50話 誰が何という言おうと前を向く
「基本的には昨日と同じように少しづつ魔物数を減らしていきます、皆さん協力お願いしますね」
「「はい」」
千尋が何重にも張られた結界にできた穴を通り抜けながら今日の作戦について話していく。
「今日の目標はB級100体の討伐、またはA級一体の討伐です」
千尋がそう言うと周りの魔術師が生唾を呑み込む。
「A級、勝てるかな?」
少し臆病な補助魔術師が弱気なことを口走ると千尋が立ち止まり、その言葉を発した魔術師の方を向く。
「えっと、どうされました?千尋様」
千尋はその美しい美貌から放たれる冷たい眼光を真っすぐとその補助魔術師に向けている。急に向いてきたからか、補助魔術師はつい頬を染めてしまっている。
「安心してください、私がいます」
その言葉はあまりに頼もしく、後ろ向きになった心を立て直すことができた。
「五大魔術家の一人冬賀直弘の実の娘である私がいる限り、負けはありませんよ」
「………はい、すいません少し弱気になっていました」
「いえ、分かれば大丈夫です」
千尋は今一度背を向けて歩き出す。
その最中不意に視界に入った神田唯人の顔はあまりに鬼気迫っているように見えた。
(神田さん、大丈夫でしょうか)
顔を曇らせるが今自分が声をかけたところで神田唯人の不安を取り除かせる言葉をかけられる気がしなかった。
仕方なくすっと目を逸らした冬賀千尋は着々と歩を進めていった。
「さぁ、始まります」
しばらく歩いた後ようやく最後の結界をまたいだ。
先に広がるのは昨日より多くなった魔物の数、どうやら昨日多くの魔物がやられたことにより同じ場所を警戒し始めているらしい。B級以上の魔物の知性は高いことから来るものだろう。
待ってましたと言わんばかりに、多くの魔物が口を大きく開けて千尋達に襲い掛かって来た。
「やっぱり明らかに数が多くなっている」
眉を顰めながら声を漏らした千尋は襲い掛かって来た魔物達に向けて巨大な氷の槍で攻撃する。
数体のB級を倒すことに成功することができたが、そのほとんどは前の魔物の体を肉壁として前進してくる。
「補佐します!!」
後ろにいた魔術師が巨大な結界を周りに貼る。
一匹の魔物がその結界を壊さんと炎を吐くと、結界にヒビが入る。
「補助入ります!」
補助魔術師の一人雄大が相手に目くらましの魔術を使い、数秒の時間稼ぎをすることに成功した。
魔物が視界を取られうろたえているうちに、一人の魔術師が結界から飛び出し、B級一体の首に魔術で作った刃を突き立てようとする。
その刃は確かに首を傷つけたが、まだ浅く魔物自体は意気揚々と悪趣味な笑みを浮かべている。
「くっそ、まだだめか」
一人浮いてしまったその魔術師を狩らんと目くらましが解けた魔物が一斉に襲い掛かってくる。
「させません」
それをとがめるのは、次期最強冬賀千尋の鋭利な氷の矢。
浮いた魔術師に襲い掛かった魔物を一体も余すことなくすべて撃ち抜いて見せた。
「助かりました!今戻ります!」
魔術師は反転し結界の中に戻ってくる。その戻る瞬間に補助魔術師が貼っている結界に人一人が入って来れる分の穴を開ける。
(そうか、そこで結界を張って守るのか)
その中で一人、魔物ではなく人を見る人間がいた。
神田唯人である。
補助魔術師の動き方やどのタイミングで魔術を放っているかなどを血眼になって探っている。
(まだタイミングとかは分からないけれど、とにかく魔術師の方々が動きやすそうに結界を張っていけばいいのだろうか)
眉を顰めながらいつ、どの瞬間に結界を張るかを考え続けている。
すると一体の魔物が千尋からの猛攻をなんとか潜り抜けて結界に穴を開けてきた。
「結界!張りなおします!」
魔術師がそう言うが、近くにいる魔術師にその毒牙は既に襲い掛かっている。今更張りなおしても遅い。
「………ここか」
神田は小さく呟くと、魔物のその爪を弾くように結界を球状に作り出し弾いて見せた。神田は日ごろの訓練により結界を作り出すスピードが並の魔術師よりも早かったのだ。
「ぎゃう!?」
魔物は目を見開き一度後退していく。
「今の、お前か?下人」
神田に助けられた無精髭を生やした魔術師がちらっと神田唯人の方に向く。
あまりにも威圧感がある風貌をしている彼だが、弱い20歳である。
「は、はい」
