第五章

第26話 降臨、昔の女!

 ある日の朝。

 俺たち四人はいつものように揃って食卓を囲み、朝食を食べていた。


 そう、いつも通りの光景だ。

 俺の心模様を除いては。


「やべぇ……金がない」


 食事中ずっと堪えていた心の内が、ついに漏れ出てしまった。

 ノエルたち三人は、俺のことをポカンと眺めてから、


「え、いまさら?」

「だからバイトしているんでしょう、私たち」

「も、もしかして稼ぎ足りない? うぅ……ごめん」

「いや、みんなが悪いわけじゃなくて」


 ある意味では、この豪邸を無断かつ勢いでキャッシュ一括購入したノエルが遠因だけど。

 それは許容した以上、理由にはしない。


「やっぱ俺も、もっと積極的にバイトしないとだよなぁって思って」

「「「――え!?」」」


 何気なく呟いた一言に、三人がギョッとする。


「あのレクスが」

「積極的にバイトを」

「しないとって思ってる?」


 え、なにその反応。


「俺のこと、どう思ってたわけ?」


「「「絶対一生仕事したくないマン」」」


「ぐうの音も出ない……!」


 そりゃあ、みんなが俺をヒモにしてくれた経緯を考えれば、自明の理だよなぁ。


「でもこの猶予期間モラトリアムが、いつか俺に働く気が起きるまでは……みたいな話だったじゃん」


 言いながら、食卓のパンを千切って口に運ぶ。

 咀嚼してる間、なんのリアクションも返ってこないのが気になって、三人を見る。


「……そんな約束だったっけ?」

「いえ。彼の記憶違いでしょう。そうに違いありません」

「した覚えないなぁ、その約束。レクスくん、夢でも見てたんだよ絶対」

「そんなに目が泳いでる人間、俺は初めて見たよ」


 しかも、揃いも揃ってコーヒーの入ったカップがガタガタ震えて零しまくってる。

 そのコーヒー、ダイニングテーブルに飲ませたくて淹れたんじゃないんだけど?

