48話 強くなる理由
「かはっ!」
神田唯人は榊原理央に蹴り飛ばされ乾いた息を漏らす。
二転三転回転した後、地面に叩きつけられ、あらゆる箇所から流れでている血で地面を濡らす。
「はっ、はっはっ」
「立て」
心臓が飛び出そうなほどの激しい鼓動を抑えようと胸を掴む。
それを理央は無慈悲に見下ろしてそう告げる。
そこに愛情など介在していない、ただ淡々と仕事をこなそうとしているだけである。
「はぁっ、はぁっはぁっ」
「はぁこのままだと私の仕事が長引くんですよ、まぁまずなんで私にこんな仕事を頼んだのかって話だけど、はぁぁぁまぁいいや早く立って、君が死にかけるまで痛めつけるのが私の役目なんだから」
どれだけ神田唯人が苦しそうでも、死にそうでも、彼女は決して手を差し伸べたりはしない。ただの他人のために自分の義務を放棄してまで助けるほど彼女は甘くはなかった。
「がはっ、くっ」
神田唯人は理央の言葉にそそのかされる前に立ち上がろうとしていたが、足に力が入らなかったのかがくっと膝を地面につけた。
魔術師と下人の圧倒的差がそこにはあった。
榊原理央は冬賀家専属のお手伝いであるが、その実力は折り紙付きであり魔術師の中でも上澄みとされる部類にいる。
そんな彼女が神田唯人の魔力を強化しようと本気で痛めつければそれは言語化できないほどの痛みとなって神田に襲い掛かる。
「はぁっはぁっ」
がくつく足でなんとか立ち上がり、立ち込める反骨精神から理央を睨みつける。
「がはっ」
瞬間顔面に強烈な蹴りが入る。
神田は乾いた息を漏らして再び地面に叩きつけられた。
「立て、まだ死んでいないでしょ」
感情を感じさせない瞳でぼろ雑巾となった神田を見下ろす。
「はっぁっはぁっ」
息を吐く度に血交じりのたんが口から飛び出す。
このようなことをするのは魔力を強化させるためだが、そこには自分自身に経験となるような戦いでなければならない。
だから自分以下の魔術師と戦ってもわざと手を抜いて瀕死になっても魔力は強化されないのだ。
つまり経験だけが魔力を増強させる。
この方法は一番安易に手をつけられる実力の付け方であるが、誰も自ら死に瀕するような経験をしようとは思わない。しかも継続的にだ、一日や二日ではほとんど変わりない。
だから続かない、だから効率が悪い。
それでも、下人神田唯人をミラと戦えるほどにするにはこの方法しかなかった。
そしてこのような地獄の特訓は巣窟にいる魔物を全て掃討するまで毎日続く。
本当ならば今すぐにでも逃げ出さなければならないほど辛い環境、だが今神田唯人の中にある感情はそんな甘ったれたものではない。
(俺は弱いな、ずっとずっと記紀に助けられていたってことを痛感する、それがどうしようもなく悔しい………)
「がはっ、つっはぁ、はぁはぁっ!」
震える足を血濡れた手で支えながらなんとか立ち上がる。
「ばはっ!!」
瞬間みぞおちに向けて前蹴りを放ち神田を嘔吐させる。
「ば、はぁがばぁあ」
強化魔術で強化しているがそれを超える威力で繰り出された前蹴りにたまらずその場でうずくまる。
(自分の弱さが、自分の未熟さが、こんな程度の実力で魔術師を目指そうと高望みしていた自分自身が恥ずかしくてしょうがないっ)
歯を何度も噛みしめるが、それが力となって彼に注がれることはなく立ち上がろうとした腕は力なく折れた。
まだ立とうとする神田唯人を見て榊原理央は冷たい瞳で見下ろしながら口を開く。
「魔術協会は今、あんたを強くしようとしてる、けどあんた自身はどうなの?強くなりたいって意思はあるの?こんだけ殴られ続けてでも強くなりたいっていう強い意志があんたにあるの?」
「………あるに、あるに決まっでる!!!」
地面に這いつくばり、吐血をまき散らしながら吠える。
