第8話 探偵多くして……
この学園の女子生徒は全員、一筋縄でいかないことは百も承知。特に志賀さんのような頭脳明晰な人が、理由もなしに他人を称えるとは考えにくい。多分、彼女はチームとして志気を高めるために言ったんじゃないかな? 本心ではない部分もいくらか混じっていると思う。そうじゃないことを願うけれども、世の中そこまで甘くないでしょ。
「本番の試験の開始は午前十時、それまでに視聴覚教室に集合とする。今から約一時間あるが、この時間をどう使おうが自由。ただし、他の班の妨害となる行為は厳禁だから、そこをはき違えないように。まあ初めてであるし、サジェスチョンしておくと、『船頭多くして船山に上る』状態にならないように、話し合っておけってこと。以上だ。質問はこれ以降、試験終了まで受け付けない」
猪口先生はこう言い置いて教室を出て行った。
質問を打ち切られたのには多少ざわついたけれども、ここは示唆された通りにしよう。話し合うため、班単位になるよう席を移動し、それぞれ座る。
「猪口先生が仰ったのは、事件に取り組む方針を決めろということだと思うけど」
僕達の班では、志賀さんが前置きなしにそう切り出した。
「大まかに分けて、二通りしかない。完全な合議制にするか、リーダーを置いて指示を出すか。合議制を採ってまとまらなかった場合は、多数決」
「理想は合議制が機能することだと思います」
音無さんが意見を述べ始める。何だかにこにこしていて、楽しそうだ。
「不安を挙げるとしたら、リーダー制よりも合議制の方が恐らく時間を要するであろう点、でしょうか」
「リーダー制にも、不安な点はあるわ」
対抗心ではないだろうが、志賀さんもすかさず意見を出す。
「リーダーが決めた捜査方針がもし間違っていたら、そうと気付くまでの時間が無駄になる。どちらが時間を要するかは軽々に判断できない」
「間違わないリーダーを選べばいいんです。志賀さん、どうですか?」
いきなり、重要な提案をする音無さん。水を向けられた委員長は、彼女にしては珍しく戸惑いを垣間見せた。
「えっと。音無さん。その『どうですか?』は、間違わないリーダーを選ぶというあなたの意見に対して、私に意見を求めているのか、それとも……」
「ええ、志賀さんがリーダーをやるのはどうでしょうかという意味です」
「そういう……」
戸惑いをまだ残す志賀さんに対し、音無さんは畳み掛けた。
「先ほど、仰ったではありませんか。六本木さんと中江さんと私、この女子三人は全員、志賀さんの意中の女子に入っていたと。つまり、この班は志賀さんにとってベストメンバーかそれに近いはず。でしたら、志賀さんがリーダーシップを執るのが一番理にかなっています」
志賀さんはしばし黙って考える様子を見せ、代わって六本木さんが「なるほど。理屈は通っている」と感心してみせた。
「私は、リーダーを決めるなら決めるで、時間いっぱい話し合いを重ねて結論を出すべきと思ってたけど、今の音無さんの話を聞いて、考えが変わった。賛成。リーダー、志賀さんでいいや。ううん、志賀さんがいい」
「賛同、ありがとうございます」
音無さんは相変わらず笑顔でそういうと、今度は僕に顔を向けてきた。
「深海君はいかが? 反対でももちろん構いません。たとえば『自分が記録係をやりつつ、リーダーもやって仕切るんだ!』という意向でしたら、検討しますよ」
「いや。今回、自分は記録を最優先にするよ。それが先生の意向でもあるようだから、逆張りはしないでおく。リーダーは委員長――志賀さんでもいいし、そうでなくてもいい」
「主体性ってもんがないのかな、深海クン」
六本木さんにからかい口調で指摘され、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「あるに決まってるだろ。リーダー決めを含めて、できる限り主観を入れないようにしようと思う。それが僕の今回の主体性」
「どういうこと?」
「記録係を仰せつかったからさ。一人称で書くとしても、あんまり主観を入れるのは、読み手に誤った情報を与えてしまう結果につながりかねない。試験が始まってからでいいじゃないかという見方もあるかもしれないけど、今、みんなで話し合っている様も記録に残すつもりだから」
うまく言い繕えたかな。半分くらいは口から出任せだ。本音を言うと、音無さんがリーダーを務めるところを見たいし、記録したい。でもまあ、その音無さん当人が、志賀さん推しなら、それでもかまわないかな。記録そのものは主観がどうしても入るもんだと思っている。
「ということは、賛成二票、棄権一票とカウントしていいですね? それでは次は中江さんの考えを聞きたい」
「うん」
音無さんが視線を合わせると、中江さんは一つ頷き、委員長の顔をちらと見てから、再び口を開いた。
「はっきり言って、リーダーを決めても、もしくは誰がリーダーになろうと、思ったほどは上下関係が保たれないと思うの。班としての解答を決める段になれば、絶対に各自が意見を出したくなると予想しているわ。だって、私達みんな個性的というか我が強い、でしょ?」
「そりゃまあ、みんな名探偵になりたくてきてるんだから、当然と言っちゃ当然」
六本木さんが声に出して認め、僕も含めた他のメンバーも何となく頷く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます