第23話 選べないよ

 俺はいま、究極の選択を迫られている。


「正直に答えて、レクス。誰が一番好みなの、わたしたちの中で?」


 しなやかな体躯をメイド服風ミニスカビキニに包んだ、艶美なノエルか、


「たまには男らしい決断を見せてくれません?」


 バランスのよい肢体をバニーガール衣装で隠した、色香漂うアイナか、


「選んでくれるためなら、なんでもしてあげる……♪」


 豊満な肉体を淫魔風衣装で最大限に彩った、蠱惑的なユフィか。


 ズイッと身を寄せてくる三人。

 目のやり場にこそ困るけど、三者三様に似合った衣装を纏った美女美少女だ。

 言い寄られて、男として悪い気なんてしない。当然だ。

 けど『選ぶ』となると話はガラッと変わる。

 だって俺は、俺たちは――。


「ちょ……ちょっとごめん!」


 三人の魅惑的な圧に耐えかね、俺は立ち上がると。


「お、お花を摘みに行ってくる!」


 逃げ出した。逃げ出すしかなかった。

 背後からは「逃げられちゃった」とか「意気地なし……」だなんて残念がる声が聞こえてきて、自分の情けなさに心が痛む。


 けどさ……。

 選べるわけないだろぉぉぉ!!


 店の奥、客席から死角になっているトイレの傍までやってきて、俺は頭を抱えた。

 あの三人は、俺にとって大切な仲間。友達。

 その中から誰かひとりを選ぼうなんて、できるわけない。

 そんなことしたら、パーティーの均衡は簡単に崩れてしまう。

 楽しい楽しい猶予期間{モラトリアム}だって、崩壊まっしぐらなのに……!



「なんで逃げたの、レクスくん」



「――おわぁっ!?」


 突然背後から声をかけられ、文字通り飛び跳ねて振り返る。

 いつの間にかユフィが立っていた。プンスコと頬を膨らませて。


「もう! お姉さん、恥ずかしいのガマンしてがんばったんだよ!? だいたいあんなの、お酒の席の軽いノリじゃない。サクッと選んじゃえばよかったのに」

「そうはいくかよ……」


 あの真に迫った態度が、酒の席の軽いノリ?

 女の子の思考回路、難解すぎるって……。


「それとも、選べないぐらい似合ってなかった? でも、そうだよね……いい年したお姉さんがさ、こんな際どい衣装着てたら、逆に引くよね……。あちこちムチムチのぷにぷにでみっともないもんね……あはは、なにやってんだろね、あたし……病む、死にたい」

「ちが、そういうんじゃない――」

「じゃあどういうこと!?」


 ずーんと沈んでいたかと思いきや、今度はグワッと身を乗り出してくるユフィ。

 相変わらず乱高下が激しいな。


「に、似合ってて……甲乙つけがたくて選べなかっただけ」

「……ふぇ?」

「ノエルも、アイナも、それにユフィも。みんなかわいくて、ドキドキしちゃって」


 言ってて、どんどん顔が赤くなっていくのがわかる。

 でも不思議なもので。一度口に出してしまえば、二の句はするすると溢れてくれた。


「俺なんかが選んで、順位みたいなのつけちゃダメだろって思ってさ。『一番』を選んだら、どうしたって『二番』とか『三番』ができちゃうじゃん」


 ユフィたちは、それぞれに違った能力と魅力を持った仲間。優劣なんてない。

 常に互いを尊重しあい、理解を深めあい、助け合いながら旅してきた友達なんだ。

 軽いノリだろうが不可抗力だろうが、なるべくなら順位づけなんてしたくない。

 俺の説明に、ユフィは幾ばくかポカーンとしてから、


「レクスくんさぁ……」


 呆れたように嘆息する。


「マジメに考えすぎだよ。そんなことで今さらこじれるわけないでしょ、あたしたちが。そんなに信用できないかなぁ」

「信用はしてるって。これは単に、俺のポリシーってだけ」


 すると、フッと笑みを溢すユフィ。


「……まっ、レクスくんのそういうところは、魅力だとも思うけどね」

「そんな大それたポリシーじゃないと思うんだが」


 割と普通かつ一般的な思考じゃないか、これ?


