第9話 順位付けは推理比べで
「そこで提案。リーダー制で構わないし、志賀さんにお願いしたい。委員長を務めて来て、慣れているでしょうから。ただ、最後の結論を出す場面で意見が割れたら、そのときだけは多数決にするか、あるいは、今の内に順位付けをして、上位の人の意見が通ることにするかがいいと思うわ」
「多数決は分かりましたが、今の内に順位付けというのは……?」
「今思い付いたばかりだから、ふわっとした説明になるけれど許してね。試験開始まであと四十分ぐらいあるでしょ。その間に、五人の推理力比べをしてみて、順番を決めるのよ」
「推理力比べとは、具体的にどうするのでしょうか……って、いつまでも私が司会進行していては変ですね。先に、志賀さんに意向を聞かなくちゃ」
音無さんは頭を掻く仕種を少しだけして、志賀さんへ向き直った。
「どうですか。今までのみんなの話を聞いて。リーダー役を受けてもらえるのでしたら、このあとの進行もお任せします」
「ふふ。リーダーにはなります。ベストメンバーだもの」
発言せずにいる間にあれこれ検討したのだろうか、志賀さんはリーダーを引き受けると宣言した。笑みには普段の余裕が見て取れる。
「でも、司会進行は引き続き音無さんにお願いするわ。今さら交代する意味が乏しい。それから深海君」
「はい、僕?」
急に呼ばれて思わずビクッとしちゃったよ。
「記録はしっかり取って。録音しても構わないから」
「そこまで? 分かった。試験が始まるまでに、ICレコーダーを借りてくる」
学校の探偵授業で使う機器は、ほとんどが学園側に用意されていて貸し出してもらえる。ICレコーダーもその一つだ。今は頑張ってメモを取るとしよう。
「さて……中江さんの提案だけれど、私がリーダーを引き受けると言ったからには、多数決か順位付けのどちらかを採用することになるわね。続きを聞かせて。具体的に、この短時間で何を推理するのかしら?」
やや挑戦的な物腰になる志賀さん。面白い問題を用意しないと承知しない、みたいな空気を感じるのは僕だけじゃあるまい。
対する中江さんは、眉根を寄せて困った表情を作る。
「そうですね。先ほども言ったように、思い付きなので……でもここは原点に帰るのがいいかな。ホームズのひそみに倣って、初対面の人物の属性を当てるというのはいかが?」
コナン・ドイルによる推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズの主人公にして名探偵の代名詞にもなるホームズ。彼が後の相棒となるワトソン医師と初めて出会ったときのエピソードを言っているのだろう。
にしてもそんな都合のいい人がいるのかな。急に言われても思い付くものじゃない。
「いいわね。それで、私達にとっての“ワトソン”は誰?」
「一人しかいませんよ。言わずもがな、今日お会いしたばかりの猪口先生」
あ、そうか。
猪口先生なら今日の模擬殺人事件試験のみ担当しているし、学園に来るのも今の時季が初めてのはず。留年した人がいる訳ないし、一年生にとっては平等に初対面と言えそうだ。
「いい着眼点だと思うわ。あの先生の何を当てればいいことにする?」
「うーん、無制限に気付いたことを挙げていってもいいんでしょうけど、とりあえず答えねばならない項目を決めましょう。そう、七つぐらい。年齢、既婚者か否か、お子さんは何人か、どこの出身か、現住所はどこか、元刑事なら車の運転はするでしょうから愛車の車種、あと務めている探偵社の規模。これらを答えて、言い当てた数が多いほど推理能力が上と見なす。委員長、ううんリーダー、どうかな?」
「悪くないわね。採点――正解はどうやって調べるの? 質問は試験が終わるまで受け付けないと言われていたわよ」
「これくらいなら、他の先生方に聞けば分かるんじゃないですか。このあとの試験に向けて必要なんですとでも言えば、教えてくださるかと」
「なるほどね。行うとしたら、早くしなくては。答合わせの時間がなくなってしまう」
「何なら僕は辞退するから、答を聞いてこようか。ICレコーダーを借りてくるついでがあるし」
言いながら、椅子の背もたれに片手を掛け、動き出そうとした。が、志賀さんからストップの声が掛かる。
「行かなくていいと思うわ、深海君」
「え? でも」
「まあ、座りなさい。――中江さん。あなたは自身の推理力や探偵としての能力に、絶対の自信がある?」
「ええ。なければこの学園を選んでいないし、今のような提案もしない」
「そう。だったらいいわ。手間の掛かる推理力比べは省いて、あなたが一位ということで。一番さえ決まっていればいいのよね? 議論が紛糾したとき最終的にその人の意見を採用するのだから」
「え、ええ。そうね。でもどうして。推理力比べをやらないの。志嶋さんも自信がありそうなのに」
「興味深い試みだから、別の機会にでもやってみたいわね。でも、今は無理。中江さん、多分全問正解しちゃうから」
は? 志嶋さんの発言には驚かされた。驚きが強過ぎて、声にならなかったくらいだ。
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