49話 勇気を出せ

神田唯人が目を覚ますとそこは自室だった。


小さな小窓から際込めるささやかな月光が神田唯人を淡く照らす。


「ん、んんぅ?」

悲鳴をあげる上半身を無理やりにでも上げる。


「はぁ、はぁ、まだ痛いな」

辺りを見渡して自分は特訓の末自室に放り投げられたということを理解する。


「怪我、まだ残ってるな」

ジンジンと痛む体に眉を顰める。


治療はされているおかげか動けないほどじゃないが、まだ治療は完璧じゃないせいか痛みだけは嫌に残っている。


「林田先生ってすごかったんだな」

思わずアルファインとの戦いから救ってくれた凄腕医師林田の技術に思いをはせてしまう。


そしてそのすぐ後に自分が榊原理央に負けた時の光景がフラッシュバックする。


何もできずただ殴られ続ける自分の姿。


「………圧倒的だった、勝てる戦いじゃなかった、そうだよ所詮俺は下人、勝てるわけがなかったんだ」

ぎりっと歯を食いしばり、血がにじみ出るほど強く拳を握る。


「………けど」

何か言葉を発しようとした時、近くに置いてあったスマホが揺れ始めた。


見るとその画面には秋季様と書かれていた。


「そうだ、毎日電話するって言ってたんだった」

自分が言っていたことを思いだしながらぎこちない操作で秋季からの電話に出る。


「えと、秋季様ですよね」

『わしだっ!唯人っお前毎日電話するとか言って昨日電話するの忘れておったろう!』

「あぁ記紀、ごめん忘れてた」

まだ離れて一日しか経っていないのに懐かしく感じる記紀の声に頬を緩ます。


『全く』

ふん、と鼻を鳴らす記紀。

『あー聞こえてる?神田』

「秋季様、はい聞こえています」

『そっちはどう?もう慣れた?』

「慣れるわけないじゃないですか」

『でしょうね、聞いてみただけよ』

「えー」

いつも通りのテンションを維持してくれる秋季と話していると心が軽くなる。


「秋季様は記紀との生活はどうですか?」

『それがさぁっ!こいつ飯飯ってうるさいのよっ!もうご飯食べて一時間後にはご飯はまだかとか言ってくるしっ!』

「あー、それは」

身に覚えのある愚痴に心の中で同調する。


『唯人っ!こいつ全然ご飯くれないんだ!』

『はぁぁぁぁぁ!?三食全部あげてるでしょっ!』

『足らん、もっとくれ!』

『舐めんなクソガキぃ!』

『はぁぁ!?わしはS級だぞ!』

『だからなんだってのよっ!』

電話越しに聞こえてくるどったんばったんとごちゃごちゃとした物音に思わずスマホから耳を離す。


しばらくそのごちゃごちゃとした物音が落ち着き始めたところで秋季が問いかけてきた。


『それで?そっちの任務ってやつはどう?』

「………上手くはいかなかったですね、やっぱり俺が活躍するのは難しいみたいです、直弘様のご期待に添えるほどの実力は俺にはなかったんです」

目を細めて少しだけ俯く。声色は少しだけ暗く、落ち込んでいるのは明らかだった


そんな神田を見かねて秋季は大きくため息を吐いた。

『はぁぁぁ、あんたねぇ下人がそうそう華々しい活躍ができるわけないじゃない』

それは当たり前のことであるが、神田にとっては気づきにくいことだった。


アルファインを討伐したという大きな経験はしかし、自分の実力を誤認してしまうものだった。


それを秋季蘭は理解していた。


『あんたはアルファインに勝った、けどそれはあんただけの力じゃない、だから活躍できないなんてことは言っちゃえば当たり前のことなの』

「………けど、じゃあどうすれば」

『その巣窟攻略には他の魔術師もいるんでしょ?』

「はい、います」

『じゃあそいつらと仲良くなりなさい、今のあんたの実力じゃまともに活躍することは難しいわ、立ち回りとしては補助魔術師としての動きを真似る方がいいと思う』

「下人の俺と仲良くしてくれますかね?」

『難しいでしょうね、だから行動で見せなさい、試しにその場にいる補助魔術師の動きでも参考にしてみるといいわね、まぁそれも難しいでしょうけど、あんたならできるわよ』

「………はい、頑張ってみます」

『えぇ頑張りなさい、そしてちゃんと強くなって帰ってくること!これが絶対条件なんだからっ』

「はい、きっと見違えるほど強くなってますよ」

ふっと軽く笑った秋季は「じゃあ今日はこの辺にしときましょうか」と通話を切った。最後の最後で記紀が「ご飯っ」と叫んでいたのを聞いてしまった神田は秋季様も苦労しそうだな、と慮った。