「そうか、助かった礼を言おう」
「っ、はい」
その言葉が少し嬉しかったのか、つい頬を緩めてしまう。
「たまたまだろうが」
少し調子に乗りそうだった神田に向けてぼそっと雄大が悪態をつく、それをとがめるように千賀南が後頭部をひっぱたいた。
「今のは下人君が良い動きをしたんだからちゃんと褒めなさいよ」
「そうは言いますが、簡単に褒めようとは思えないんですよ」
未だ納得がいかないらしい雄大は顔を顰めている。
だがそんな悪態は神田にはどうやら聞こえていないようで、小さくガッツポーズをした。
「そんな会話してる余裕ないですって!ほら前からたくさん来てます!」
監視役の補助魔術師が指さした先から目を覆いたくなるほどの魔物の波が無情にもなだれ込んできている。
その言葉と共に皆一様に気を引き締め、拳を握る。
「前線の魔物は私が一掃します!皆さんはそれを乗り越えてくる魔物の処理をお願いします!!!」
千尋が言うと、有言実行するように氷の巨大な槍を作り出し一番前に出て来ていた多くの魔物を撃ち抜いて見せる。
「はっ、はっ、はっ」
だが魔力の消費が大きい魔術を使いすぎたためか、世界でも指折りの魔力を保有する冬賀千尋をもってしても、その顔には疲労が目立っているように見えた。
そんな彼女にとどめを刺さんとばかりに多くの魔物が氷の槍を乗り越えてくる。
「くっそ、多すぎんだろ」
魔術師の一人が愚痴を吐くと同時に魔術を放つ、威力は千尋に比べれば劣るものだがダメージは与えたのか、一匹は数瞬うろたえている。
それでも、それ以外の魔物がまだまだ残っている。
雪崩のように流れ込んできた影響で何重にも重ねて張っていた結界を一瞬で破られることになる。
「くっ!………はぁっ!」
眉を顰めながらも、千尋は腕を振るい襲い掛かって来た多くの魔物を瞬殺する。
氷漬けにされた魔物達は、自分が殺されたことも理解できずに体が砕け散り、無惨にも地面に散らばってしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
だが疲労はさらに強まり、肩を上下させている。
「右方から別の魔物の群れが襲ってきています!!」
間髪入れずに魔物は魔術師達に向かって襲い掛かってくる。
神田が不意に千尋を見ると、千尋は前から来る魔物の処理に手一杯という感じだった。
「結界張ります!」
声を張り上げたのは神田唯人、他の魔術師よりも早く結界の構築に成功する。
決して硬いとは言えない結界。
おそらくB級の攻撃一つ喰らうだけで砕け散る程度のものだろう。
だが、その結界にはゴムのように柔らかいという性質を併せ持っていた。
それによりB級ドリーの火球をひび一ついれることなく、受け流すことができていた。
結局のところ攻撃が魔術師に当たらなければよいのだから、わざわざ受け止める必要は微塵もなかったのだ。
「なんだあの結界、ゴムみたいな」
それを見ていた一人の魔術師が関心するように、ほう、と息を漏らした。
右側からなだれ込みそうになっていた魔物は神田唯人の特殊な結界を盾に、なんとかいなし続けることに成功する。
「はぁ、はぁ、はぁっ、皆さんここは一度退避します!」
千尋の掛け声に魔術師は大きく返事をし、バックステップでこの巣窟を囲んでいる結界の外側に向けてバックステップで回避していった。
千尋が殿として残り、魔物を倒しながら耐えることで他の魔術師は安全に退避することになんとか成功していた。
「はぁっ、はぁっはぁっ、はぁっ」
ようやく安全となった結界の外で、千尋は大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか、千尋様」
息継ぎを荒々しくする千尋を心配して声をかけたのは神田唯人。
「はぁ、はぁ、大丈夫です、よ、それよりも、今日の討伐数は何体、ですか?」
途切れ途切れの息をなんとかつなぎながら質問すると、一人の補助魔術師が口を開く。
「C級20体B級67体A級0体です」
その報告は事前に掲げていた目標には決して届かないものだった。
千尋は眉を顰めながらも着物の埃を払って毅然と振舞う。
「そうですか、はぁ、はぁ、それは少し残念ですね、でも魔力の残量的にこれ以上戦うことはできません、今日はこのあたりで終わりとしましょう、皆さんお疲れ様でした」
