第25話 【SIDE:ユフィ】都合のいい展開《幸せ》

「一番最初の……『二番目』?」

「うん、そう。いるでしょ、愛人とか妾とか都合のいい女枠」


 私の端的な単語に、レクスくんは困惑していた。


「『一番目』を選べない、『二番目』『三番目』を作りたくない。なら、まだ一番がいないいまの内に、一番最初の『二番目都合のいい女』を選べばいい。ね、いい抜け道でしょ?」

「屁理屈だろ、そんなの」

「屁理屈も理屈のうちだよ」

「う……だ、だいたい、そんな都合のいい話があるか」

「あるよ。あっていいんだよ。だってあたしが、都合のいい提案をしてるんだもん」


 正攻法で勝てないのなら。

 武器を駆使して、都合のいい抜け道を探すしかない。


「これはね、誠実で優しいレクスくんのために用意してあげられる、言い訳なの」

「い……言い訳?」

「あたしは、それでもいいの。都合のいい女でも。一番最初に選んでくれるのなら」


 なにかを言いたげに、口をぱくつかせているレクスくん。

 もしこのまま考える時間を与えたら、きっと彼は、あたしを冷静にさせてしまう。

 それができるぐらい、頭がいい子だもん。

 だから、言葉を発する前に、彼の口を塞いじゃおう。

 バクバクと脈打つ心臓の音しか耳に入らない中。


「だから、今日、いま、あたしのこと――」


 あたしは、ゆっくりと顔を近づけて――、



 バァン!!



 ――び……っくりしたぁ!!


