第14話 楽しい魔導書作り体験会

「レクスくん相手に使ってみるのも、おもしろいかもね♪」

「俺を実験体にすな!」


 ユフィのあざとすぎる提案に、速攻でツッコミを入れる。

 するとユフィはニマァ……と笑った。


「本当はうれしいんじゃないの、レクスく~ん? こんな美人なお姉さんが魅了しようなんて、男冥利に尽きるでしょ~」


 自分で言うかな、自分を美人って……。

 背が低くて童顔だから、どちらかと言えば『かわいい』部類な気もするし。

 でも一般的に『魅力的な女性』なのは間違いないから、合っている……のか?

 って、そういうのはどうでもよくてだ。


「俺に使ったところでしょうがないだろ。よしんば使うとしてもだ。世の中にはもっといい男はいるじゃん」


 だからって、使っていいかどうかは別問題だけどな。

 すると、ノエルとユフィは一瞬キョトンとして、


「そういうとこだよ、レクスくん」

「まあ、レクスらしいけどね」


 呆れたようにため息をつかれてしまった。

 ……え、なに? そういうとこって、どういう――、


「却下です」


 俺の思考すらもを遮って、アイナが企画案を突っ返した。


「えぇ、なんで? モテモテになれておもしろそうなのにぃ」


 ユフィは年甲斐もなくブーたれる。

 後ろに並んで待つ参加者も困惑してんじゃん。

 みんな「勇者パーティーのメンバーってこんな人たちだったの?」って顔してんじゃん。

 つっかえてるよって指摘してきたの、ユフィなのに。


「人の心とか感情に作用する魔術は、加減を間違えれば術にかかった人の自由と尊厳を奪って、とても危険な状態に陥れかねない。公序良俗に反する。故に却下」


 アイナは真剣な声音で「それに」と続けた。


「【魅了】系は術式が複雑で、体験会の時間内じゃ書き切れない。必要魔力量も多いから、今日用意してる革じゃまかなえないし」


 魔導書は本文を――呪文や簡易魔法陣を書けば魔術が使える、というわけじゃない。

 魔力を有しておらず、個人で練る技術も持ち合わせていない人類は、魔術を使うために余所から魔力を供給する必要があるからだ。


 その要となっているのが、魔導書の装丁に使われる『革』だ。

 魔力を有している魔物の皮を鞣したもので装丁して初めて、魔導書は完成する。


 もっとも、革によって含有魔力量は異なる。そのため、使いたい魔術に適した革を選ぶ必要がある。使える革に限りがあるなら、その中で発動可能な魔導書を書くしかない。


 故にアイナの言い分は正しい。なにも間違っていないし納得できる理由――なのだが。


「じゃあ、アイナが書くの? これも」


 ノエルの何気ない一言に、アイナは慌てたようにハッとして、


「書っ……かないわよ。書くわけないでしょう、こんな品のない……」


「品なくないもーん!!」


 あ。ユフィが変なところでダメージ受けた。


「ううぅ……そんなに否定しなくてもいいじゃん……。あたしだって、品性が売ってればとっくに買ってるもん。でもどこにも売ってないんだもん。これでもがんばって生きて身につけてきたつもりだもん……」

「ちがっ、ユフィに品がないって意味じゃなくて。魔導書の案に品がないってだけ……」


 珍しくしどろもどろになるアイナ。それ、フォローになってないぞ?

 というかユフィも、こんなところで病んでえぐえぐ泣き出すなって。

 アイナは「ああ、もう」と仕切り直すように言う。


「とにかく三人は、最初から作り直し。もう少し他の参加者見習って」

「「「は~い」」」


 講師のアイナが主導権を握っているんだ。指摘は大人しく受け止めるしかないだろう。

 もう少し真面目に考えるか。

 ……でも、わりと真面目に考えたほうだけどなぁ、【一生働かなくてすむ魔術】。



 * * *



 アイナからアドバイスをもらう時間を経て、魔導書作り体験会は次のフェーズ――実際の本文執筆に移っていた。

 アイナや工房スタッフさんから、基礎的な術式文法だったり魔術の方向性を決める定型文や属性語を教えてもらい、あとは自由に執筆。

 適宜添削してもらって、アイデア通りの魔導書に仕上がるよう作っていく。


 俺も【一生働かなくてすむ魔術】はボツにして、別のアイデアを通してもらって書き始めたんだが……。


「うーん……」


 さっそくスランプに陥っていた。


「貴方も悩んだりするんですね」


 そう横から声をかけてきたのはアイナだ。

 他の参加者へのアドバイスを終えて、次に回ってきたのが俺のところだったようだ。


「悩みなんてなさそうに、日々脳天気に過ごしているのに」

「それと魔導書は話が別だよ。しっくりくる表現が思い浮かばなくてさ」

「……見せてください」


 アイナは俺の手元を覗き込むように、顔と体を近づける。

 図らずも、彼女が身に纏わせている甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 使っている洗髪剤シャンプーの匂いだろうか。


 ちらりと横目にアイナの顔を見やる。

 机を見下ろしているせいで垂れてくる髪を、指先で耳に引っかける。

 その所作と真剣に読み込む視線は、安直な言い方にはなるけど、色っぽい。

 普段あまり見かけない一面に、思わずドキッとしてしまった。


「――つまり、この属性語を活かすならここの形容詞を……って、聞いてますか?」

「え!? ああ、ごめん。もう一回頼める?」


 すっかりアイナの横顔に見とれてしまっていた。

 でもそんなこと言い訳に使えるわけもなく、素直にお願いする。

 アイナは大きく落胆の息を漏らした。


「人が丁寧に教えてあげているというのに心ここにあらずなんて、いい度胸してますね。その上でもう一回? 都合よすぎるとは思わないんですか?」

「いや、ほんと、もう……仰るとおりでございます」


 ジトッと見下すような目に、俺はひたすら平身低頭するほかなかった。

 着席している俺に対しアイナは立っている分、高低差からの圧もすごい。

 するとアイナは、なにか思いついたようにハッとなってから、


「ですが私も鬼じゃありません。貴方が一生のお願いとして頼むのなら、聞いてあげないこともありませんよ。ただし、今後私になにかをお願いする権利はなくなりますけど」

「そんな大事おおごとなのこれ?」


 俺のツッコミを無視して、アイナはこちらを見下したまま続けた。


「でも、別に構わないのでは? 貴方はどうせ、今後もヒモとして私に管理される身ですし。起床に就寝の時間、食生活、身の回りの世話まで、なにもかも……」

「そこまで大事おおごとにする?」


 いくらヒモになってるとはいえ、そこまでしてもらうのはさすがに人間辞めてない?

 でもさっきから、アイナの目はマジなんだよなぁ……。


「ふふっ、私なしでは生きられなくしてあげますが、さあどうし――」


 ほくそ笑みながらそこまで言いかけたアイナだったが、



「【背中に水滴を垂らす魔術 《メルヴク・ルエル》】」



「――はうん……!?」


 突然アイナは悲鳴を上げ、体を大きくビクつかせた。





=====

 次回第15話の更新は、3月27日0時頃を予定しております。

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