ぱちんっと自分の頬を強く叩く。


「俺も、頑張ないとな」

暗い暗い空に浮かぶ薄暗い月を見て決意を固めてから眠りについた。



次の日

神田唯人は他の人よりも早く集合場所に訪れていた。


まだ六時台だからか、太陽もまだ半分ほどしかその体を出しておらず、街は夜の雰囲気を漂わせている。


数分おきに通り過ぎる車を前にただひたすら他の魔術師達が来るのを待ち続ける。


すると、一人の影が現れた。


「………げっ」

その影は魔術師専用の着物に着替えているところを見るに魔術師で間違いないようだが、そんな彼女は神田唯人を見るなり眉を顰めた。


「あ、おはようございます、昨日もいましたけど改めてっ、私下人の神田っ」

「神田唯人、でしょ?知ってる」

「はい!そうです、よろしくお願いいたします!」

ばっと腰を九十度に曲げる。

「ん、よろしく」

淡泊な挨拶だけを済ませた後、髪をポニーテールにまとめた彼女は近くにあったベンチに腰掛ける。


着物をたくし上げ足を交差させて座る彼女はどこか粗暴に見えた。


「あ、あの」

「………何?」

震える声で神田が話しかける。


「お名前を教えていただけないでしょうか」

「南、千賀南」

「南様ですね、すごくいい名前ですね」

「ありがと」

絶対に目を合わせようとしない南という女は冷えた瞳を閑散とした道路に向けた。


「………え、えと」

神田は次にどんな話題を持ち込もうか、と頭を悩ませる。


「その早いですね、まだ六時台なのに」

「それより早く来てる君には言われたくないけどまぁ私は補助魔術師だからね、魔術師よりは早く来ないといけないの」

「補助魔術師っ!あの自分補助魔術師の動きを真似たいと思ってて、その大変恐縮なんですがご教授いただけないでしょうか」

「………えー」

南は明らかに嫌そうに顔を歪める。


「いいじゃないですか、教えてあげれば、下人でも一応は一緒に戦う人なんですから」

するとそこに聞きやすい、風鈴が揺れるような透き通った声が聞こえてくる。


見ると同じように着物を着ている男性が二人を見下ろしていた。


およそ200㎝はあるその巨躯を前にして神田は思わず息をのむ。


「雄大、いやーでもなぁー」

南は後頭部をかいて気まずそうに神田を見る。


口には出さないがきっとその後に続いていたはずの言葉は「下人だからなぁ」だ、それを理解できてしまうからこそ神田は眉を顰めてしまう。


「では私が教えてあげましょう、はいこれ」

ばしゃっとコンビニで買ってきたらしいアイスコーヒーをかけられる。


今は春だからこそ、そこまで気温は低くないが今は早朝、流石にアイスコーヒーをかけられるのは堪えてしまう。


腕を抱えて身震いをしている。


「図に乗んなよ?ちょっと早く来たからってよ」

雄大と呼ぶらしい男は犬歯をむき出しにして圧をかけるように神田の顔を覗き込む。


「誰がお前みたいな腰巾着野郎に指南なんかするかよ」

雄大は神田に向かってぺっとつばを吐く。べちゃっと頬についたそのつばを神田は感情が死んだ瞳のまま軽く拭う。

「やりすぎだ雄大、千尋様にばれるぞ」

見かねた南が神田の服に付着したコーヒーを魔術で取り除いていく。

「私としたことがついカッとなってしまいました、申し訳ない下人神田唯人、できればこのようなことは避けたいからな、今すぐにでも死んでくれ」

一瞬張り付けたような笑顔を見せたかと思えばすっとその笑顔はすぐに消え去り、冷えた瞳を神田に向け始めた。


「あの、私の何がそんなに気に食わないんですか?」

食い下がるように神田が問う。

「弱いくせに最前線に立とうとするその無能さ、下人という身分、だというのに千尋様にやけに気に入られている、挙げだしたらキリがない、どうだ?わかったか愚図」

「………はい、身に染みてわかりました」

ぎりっと歯を喰いしばった神田は拳を強く握る。


「たくっいっちょ前に悔しがるな、下人風情が」

ふんっと鼻を鳴らしてから雄大と呼ばれた男も南と同様のベンチに座った。


「ちなみに私は何も関わってないから、告げ口するとき私の名前出さないでね」

「ひ、卑怯ですね南」

「雄大がやりすぎただけでしょ」

南からの言葉に神田は意外そうに口を開けた。


「言いませんよ、今雄大様から言われたことはすべて事実ですから、でもそれをすると思われているんですね」

「………まぁ、そうだね」

「ではその印象すべてを消し去るほど頑張って見せます!」

「けっ、口だけではなんとも言えます」

神田の宣言は口だけだ、と受け取られたのか二人の反応は芳しくなかった。


「行動で見せます」

「………いちいち腹の立つ野郎だ」

雄大は顰めていた眉をさらに鋭利に顰めさせた。


しばらく神田と雄大のにらみ合いが続くと続々と他の魔術師達もやって来た。


そして最後に冬賀千尋が訪れるとすぐさま神田の方に駆け寄ってくる。

「昨日の理央との特訓での怪我の具合はどうですか?私は見ていなかったのでわかりませんが相当な怪我だったと聞いていましたけど」

「少し痛みますが戦闘には支障がないほどに回復しています、大丈夫です」

「それはよかった」

にこっと微笑んだ後冬賀千尋は神田から離れ、点呼を取り始めた。


その最中雄大からものすごい形相で睨まれていたということは言うまでもないだろう。

「では点呼も取ったところで今日も巣窟の魔物を倒していきましょうか」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る