 鼓動の音しか聞こえてこないぐらい静かだったのに、突然すんごい破壊音が鳴り響いた。

 驚いて、音のしたほうを見る。


「こんなとこにいた、ユフィ」

「どういう状況か説明してもらうわよ」


 蹴破られたドアの向こうに、メイド服風ミニスカビキニのノエルと、バニーガールなアイナが立っていた。

 せっかくのかわいい衣装が台無しってぐらい、怖い顔をして。

 まるでゴミを見下しているかのような目に、あたしの血の気がサー……と引いていく。


「なぁにをしてるかねぇ、君たちはぁ」


 そんなノエルたちの背後から、もうひとりの女性が現われる。

 いかにも大人! って感じの麗しい声に、デコルテや肩が大胆に露出するほど着崩したキモノ姿。そして手には東洋の喫煙道具でもある『キセル』。

 随所に雅びを感じさせるこの女性こそ、『ドリーミン・クラブ』店長さんだ。


「この部屋、VIPルームなのよねぇ。一時的とはいえ、勝手に使われたら困るわけよぉ」

「……え? びっぷ、るーむ?」


 目を点にしたレクスくんが、あたしを見る。

 そうなのだ。あたしがテンパって調子に乗って、『「特別なとき」に使う部屋』なんて表現しちゃったけど。

 実は、ただのVIPルームなの、ここ……。


「しかもウチは、未成年も来店可能な100%健全な優良店、って説明したはずよねぇ。なのに、ずいぶんいかがわしい香りを漂わせてるじゃない?」

「が、ガチの健全優良店……!?」


 レクスくんが驚くのもわかるよ。

 この雰囲気と衣装でそう言われても、説得力ないもんね。


「VIPルームの無断使用とお客様への過剰サービスには罰則ありって伝えてたよねぇ?」

「罰則あんの!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! すっかり忘れてましたぁ!」


 今のあたしにはもう、謝る以外にできることがない。

 床に頭叩き付ける勢いで、店長とレクスに何度も頭を下げる。


「うんうん、いい謝りっぷりだねぇ。そういうのが素直にできるのは、いいことだよぉ」


 不自然なほどニッコリと微笑んで。

 店長は、キセルの先を店の奥へ向けた。


「皿洗い、やっとけ? ふたりで閉店までな」



 * * *



 コンカフェの厨房は、なんだかんだでいつ何時も大わらわ。

 洗い物も次々運ばれてきて、シンクの中に沈められていく。


「ごめんね、レクスくん」


 終わりの見えないお皿洗いを続けながら、あたしは今一度、レクスくんに謝る。


「大丈夫、気にしてないから。ユフィも、突然のことで気が動転してたんだろ?」


 う……。そういうふうに解釈してもらえていることが、却って胸を痛ませる。


「俺も部屋のことちゃんと確認しなかったし、無関係とは言えない。連帯責任でしょ」

「……うん。ごめん。ありがとね」


 ごしごし、ごしごし。

 テーブルから下げられたお皿やグラス、厨房で使ったフライパンをせかせかと洗う。

 その作業に集中していると、無言も気にならない……なんてことはなく。

 あたしの頭の中では、なんであんな恥ずかしい行動起こしちゃったのかなって後悔が、ずぅっと渦巻いていた。

 やっぱ、レクスくんにドン引きされちゃったよね。

 あたしが襲おうとしたようなもんだし。怖がらせちゃったよね。

 きっと、今日このお皿洗いが終わったら、あのお家から追い出されちゃうんだろうなぁ。


 ……あ、やば。そんな未来を想像するだけで、辛くて泣きそう。

 せっかく見つけられた居場所なのに。

 ようやく必要としてくれた友達なのに。

 昔みたいに、また見放されて、独りぼっちになっちゃうのかな、あたし……。

 うえぇぇん……やだよぉ、辛いよぉ。


「さっきの、VIPルームでのあれ、さ」


 ふと、レクスくんが口を開いた。

 なにを言われるんだろう? ってビクッてなっちゃった。

 あたしの人生終了を覚悟して、レクスくんの次の言葉を待つ。


「俺の前以外で、もう絶対するなよ」

「……へ?」


 思っていた言葉とは全然違かった。

 一瞬、どういう意味なのかわからなかった。

 洗い物の手もつい止まっちゃうぐらい驚いて、レクスくんを見る。


「いや、俺の前でならやっていい、ってわけじゃないぞ……! この前の薪割り動画もそうだけど、危なっかしくて変なことに巻き込まれそうじゃん」


 薪割り……。

 うあっ、忘れてた痛い思い出がぶり返された!


 でも、言いたいことは理解した。

 不特定多数の人に『都合のいい女』って思われたら、そりゃあいろんな人が寄ってくる。

 危ない目に遭う可能性も上がるもんね。


「まあユフィなら、乱暴されそうになってもひねり潰せるかもしれないけど」

「あたしそこまで怪力じゃないよ!? …………たぶん」


 そりゃ、大きな斧を振り回してばっかだけどさ。

 求められるからそればっかやってたら、力持ちになっちゃっただけで。

 本質的にはか弱い女の子のつもりだもん。


「それでも心配はするよ。仲間だし……友達なんだし」

「レクスくん……」


 その言葉がすっと耳に、そして胸の奥に染みこんでいく。

 まだあたしと、友達でいてくれるってこと?


「……じゃああたし、まだあの家にいていいの?」

「ああ。ていうか、ダメなんて一言も言ってないじゃん」

「……いまから言われると思ってた。出てけって」

「なんで?」


 ナチュラルに聞き返してこないでよぉ!

 そうだよ、あたしの被害妄想だよぉ。察してよぉ。


「でも、そっか。いていいんだ、あの家」


 こんなダメダメでヤバいやつなあたしでも。

 まだ、みんなのそばを居場所にしてていいんだ。

 うれしいなぁ。


「ふへ、ふへへへ」

「変な笑い方するなよ」

「えぇ~? だって~♪」


 レクスくんはまだ、あたしたち三人の誰もを選ぼうとはしない。

 それは間違いなく優しさだ。この、仲がよく都合もいい関係と時間を、守りたいから。

 ならまだ、あたしにも可能性はある。

 今日は失敗しちゃったけど。やりすぎちゃったけど。


「まだみんなと猶予期間モラトリアム続けられるって思ったら、うれしいんだもん♪」


 この時間が続く限り、単なる都合がいいだけの女の子じゃなく。

『一番目』の女の子に選んでもらえるチャンスは、絶対にあるってことだもん。


 こんなあたしでも、ちょっとぐらいは望んだっていいよね?

 そういう、都合のいい幸せな展開を。



 * * *



 ちなみに、あたしたちの今後の、コンカフェでのお仕事についてだけど。


「店内でのルール違反にぃ、ドアの器物破損でしょぉ? ……クビだよね普通に」

「「「ですよね……」」」


 うええん、ふたりともごめ~ん!!







=====

 というわけで、貞操の危機はレーティングの壁に阻まれましたとさ(メタ)。

 いかがだったでしょうか? ここまでが第四章ユフィ担当回となります。


 情緒不安定で面倒くさくって、

 でもそれ故に素直で一緒にいて楽しく、

 都合よく飽きない女の子……のつもりで生み出したユフィ。

 読者のみなさまとしてはいかがだったでしょうか?


 ちょっと話数が少なく物足りないかもしれませんが、それはすみません、書籍作業に際しお話をコンパクトにせざるを得ず。

 もし2巻とか出せるようなら、ユフィ担当回を増やせたらと思っています。


 その2巻に関しては、1巻の売り上げ次第……ということで!


 書籍版1巻ですが、MF文庫Jさまより現在発売中です!

 ブラッシュアップされた内容はもちろん、各種イラストや、26話以降のお話も最速でご堪能いただけます。

 専門書店さまでは特典SSもついてきます。情報は下記にまとめられてますので、ご確認いただければ幸いです。


 次回の第26話以降もカクヨムは更新していきます。次回は4月29日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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