
魔王の脅威が去ったいま、魔王軍の勢力は小康状態だもんな。
冒険者の重要度が減ってきている分、協会の仕事も条件緩和されてきているのか。
「いま人手が足りてないのは、『受付補佐』『
「ちょうど四つか」
「レクスほどの経験者なら、どれでもそつなくこなせると思いよ。なんなら四つ全部担当してがっぽり稼いでもいいし」
「いや、さすがにそれは身が持たない――」
と、言いかけたところで。ノエルたちがズイッと身を乗り出してくる。
「それ、わたしたちも受けれるんだよね、四つもあるんだし」
「はい。むしろ勇者パーティーのみなさんが手伝ってくれるなら渡りに船です。知見たくさん持っていらっしゃるでしょうし」
「えへへ……頼られちゃったら、お姉さん断れないねぇ♪」
「魔術関連は私が適役でしょうしね」
あれ? なんか、みんな思ったより前のめりだな。
「わたしたちで引き受けるよ、全部。だから、レクスはお留守番してて」
ノエルの言葉に、アイナとユフィもうんうんと頷く。
ヒモしてる俺のために、そんなに全力で稼ぎたいってことか?
うーん。今回入り用になってる理由を考えると、ますます申し訳なくなってきた。
「いや、俺も手伝うよ。四人一緒の職場で働くってのは、ちょっと楽しそうだし」
「そう言ってくれると助かるよぉ! 『迷宮の階級見直し』なんかは、経験豊富で詳しいレクスが手伝ってくれると、助かるなぁって思ってたの」
シルヴィは安心したように言う。そう頼ってもらえるのは、悪い気がしないな。
それに、俺がこの
一緒の職場でバイトできるなら楽しそう、というのは本心から出た言葉だ。
「決まりだな。協会で四人一緒に働いて、資金繰りするか」
これも、旅してきた俺たち冒険者をずっとサポートしてきてくれた協会への、ひとつの恩返しと思うことにしよう。
そう、ひとり気持ちを新たにしていた後ろでは、
「わたしが稼ぐって言ったのに」
「私が稼ぐと言っているのに」
「あたしが稼ぐって言ったのにぃ」
「どんだけ勤勉なの君たち?」
そんなにがむしゃらに働こうとしなくても……。
頼むから、体だけは壊さないでくれよ?
* * *
そして、翌日。
俺たちはさっそくバイト初日を迎え、協会職員の制服に着替えて会議室に集まっていた。
シルヴィーは指導役として、この場にいる。
「今日はみなさんとオリエンテーションをしたいと思います」
シルヴィーはそう明るく言う。
だが俺とノエル、ユフィは、聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「「「オリエンテーション?」」」
「実際に働く前に仕事の概要を座学で覚えたり、ロープレ……つまり模擬的に実践する時間のことですよ」
アイナがサラッと補足を入れる。思わず「おお~」と唸る俺たち。
その様子にシルヴィーも満足げだった。
「その通りです! さすがアイナさん」
「いえ、このぐらいは自然と身につく知識ですから」
アイナは褒められても、なんでもないことのようにドライに振る舞った。
「実際に現場へ出る前に、協会の理念とか組織目標を共有するのは大切です。職員全員が一丸となって、冒険者のみなさんをサポートしてかないといけないからです」
これまでも旅先で協会に立ち寄っては、路銀稼ぎに依頼をこなしてきたけど。
確かに、どこの協会に行っても職員のサポートは一定して高かったな。
サービスに差が出ないよう、目標設定とかを徹底してきた賜物ってことか。
「まあ、勇者パーティーのみなさんには、いまさら説明するまでもないことかもしれないですけどね」
「うん。だから飛ばしちゃっていいよ」
「ダメだダメだ」
シレッと変なことを口にするノエルを、全力で止める。
「なんで? 説明するまでもないことでしょ? 第一、楽しくなさそう。座学なんて」
「そうかもしれないけど。正直に言うこたないだろ」
「あはは! いいよ全然。気持ちはめっちゃわかるし。ダルいよね~座学」
シルヴィーまで急にフランクになっちゃって……。
指導役の正社員がそれでいいのか?
「なので座学の内容は、レジュメにまとめたので家でヒマなときに読んどいてください」
「……さては最初からやる気なかったな?」
「まぁね~」
ぽぽぽ~いと俺たちの前にレジュメを配るシルヴィーは、ペロッと舌を出して笑った。
まったく……。この軽いノリと効率重視な性質は、冒険者時代の職業が【
「今日はもうさっそく、楽しくロープレして仕事の流れを覚えましょう!」
「楽しく……っ!」
気怠げだったノエルも、その一言にはピンと背筋を伸ばした。
一方で。
「い、いきなり模擬実践かぁ……。うまくできるのかなぁ。失敗して笑われたら生きていける気しない……うう、ネガティブに飲み込まれる……!」
ユフィはこの世の終わりみたいな真っ青な顔をして、頭を抱える。
「大丈夫だって。模擬なんだから。失敗したって誰も笑わないよ」
「ふえぇぇん! レクスくんの優しさと気遣いが染みるよ~!」
ユフィは目に涙を浮かべながら、俺にガシッと抱きついてくる。
この子はいつもこうだな……。放っておけない二十四歳児だよ、まったく。
「レクスの言うとおり、適性を見るゲームみたいなものですから、気軽に楽しく参加してください。魔王討伐を成し遂げたみなさんなら、なにかしら適性はあるはずですし」
そうシルヴィーはまとめに入り、
「むしろ、これでなにもなかったら魔王討伐疑っちゃいますよね! あはは!」
「「「……は?」」」
言い方ぁ! 無自覚に煽るなぁ!
ほんとシルヴィーは……。冗談のつもりなんだろうけどさ。
「いいよ。目に物を見せるから」
「そこまで言われたら黙っていられないわ」
「ダメダメなあたしにだって、意地があるもん……!」
案の定、闘争心を燃やし始めた三人。
……発破をかけるって意味では成功している……のか?
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次回第28話の更新は、5月5日0時頃を予定しております。
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引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。
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