第13話 【一生働かなくてすむ魔術】
アイナは突然ハッキリ「引き受ける」と口にし、依頼書に受諾の署名を走らせた。
突然心変わりしたかのような態度に、困惑してしまう。
「そうか……いや、いいと思うよ。けど急だな。渋ってたのに」
「どう考えても、このふたりに任せられる仕事じゃないでしょう。そもそも募集定員はひとりですし」
ツンとしたまま、アイナは依頼書を受付嬢に返す。
「残念。なら、レクスはわたしと一緒に参加しよ?」
「むぅ……。ノエルが参加するならあたしも参加する!」
そんなノエルとユフィを一瞥してから、アイナは俺をまっすぐ見据えて言った。
「付け加えるなら、貴方がノエルやユフィに唆されて、変な魔導書を作ろうとしたり工房に迷惑をかけないよう、監視しておこうという気持ちもあります」
「俺ってそんなに信用ない?」
四年も一緒に旅した仲なのに……。寂しいだろ、それ。
* * *
そんなこんなで、魔導書作り体験会の当日。
王都に点在する魔導書工房の中でも随一の生産冊数を誇る『ロマニ書店』。
その店内の一角には、俺とノエル、ユフィ以外にも二十人ほどの参加者が集まっていた。
そして、体験会を運営する工房スタッフ何人かの中心に、アイナはいた。
「体験会特別講師のアイナ・ロザリーです。よろしくお願いします」
拍手と同時に、参加者の中からは「すごい特別講師だ」とか「応募してよかった~♪」などの声が聞こえた。
開催前に工房のスタッフと話して知ったんだけど、魔導書制作の界隈では、アイナの存在は偉大に思われているらしい。
魔王を討伐した勇者パーティーの一員だからというのはもちろんだが、アイナ自身がたまに趣味で書く魔導書が、密かに人気なんだとか。
確かにアイナが書く魔導書は、趣味というわりに実用性が高く、俺たちの旅でも何度となく助けになった。
それこそ一年ほど前、旅を終えたら魔導書作家の道を本格的に進むのもいいんじゃない? と雑談で話題に上ったこともある。
ただそのときの、アイナのなんとも形容しがたい暗い表情はいまでも覚えている。
『書けるからってできるわけじゃない。そんな簡単なことじゃないんです』
そういえば、あれは結局、どういう心境での発言だったんだろう。
あまり触れないほうがいいのかなって思って、以来話題にすらしてこなかったけど。
「――ですので今日は、作りたい魔導書のアイデアをそれぞれ考えてもらいます。そのまま制作が可能なアイデアは、適宜アドバイスしますので本文執筆に。厳しそうなアイデアは代案を出したり、制作可能なラインまで整えるお手伝いをします」
って、まずいまずい。
考え事している間に、講師紹介の挨拶が今日の体験会の案内に飛んでた。
せっかくアイナが講師として立っているんだ。その勇姿や働きはちゃんと見ておいてあげたいもんな。
アイナの話が終わると、さっそく体験会参加者は各々『作りたい魔導書』のアイデアを紙にまとめ始めた。
できた人からアイナの元へ持っていき、アドバイスをもらう流れだ。
俺もアイデアがまとまったので、アイナのところへ向かう。
「お願いします!」
「…………はぁ」
いやいやいや、さすがに無関心すぎません?
前に並んでた女の子には微笑みながら「いいアイデアだね」って優しかったじゃん。
アイナらしいと言えばアイナらしいけどさ。
で、肝心の俺の魔導書アイデアはというと。
「……【一生働かなくてすむ魔術】?」
「ああ。これさえあれば、辛い思いしてまで働かなくてもすむ――」
「却下」
秒殺かよ!
「アイデア自信あったのに!」
「発想がクズです。もう少し真面目に考えてください」
「辛辣すぎる……。代案すらなし?」
「そんな虫のいい話を期待しておいでで?」
アイナはジト目を向けてくる。
う……この目は結構マジなときの目だ。
「だいたい、書くだけ無駄でしょう」
「なにも、そこまで否定しなくても……」
「だってそうでしょう? 貴方のいま現在の状況は?」
「……アイナたちのヒモ?」
「そうです。働かなくていいのですから、わざわざ書く必要もないでしょう」
とりつく島もなくノーを突きつけられてしまった。
こうなったら、引き下がるしかなさそう――、
「じゃあ、書こうか。わたしが、代わりに」
俺の背中からそう身を乗り出してきたのはノエルだ。
「【レクスが働かなくてすむ魔術】でしょ? 書くよ、わたし。レクスがこれからもずーっと、ヒモでいてもらうために」
ニコニコしながらノエルが提案する一方。
目の前のアイナからは、殺気を孕んだような視線を感じてしまう。
「なにバカな提案してるの。ダメ。書き方だって教えないから」
「んー、いいよ。自分で勉強するから、書き方」
「……っ」
驚いた様子のアイナに、ノエルは、勝ち誇ったようにむふーと笑った。
「任せるのもなんだし、俺も一緒に書くか。勉強して」
「いいね、共著ってやつ? それでもいい――」
「――ダメです」
アイナはいっそう強い口調で、俺たちを止める。
思わず固まってしまった。
「私のほうが上手く、効果的に書けます。どうしても必要になったときは……わ、私が書きますから」
そっぽを向きながらアイナは言う。
ああ、そうか。『わざわざ貴方が書かなくてもいい』ってそういう意味も含むのか。
「アイナが書いてくれるなら心強いな。なら、やっぱアイナにお願いしようかな」
「えー?」
案の定ノエルはブーたれるが、俺は窘めるように言った。
「だって、俺たちで書くよりいい魔導書に仕上がるだろうし。なぁ?」
「……わかりました。気が向いたら書きますよ。気が向いたら」
アイナは顔を逸らしたまま、謎に念を押した。
「ねえ、後ろつっかえてるよ? レクスくん、まだ終わらないの?」
ユフィの声がけに慌てて振り返る。
俺たちの背後にはすでに列ができていた。確かに、俺たちだけで時間を食いすぎたな。
俺が横に逸れると、順番待ちをしていたユフィがアイデアメモをアイナに渡す。
「次は、あたしとノエルで考えたアイデアね。こういうのって作れたりするかな?」
ユフィがウキウキしながら持ってきたアイデアはというと、
「【術士に惚れる……】。……っ!?」
アイナの読み上げが途中で止まる。
ていうか……なんだって? いま、なんて言いかけた?
掘れ? 彫れ? いや、惚れ?
「待て待て。それって【
「だよ。いいアイデアでしょ?」
シレッと答えるノエル。
「作ってどうすんだ、そんなの」
「う~ん、そうだなぁ……」
ユフィは、顎に人差し指を添えながら思案する。
見た目は童顔少女。
けど妙に年上らしい妖艶なあざとさを醸し出して、ユフィは不適に笑った。
「レクスくん相手に使ってみるのも、おもしろいかもね♪」
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次回第14話の更新は、3月24日0時頃を予定しております。
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