第17話 魔術の暴発

 この家を拠点にし始めてから一週間程度だけど、ベッドの寝心地はとにかく最高の一言に尽きる。

 あまりの気持ちよさについ寝過ぎてしまう。おかげで寝起きの頭はぽわぽわだ。

 大きなあくびをしながら階段を下りてリビングへ。

 すでにノエルとユフィは起きていて、ソファでくつろいでいた。


「あ、おはようレクスくん。お寝坊さんだね」


 フフッと笑うユフィの手には、小冊子のようにまとめられている魔導書が一冊。


「おはよ。なにしてたんだ?」

「んー、読書。魔導書の」

「ちょっとおもしろそうな本でね。ノエルとふたりで、どのぐらい効果あるのかなーとか話してたところ」


 ふーん、と思いながら、改めてその魔導書に目を向ける。

 完成品の魔導書の表紙には、本来その本で発動できる魔術名が記されている。

 だがユフィの持っているものにはない。明記前――つまり未完成品だろう。

 そして、この家に小冊子サイズの未完成な個人制作物があるとしたら、間違いなく制作者はアイナだ。


「いいのか、勝手に読んで。タイトル明記前なのに」

「まぁ、言いたいことはわかる。でも……出し抜かれちゃうから」

「出し抜かれる?」

「ああ、いやいや! こっちの話だよ、うん」


 ノエルへ聞き返したのに、なぜかユフィが慌てた。


「とにかく、あまりアイナを困らせるなよ?」

「ふーん。レクスはアイナのご機嫌が気になるんだ」

「そういうんじゃないけどさ。いやだろ、みんなの仲がギスギスするの」


 俺はノエル、アイナ、ユフィの三人と、仲良くダラダラ猶予期間モラトリアムを過ごしたい。

 些細なことで関係が悪化するのは、シンプルに嫌だからな。


「レクスくん優しいねぇ。でもそういうことサラッと言えちゃうのは、偉い偉い♪」

「謎にお姉さんぶってるし」

「んふふ、だってあたし、年上のお姉さんだもん」


 ユフィは、手元の魔導書をそっと撫でた。


「でもね、お姉さんだからって余裕があるわけじゃないの」

「……はい?」


 するとユフィは、ノエルと一度目を合せ。


「この魔導書がどういう魔術か……教えてあげるよ、わたしたちが」


 そして、ふたりで「せーの」と声を揃えた。



「「【術士に惚れさせる魔術】」」



 ……え? いま、なんて?

 そう疑問を抱いた次の瞬間には、魔導書が輝いて魔術が発動していた。


 術士に惚れさせる、だって?

 この場合の術士は、ノエルとユフィのふたり。

 発動対象は、俺。

 てことは……。

 俺がふたりに惚れる――【魅了】系の魔術!?


「バ、バカお前ら! それ昨日、アイナが危険だって……!」


 ていうかアイナもアイナだ。

 なんで隠れてコソコソそんな魔導書書いてたんだよ。


 マズい。もし俺がこのままふたりに強制的に魅了されて、パーティー全体の関係がこじれたら、いつまでも四人仲良くとはいかない。

 下手すりゃパーティー解散? 猶予期間モラトリアムの崩壊!?

 こんなしょうもない魔術――書き手のアイナには申し訳ないけども――が原因で関係が崩壊するなんて、俺はごめんだぞ!


 ああ、でも、ヤバい。

 体が妙に火照ってきた……気が……。



「……あれ? しない?」



 驚くほどなんの変化もない。

 この手の魔術は、かかったが最後、頭が霞がかったようにボンヤリして、自分の意思に反した言動を起こしがちなんだけどな。

 俺は今のところなんともない。


「はぁ……はぁ……んっ……」

「ふぅ……ふぅ……あっ……」


 代わりに、魔術を発動したノエルとユフィの様子がおかしい。

 わかりやすく呼吸を乱し、発熱でも起こしたかのように頬や耳を紅潮させている。


「どうした、ふたりとも。大丈夫か?」


 恐る恐る声をかけると、ふたりはゆっくりこちらへ振り返る。

 その目は、トロンととろけていた。

 普段はキリッとした目をしているはずのノエルも、クリッと丸い目をしていたはずのユフィも、熱にうなされているかのような瞳で俺を見つめていた。


「……大丈夫。でも……ん……なんかすごく、熱くって……」

「どうしよう、レクスくぅん……。さっきから、ムズムズが収まらないの……」


 ……ちょっと待て。

 なんかノエルもユフィも――めっちゃエロくね?