「そういうと思った。まあいいよ、そんなことより席戻ろう? せっかく来たんだから、楽しんでってよ」


 そうだ。いきなりあんな状態になって目的を見失ってたけど。

 今日はユフィたちが健全に働けているか視察のつもりだったんだ。


「ノエルとアイナは他に指名入っちゃって接客してるから、あたしがうんと話し相手になってあげる♪」

「ちょ、ちょい待ち」


 そう店内に戻ろうとするユフィの腕を、思わず握って留めてしまう。


「この店、本当に健全な店なのか?」


 ユフィはあからさまにギクッと肩を震わせた。


「う……ん。健全、だよ? たぶん、十中八九、きっと、おそらく……」

「どんどん確度下がってんじゃん」

「だ、だって――」


 勢いよく振り返るユフィ。

 面積の少ない布に無理やり収めていた胸が、溢れそうなほど激しく揺れる。

 思わず焦ったが、当のユフィはそんなの気にしていないぐらい真剣な表情だった。


「今日になって急に『フリーダム』の日って説明されて。定期的にコンセプト入れ替えてるって説明は受けてたけど、まさか今日が一番際どい日だと思わなかったし」


 モジモジとしているユフィ。その姿を改めて目に収める。

 黒い淫魔風の衣装は、ユフィのグラマラスな肉体のあちこちをキュッと締め付けていた。

 ふっくらと盛り上がっている衣類との境界線は、健康的な肉感を演出している。

 それは脚のガーターベルトから、腰回り、胸部に至るまで。女体をこれほどまで艶めかしく表現する衣装なんてないといわんばかりに。


 なにより淫紋の存在だ。

 店内より一段暗くなっているトイレ周辺だからこそ、蛍光塗料によって浮かび上がっている下腹部の紋章はまるで、こちらの情欲をかき立て誘っているかのよう。


「でもたぶん、このお店じゃこれが普通……なんだと思う。本当に今日がたまたまで、普段はいかがわしくない健全なお店……の、はず」


 最終的には自分の裁量で衣装を選んだんだとしてもだ。

 こんなどエロい衣装を候補にしておいて『今日がたまたま』を言い訳にするのは、さすがに無理がないか?

 そしてユフィ自身も、薄々それを感じている。

 だから自分の発言に確証を得られていないんだろう。


「で、でも大丈夫だよ! これでもあたし、お姉さんだから!」


 ユフィはそう胸を張る。

 みちみちみち……と音が聞こえてきそうなほど、胸部をパツパツにして。


「本当にヤバい接客されそうになったら、ちゃんとノーって言えるし店長にも報告できるから。そういう不届き者はとっとと出禁にしちゃえば早い――」


 と、去勢なのか本心なのか高々と宣言している最中に、事は起こった。

 ただでさえ大きな胸を、無理やり収めていた衣装の胸部。

 胸を張ったことで、さらに強く布が伸ばされ――、


 ブチブチブチ!


「「――え?」」


 ち、千切れたぁ……!?


「ひゃあぁっ!?」


 ボロンと溢れた胸を、ユフィは咄嗟に両腕で押さえる。

 ハートマークの穴がこさえられているせいで強度を心配していたが、案の定じゃんか!


「と、とりあえずどこか、着替えられる場所に! 更衣室は!?」

「ば、バーカウンターの向こう側……」


 くそ、ここからだと客席を横切る必要があるか。

 せめて応急処置ぐらいはしておかないと、痴態を去らすだけだし……うん?


 ふと視線を巡らせると、通路脇に薄暗い個室席を見つけた。

 ラッキーだ。ここなら①俺の着ているシャツをユフィに貸して胸を隠す→②更衣室へ向かい着替える→③戻ってきてシャツを俺に返す、までの時間稼ぎに使える!


「ユフィ、こっち!」

「え!? こ、この部屋は……」


 なにか言いかけるユフィだが、話はあとで訊こう。まずはユフィの状況改善が最優先。


 そう思いながら入った個室は、不思議な部屋だった。

 ソファーとベッドが一体になったかのような、ゆったりとした椅子が並んだ部屋。

 天井には煌びやかなシャンデリアが吊され、ろうそくの火が揺らめいている。

 店内に立ちこめる甘い香りも相まって、異様な雰囲気に包まれていた。

 外のフロアとは、明らかに様子が異なる。


「思い切って入っちゃったけど、なんの部屋だ、ここ?」


 独り言のようでもあり問いかけのようでもある、曖昧な俺の言葉に、


「――『特別なとき』に使う部屋って、店長さん言ってたよ」


 ユフィは落ち着いた声で答えてくれた。

 ……部屋の鍵をカチッと閉めながら。


「と、特別なときって、どういう?」


 ていうか、なんで施錠した?

 彼女の意味深な言葉の真意を確かめたくて、振り返る。


「さあ。なんだろうね」


 重く溢れそうな胸を押さえつけながら、扇情的な目でこちらを見つめるユフィ。


 その姿はまさに――淫魔そのものだった。







=====

 書籍版はMF文庫Jさまより、4月25日ごろ発売予定です!

 ブラッシュアップされた内容はもちろん、各種イラストもご堪能いただけますので、ぜひご購入をご検討いただければ幸いです。


 次回第24話の更新は、4月23日0時頃を予定しております。

 ぜひ作品を【フォロー】して更新をお待ちいただければ幸いです。


 おもしろいと思ってくださった方はぜひ【☆レビュー】も付けていただけると大変うれしいです!


 引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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