「弱い自分が、何もできない自分が、情けなくてしょうがないっ、俺はなって見せるんだ、なってやるんだ魔術師にっ、だから俺を強くしてください!!!」
文法など知ったことかとでも言うように自分の思いのたけを言いたいように放つ。
「言いたいように言うね、まぁ聞いたのは私だけど、じゃあさいつまでそうしてるの?強くなるんでしょ?立て」
「がぁぁぁぁっ!!!」
「いいじゃんっ」
理央は白目をむいて半分意識を失いかけている状態でがむしゃらに突進する神田唯人を見てほくそ笑んだ榊原理央はその顔面に拳をめり込ませて見せた。
声すら出すことができずに地面に叩きつけられた神田は脳に衝撃を加えられ、たまらず意識を飛ばしてしまった。
「立て」
理央はまともな呼吸すらしていない神田唯人を見下ろしながら手を伸ばし胸倉をつかんで無理やりにでも体を起こす。
「強くなるんだろ?立って見せろよ」
ピクリとも動かない体を見てはぁぁと息を吐く。
「やっぱこんなもんか」
所詮は下人、と切り捨てるように胸倉から手を離し、地面に投げ捨てる。
まるで人形のように無抵抗に地面を受け入れた神田の体は力なく伸びをしている。
「………ちょっと熱くなりすぎた」
髪をかきあげてから立ち去ろうとする榊原理央。
彼女は仕事に熱心な方ではない、最低限の仕事だけをしていればいいという消極的人間だ。
だからこそ、こういう下人の世話をするというめんどくさい仕事を任された時は本気で嫌がったものだ。
彼女はそのような悪癖からよく怠惰なふるまいをして家の人間から注意を受ける。
そんな彼女にとってこれだけ仕事に集中できたのはひとえに神田唯人の執念によるものだろう。
たとえ「立て」と言われたとしてもあれだけ殴られて臆することなく立ち向かい続けるのは並の精神ではできることではない。
そう理央は怖かったのだ、神田唯人の執念が。だからこそ突き放すように立った瞬間には手が出ていた。
今日初めての特訓ではあるものの、その異常性は十二分に感じたのか特訓というよりいじめに近いものとなってしまった。
その行動は理解できない存在を受け入れられない人間の性による防衛本能だ、決して悪意はなかった。
だがその恐怖という刺激が彼女に火をつけた。
初めて仕事を仕事と思わずにすることができていた。もう少しだけでもあの恐怖を向けられていたかったと願っていた。それだけに気絶してしまったことが残念なのだ。
「まぁ、所詮は下人か」
着実に冷めていく高揚をもったいなく思いながらもゴミを見るような目で完全なボロ雑巾となった神田を見下ろしてから背を向ける。
ふと近くでそのいじめを眺めていた回復専門の魔術師に目を向ける。
「こいつのこと直してください、明日の治療に支障が出ないくらいで大丈夫なんでー」
「え、特訓は終わりですか?」
どうにもずれたことを言う魔術師に理央は顔をしかめて首を傾げる。
「終わりも何も、気絶してるんだから終わらざるを得ないというか」
「え、立ってますよその人」
「は?」
瞬間振り向くと白目を赤くした神田唯人が腕を振りかぶっていた。
予想外な行動に体は硬直してしまったのか、その大振りの拳を頬に喰らってしまう。
「くっ」
魔術で強化していたが確かな衝撃を与えてきたそのパンチに思わず声を漏らしてしまった。
神田唯人はその勢いのまま地面に倒れ込んだ。
「うっそ、でしょ」
大したダメージはないが、ショックは大きいのか未だ体を動かせずにいる榊原理央。
今度こそ完全に動かなくなった神田を見て目を丸くしている。
衝撃の次に湧いてきたのは神田唯人という人間に対しての興味だった。
「………イカレてる」
その顔は絶句しているようにも見えるが、どちらかというと楽しんでいるように見えた。
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