 その潤んだ上目遣いも、脚をモジモさせている様子も、全部ひっくるめてむちゃくちゃエロいんだけど。気のせい?

 俺がふたりに惚れてるからそう感じるだけ?


 と、困惑している俺に、ふたりの手が伸びてくる。

 そして触れるか触れないかというタイミングで、


「「もう……だめぇ……!」」


 ふたりは俺を押し倒し、覆い被さってきた。


「ちょ、ふたりともどうした、ほんとに!」

「ごめん、レクス。わたし……もう我慢できない……えへへ……」

「あたしも……んん……焦らされるの、いやぁ……ほしいよぉ」

「ほ、ほしいって、なにを……?」


「「レクス(くん)の……初めて♡」」


 …………はああぁぁ!?


「ちょ、ちょちょちょ……! どうしたお前ら、正気か!?」


 な、なんだ? なにかが変だぞ。

 それ本当に【術士に惚れさせる魔術】か? いま俺、ふたりに惚れてる状態なのか?

 むしろ、思いっきり逆なような。


 だいたい、俺の初めて?

 この状況でほしがる俺の初めてって、要するに――そういうことか!?


 貞操の危機を感じた俺は、すぐにでもその場を離れるべく、起き上がろうとした。

 が、普段巨大な戦斧を振るうユフィの力は、並大抵のものではなくて。

 ガシッとホールドされてしまった。


「だ~め……。レクスくんがたぁくさん気持ちよくなるまでぇ、離してあげなぁい」

「初めてがふたりとなんて、贅沢だね……ふふっ」


 あ、マズい。

 これは間違いなく今ここで――喰われる!

 俺の記念すべき初めてが、こんな形で……!?

 相手がノエルやユフィであることに不満はない。それぐらい魅力的ではあるけど!

 それとこれとは話しが別――、


「ほぉらぁ。レクスくんも脱ぎ脱ぎしましょうねぇ。ばんざぁい」

「ちょ、待って待って! 脱がさない――うむぅ!」


 ユフィの豊満な胸が俺の顔に押しつけられる。

 こいつ、バンザイの姿勢を利用して、胸で口封じを……!?


「あれぇ? ズボン脱げない。ベルトかなにか引っかかってるのかなぁ?」

「んんんんん!!」


 ストップストップ! ノエル、ズボン脱がすのだけはやめて!

 このままふたりの手でスッポンポンにされたら、さすがに意識させられちゃうからぁ!

 でも、だめだ。抵抗しきれない。

 ふたりの力の前では、俺になんて為す術は――、



「【体を痙攣させる魔術 《ゼェル・ホルダス》】!!」



「あんっ……!」

「くぅっ……!」


 ノエルとユフィが、ビクンと大きく震えた。

 卑猥な吐息を漏らしたかと思えば、くたぁと力なく伏せる。

 おかげでさっきまでの強い拘束力はなくなり、解放された。

 ただふたりとも全身……特に足腰をピクピク震わせているけど。

 大丈夫な状態なのか、これ?


「しまった。いまの状態じゃ逆にご褒美だったかも」


 その声の元を探るように振り返る。

 立っていたのは、アイナだった。

 先ほどまでシャワーでも浴びていたのか、髪は濡れたまま。

 慌てて着替えたらしく、その装いは彼女にしては珍しく乱れてもいて。

 けど、この状況を救ってくれたことは間違いなさそうだ。

 逆に言えば、この誤解を招きかねない状況を見られてもいるということ……!


「いや、違うんだアイナ! これは俺の意思じゃ――」

「わかってます。貴方にそんな度胸はない」


 …………。

 それはヒドくない?


「とにかく、私の部屋に避難します。話しはそこで。早く!」





=====

 さあ、なにやらえちちな展開になってまいりました。


 次回第18話の更新は、4月5日0時頃を予定しております。

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