千尋からの言葉に安堵するものはいたが、それ以上にたった二日目にして疲れが見える冬賀千尋を見てこの先を不安に思う人間の方が多かった。
「私達、このまま巣窟の攻略進めて大丈夫なのかな?」
千賀南がその不安から来る思いをつい言葉にして漏らしてしまう。
その言葉がさらに魔術師達の気分を落とさせた。
どんよりとした空気は払拭されることなく、他の魔術師達も散り散りになった。
視点は変わり、一足先に帰路についていた冬賀千尋に移る。
疲れからか足取りは重く、視線は下を向いている。
そんな彼女のポケットにあるスマホが揺れた。
それは彼女を励ます吉報か、はたまたとどめを刺すための悪報か、彼女は恐る恐るスマホの画面を見て電話をかけてきた相手を確認する。
「お母さま?」
その電話相手は電話を使うこと自体珍しい冬賀幸であった。
「どうしたんですか、お母さま」
「千尋、少しだけ大変なことになったわ」
「大変なこと?」
冬賀幸から告げられるその言葉に少し嫌な予感を感じ顔をしかめる。
「緋色が脱獄した」
「っ!そんな」
今の疲労している彼女にとってその事実はあまりに重く、到底受け入れがたいものであった。
・
暗い、暗い路地の果て。
大阪にある細い裏路地を幾度と曲がりながらついたその先には古びたライブハウスのようなものがあった。
さびれた看板がやる気なくプランと垂れている。
周りにもさびれた空気が行き渡っており、太陽の光すら届かないその場所は、本当にここが日本か疑いたくなるほど別世界に思える。
「なんだここ廃墟じゃないか」
「確かに廃墟ですが、中は案外綺麗なんです」
「拠点か?」
「はい、ここまで入り組んでいると見つかりにくいので、重宝してます」
「はっ犯罪者集団にはピッタリってことだな」
狐耳の男は妖艶な笑みを浮かべて、小生意気な男冬賀緋色を招き入れるようにさびれた扉を開ける。
きぃぃぃっという金切り音と共に開かれた扉に無遠慮に踏み込んだ冬賀緋色。
「邪魔しよう」
「えぇどうぞ」
生ごみの匂いを身にまといながら踏み入れたその世界は、以外にも電気が通っていた。
冬賀緋色はそれを見て特に感嘆することもなく、流し見で不定期に点滅する電球を見る。
「魔力を使った電球か?」
「そうですね公共の電力はこの放棄されたライブハウスには通らないので、魔力を使った電球に頼るしかなかったんです」
「そうか、まぁ十分な光源だろう」
「そうですね、私達にはこの不安定さこそが丁度いい」
不敵に笑う狐耳の男。
するとステージの奥からのっそりと体をのぞかせたのは一人の大男。
だらしなく伸ばしきった髭に、チリチリの髪はどこか不潔さを覚えてしまう。
それは冬賀緋色も感じたようで思わず眉を顰めている。
「兄ちゃん、そいつが言ってた冬賀緋色ってやつか?」
ドスの効いた声で放たれた威圧感はそのだらしなさから来るものとは思えず、油断していた冬賀緋色は身を引き締めた。
「そうだリオン、この人が冬賀緋色、記憶を改ざんする魔術の居場所を知っている人物です」
「そうか、じゃあ収集がさらに進むなぁ」
ニヒルな笑いを浮かべた醜悪な男、歯を数日磨いていないのか生ゴミの掃きだめのような匂いを周りにあたりに散らす。
「そうですね、神秘に近づける」
「あんたらは禁忌魔術を集めてるのか?」
冬賀緋色がそう聞くと、狐耳の男が首を縦に振った。
「はっ随分と無謀なことをする」
「それでも、私達は集めますよ、この世界の頂点に立つために」
「言っている意味は分からんが、まぁ俺は千尋に復讐さえできればいいから特に深入りすることはせん」
「助かります、説明も面倒なので」
狐耳の男は軽く微笑んだ。
「緋色、俺の名はリオン、よろしくな」
「………あぁ、よろしく頼む」
リオンと呼ばれる巨躯の男から差し出された手を緋色は受け取るがその表情は晴れていないように見える。
「さて仲良く親睦を深めたところで、本題に入りましょう、緋色さん”記憶を改ざんする魔術”はどこにあるんですか?」
狐耳の男が聞くと緋色は表情を全く動かすことなく答える。
「場所は”伏見稲荷大社”、今この日本でも危険とされる巣窟の中にそれはある」
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