 でも図星だったのか、三人は慌てた様子で訊いてくる。


「じゃ、じゃあレクスくん、どんなバイトがしたいの?」

「ていうか、できたの、やりたい仕事? ほんとに?」

「私たちが働くより稼げるんですか、それは?」


 俺のやりたいバイト……か。


「それを言われると……確かに、ちょっと困る」


 先日、魔導書作り体験会の仕事をアイナが請けたとき。ついでにどんなバイトがあるのか、興味本位で色々訊いていたのを思い返す。

 魔物の討伐、要人護衛、畑仕事の手伝いなどなど。

 でも結局、どれも個人的にはピンと来なかったんだよな。


「じゃあいいじゃん、ヒモのままで」

「働く気がないのに働かれても、その職場に迷惑なだけです」

「まだ働くには早いってことだよ! ゆっくり休んでればいいじゃん、ねっ!」

「そう……なのかなぁ」


 言いながら、俺は野菜のうま味の溶け込んだスープを口に含む。

 優しい味が舌に広がる。起きて間もない胃には、このぐらいの味付けがちょうどいい。


 でも――やっぱり心のどこかで思うんだ。

 三人にばかり働かせて、こんなふうにのんびり朝食を摂っているような状態を続けてて、本当にいいのかなって。

 そんな俺の心境を察してなのか、ノエルたちがさらに言葉を重ねる。


「レクスの生活費はわたしが稼いでくるから。必要なものとか欲しいものがあるなら、それで揃えなよ」

「いえ、私が稼いで来ます。家計のこともありますしお小遣い制にはなりますが、不満のない額は支給しますから」

「あ、あたしのほうが稼ぐよ! 稼げるよ!? 体張ってでもお仕事がんばる。欲しいものだってなんでも買ってあげる!」

「いや、ヒモ相手にそこまで必死にならんでも」


 三人が妙に前のめりになって提案してくる。

 正直うれしい。こんなダメ人間のためにそこまでしてくれるなんて。

 魔王討伐で疲れ果てた俺にとって、こんなにありがたい話はない。


 ただ……。

 今回入り用になってる理由は、やっぱり話が別なんだよなぁ。


「さすがに今回は、人様に解決させるわけにはいかない。俺自身でちゃんと稼いで用意するべき金なんだ。甘えられないよ」


 すると目の前の三人は、俺の言葉に、さらに焦ったようなそぶりを見せる。


「レクスくん……ほ、本当に働く気?」

「そんなにバイトに前向きなんて、貴方、熱でもあるのでは?」

「大変だ、寝てなよ。代わりに稼いでくるから、わたしが」

「いえ、私が薬代も含め稼いできます」

「ううん、わたしが薬も買ってくるし、ご飯も準備するよ」

「じゃああたしは、ゆっくりじっくり留守番しながら看病してあげるね♪」

「「――おい、なにいけしゃあしゃあと」」


 そしてなぜか三人は、譲らない小競り合いを始めてしまった。

 ……なんだなんだ?


「そ、そこまで言うなら……とりあえず四人でバイト探しに行くか?」


 彼女たちの真意が読み取れず、安パイそうな提案をしてみると。


「それがいい。そうしよう。それしかないよ絶対」

「それで、貴方に適したバイトなんてないと思い知ればいいんです」

「結局あたしたち頼みになるって、わからせてあげるんだから!」


 ガバッと身を乗り出して、いっせいに圧をかけてくる三人。

 みんな、そんなに俺を全力で養いたいってこと?

 もし働く気が起きちゃったとき、この子たちどうするんだろう……。



 * * *



 というわけで、みんなと共に数日ぶりの協会へやってきた。

 さっそく受付嬢に声をかけて、手軽なバイト的な依頼を探してもらう。

 その待ち時間のときだった。


「あっれ~? レクスじゃん。どったの~?」


 聞き馴染みのある女性の声で振り返る。

 立っていたのは、オレンジのショートヘアが眩しい、快活そうな女性だった。

 協会の制服に身を包んだ、ザ・事務職といった装いの女性。

 その顔つきと名札に書かれた『シルヴィア』という名を、俺はよく知っていた。


「おお、。お疲れ。てか本当に協会で働いてたんだな」

「そだよ~。そりゃ、なかなかすれ違わないよね。ここ部署も人も多いし」


 するとシルヴィーは、思い出したように訊いてきた。


「ていうか、なにしに来たん? 銅像まで建ててもらった天下の勇者パーティー軍師さまが、わざわざさ」

「ああ。例の件でちょっと入り用で……。依頼探し」

「あ~……。だとしても、私がいるところに来る、普通?」

「しょうがないだろ、冒険者としての仕事を探しに来てんだから」


 シルヴィーは「そりゃそっか~」とケタケタ笑った。

 ああ、このカラッとした感じ、全然変わってないな……。

 と、懐かしんでいたときだった。


「ごめんね、盛り上がってるところ」


 シルヴィーを遮るように、ノエルたちが俺の前にズイッと割り込んできた。


「あなた、どこの誰さん?」

の軍師の彼とは、どういうご関係で?」

「うふふ……お姉さん、気になっちゃうなぁ♪」


 にこぉ……と笑う三人。でも目が笑ってない。なんか怖いよ。


「あ、私ですか? すみません、自己紹介が遅れて」


 シルヴィーはノエルたちの怖い目を気にもとめず、ぺこりと頭を下げる。


「シルヴィア・ハーマンです。元冒険者で、現在は冒険者協会、王都本部の事務員をしています。レクスとの関係は、なんていうか……」


 彼女は、慣れ親しんだ相手にこそノリは軽いが、基本は真面目な人間だ。

 俺なんかよりうんと社会人スキルが高い、有能なしっかり者。

 俺が代わりに紹介しなくたって、安心してその挨拶を眺められ――、



「昔の女ってところです」



「「「…………は?」」」


 え?

 なんだって?


「「「…………はぁ!?」」」


 怖い顔でこっち見ないで!?





=====

 第五章、始まりました!

 一応、書籍1巻分としては、こちらが最後の章となります。

 レクスに好感度マックス、だけどイジイジと告白できずにいる3人娘の前に、なにやら仲睦まじそうな女が現われましたが……!?


 一応、ご安心ください。NTR展開はありません。

 ヤキモチ焼いちゃう3人娘のかわいらしさを、引き続きご担当いただければと!


 次回第27話の更新は、5月2日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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