第18話 【SIDE:アイナ】みんなの意外な性癖
危なかった、危なかった、危なかった……!
情けない声を上げていなかったら、この人は間違いなくいまごろ、ノエルとユフィに喰われていた。
間に合ってよかった。
こんな形で出し抜かれ既成事実でも作られていたら、悔やんでも悔やみきれなかった。
レクスの手を引き、猛ダッシュで自室へ連れ込む。
バタンとドアを閉め、鍵をかけると、そのままズルズルとへたり込む。
ひとまずの安堵感からか、足腰が弛緩してしまった。
「助かったよ、アイナ」
「別に……貴方を守りたかったわけじゃありませんから」
「だとしても、だよ。あー、びっくりした」
びっくりしただけなんだろうか。本当に?
なんて、変な思考が脳裏を過る。
私のバカ。そんなこと考えてる場合じゃないでしょ。
「とにかく、対応を考えます」
立ち上がると、私は部屋の奥の窓際、備え付けの机に向かった。
引き出しの中にある紙とペン、インクを準備する。
「対応? そもそも、あれ、魔導書の影響だよな? ノエルたちは【術士に惚れさせる魔術】って言ってたけど。どう考えても、その……【発情】系じゃね?」
はぁ? 【術士に惚れさせる魔術】ですって?
もう、あのふたりは本当に……。
「あの魔導書は、それを換骨奪胎させたまったくの別物。ノエルたちが誤読したに過ぎません。【惚れさせる魔術】でも、ましてや【術士自身が発情する魔術】でもないです」
だいたいあの本文を読んで、なんでそう解釈するかな。
……いや、そう解釈させてしまった時点で私の筆力不足ってことか。
「魔術効果がブレたのは、未完成にも拘わらず発動させたからでしょう」
リビングを去り際に回収していた、くだんの未完成魔導書を開く。
どこまで執筆が進んでてなにを書いていたのか、改めて確認する。
「ダメだ、この書き方だと半永続状態。目的を達成するまで発情しっぱなしです」
「目的って……――っ!」
「……すけべ。勝手に気づいて気まずくならないでください」
「し、しかたないだろ。俺だって一応、男なんだから、年頃の」
「二十歳が年頃? ずいぶん遅い思春期……――っ!?」
と、彼のほうを見たのが間違いだった。
彼はユフィに上着を脱がされたままの状態――上半身が裸だった。
「な、なんて格好してるんですか! しかも女子の部屋で……! 変態!!」
「不可抗力だ! 上着拾う暇なかったんだよ……ごめんって」
申し訳なさそうに腕で隠そうとするレクス。もちろん隠れてなんていないけど。
確かに、いままで気づかずにいた私にも否はあるし、不可抗力なのも間違いない。
「……いえ。私も、取り乱しました」
そう目を逸らしつつも。ついチラリと見てしまう彼の体。
絶対好きになるはずないと思っていた人だったから不本意ではあるけど、レクスを好いていることは認める。
自分でも、本当によくわからないぐじゃぐじゃした感情を抱えていると思う。
けど、これだけは間違いなく素直に言える。
――この人、好みど真ん中の身体してるのよねぇ……!
太すぎない程度に無骨な、上腕二頭筋。
意外にしっかりした首回りを演出する、僧帽筋。
主張はしてないけど鍛えられてるのがわかる、大胸筋。
うっすらとだけどちゃんと割れている、腹直筋。
この、鍛えすぎてない細さはキープしつつほどよく筋肉ついてます、っていう細マッチョ感、ビックリするぐらいどタイプだった。
思わずため息をつく。
よりにもよってこの人、なんでこんないい身体してるんだか、僧侶のくせに。
ズルい。
「……アイナ? どうした? 呼吸が荒いぞ」
「――! な、なんでもありません。まじまじと観察しないでください、変質者」
いやそれは私だ、鼻息荒く見つめていたくせに。
……というツッコミは胸の内にしまうとして。
「発情状態を鎮める魔導書を即席で書きます。貴方はそこで時間を稼いでください」
「時間稼ぎったって、鍵閉めておけば別に……」
「あのふたりの状態、甘く見ないほうがいいですよ」
そう念を押した、次の瞬間。
レクスの背後の扉が、ドドドン! とけたたましい音を鳴らした。
「ねえ、レクス……はぁ、はぁ……。そこにいるの?」
「開けてよぉ……気持ちいいこと、たくさんしよぉ?」
「レクスが……レクスのがほしくて、んっ……疼いてしかたないのぉ……」
「ふぅ……ふ、ん……。レクスくんので、満たしてほしいよぉ……んっ……」
ドンドンガリガリと、今にもドアを壊して進入してきそうな勢いだ。
こんなの、鍵をかけただけで守れるはずがない。
「ただのゾンビじゃんか、これ……!」
「ひとつの欲求に特化して動く時点で、似たようなものですからね」
「冷静に分析するのやめて!?」
なによ、別に間違っていないじゃない。
こういう分析が魔導書執筆の役に立つのに。
「とにかく。ドアの死守は任せました。集中するので静かにお願いします」
「んな無茶な!」
ドアの向こうからは相変わらず、ノエルたちのうわごととドアを叩く音が聞こえてくる。
「ううぅ……レクスのお耳ぃ……舐め舐めしたいぃ」
「首輪、つけるからぁ……んっ、たっぷり……躾けてほしいのぉ」
「んなニッチな性癖持ってるなんて知りたくなかったよ!」
……うん。確かにちょっと無茶だったかもしれない。
* * *
ノエルたちの発情状態を抑える魔導書は、比較的サクッと書き上がりそうだった。
ふたりの状態と目的が単純だから、術式構築が容易だったのが不幸中の幸いだ。
今回限りだし、一回使い切りのリーフレットサイズですませられたのも大きい。
「ああぁ……レクスぅ……レクスぅ……!」
「ここ開けてレクスくぅん……お願いだよぉ……!」
「くっ、さっきより力が……。アイナ、まだかかりそうなのか?」
「もうすぐです。踏ん張ってください、男でしょう」
とはいえ。さっきまでよりドアを叩く音は強くなってきている。
特にユフィの場合、あれでパーティー内でも一番の力持ち。本気の本気を出したら木の扉ぐらい余裕でぶち抜いてきちゃう。
早く書き終わらないと……。焦りつつも、正確に文章を綴っていく。
「よし。あとは手頃な革で綴じれば……」
と、革のストック入れにしていた引き出しを開け――絶句してしまう。
「革……ない」
「そういうベタはやめてくれ!」
レクスの悲鳴めいたツッコミがうるさい。
けど明確にこれは私の失態だ。なにも言い返せない。
「こ、ここにないだけです」
「じゃあどこに?」
「たぶん、脱衣所に置きっぱなしです」
シャワーを浴びに行くとき雑にまとめた執筆道具の中に、何枚か予備の革があったはず。
レクスを避難させることで頭がいっぱいで、すっかり忘れてた。
「え、じゃあ取りに行かないといけないの? こんな状態の外を?」
レクスが恐る恐る視線を這わせた、扉の向こう。
未だにガリガリと引っ掻いたり、ドンドンと叩く音が鳴り止まない。
けど、他に手立てはない。たとえリーフレットサイズだとしても、魔物の革で綴じなければ魔導書は完成しないんだから。
そしてこれは、私の不始末だ。
なら、ここで私の言うべき言葉は決まっていた。
「しかたない」
――なのに。
私よりも先に、彼は言ったんだ。
「俺に任せろ!」
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