37話 私は「傲慢」

世界が止まるほんの十数秒前


静かな手術室の真ん中で林田元吾が神田唯人の体を適当にまさぐっていた。


「先生、どうですか?」

「今集中しているんだ、話しかけないでくれ」

「っ、すいません」

看護師からの言葉にまるで自分はちゃんとやっていますよ、みたいな顔で返す。


だが実のところ一切そんなことはなく、彼はギフト「魂干渉」を使ってなどおらず、撫でるように神田唯人の体に触れているだけである。


「ふむ、厳しいな」

だから苦戦しているようなこの言葉も彼がその場で思いついたただの虚言であった。


そう、彼は金のためなら人の命などどうなってもいいと本気で思っているような正真正銘のカスなのだ。


そんな演技の手術を続けているとそれに憤怒するようにすべての時が止まった。


看護師の顔は瞬きをしかけていたせいか、不細工な顔となったまま固まっている。


容姿を気に掛ける女性にとってこれほどの苦痛はないだろうが、精神すら止まっているためそれに気づくこと自体できないため気にする必要はないだろう。


「………不細工ですねぇ、ちょっと酷いタイミングで止めてしまったみたいです」

手術室の扉を強引にこじ開けて入って来たのは一人の妖艶な女性。


艶やかな唇を揺らし、頬を赤く染めた彼女は眠っている神田唯人の頬を指でなぞる。


そこには確かなが感じられた。

「あぁやはりあなたは私の世界に入って来れるんですね」

ふふっと一度笑い、綺麗な紫色の髪を耳にかける。


瞳はどす黒く光を宿しておらず、少し怖い印象を受ける。


明らかに綺麗で端整の顔立ちをしている彼女だが底知れない何かを感じる。


「………さて、本題に入らないと」

ついっと視線を動かして時が止まった世界でにやけづらを晒している林田元吾の方に向ける。


「君は動いていいよ」

彼女がそう声をかけると、林田元吾は止まった世界で神田唯人の体を撫で始める。


だが数秒後、自分だけが動いているということに気が付いた。


「………止まってる?どういうことだ?」

林田元吾が隣にいる看護師の顔をぺしぺしと叩いてみるが反応はなく、その隣にいた瞬きしかけている看護師の顔を見て思わず吹き出しそうになった。


「そう、私が止めてるの」

近くから聞こえてきた女性の声に林田は大きく下がる。一気にボルテージを上げる自分の心臓の音を聞きながら務めて冷静に口を動かす。

「誰だ、あんたは」

「私の名前なんてどうでもいいでしょう、私はただあなたに医師としての役目を果たしてもらいたくて来ただけなんですから」

「………っ、どういう」

「あぁ口答えはいいです」

目にも止まらない速さで背後に回った女は林田の肩に手を置いた。


「私が言ってるんです、役目を果たせと」

ぞっとするような落ち着いた声に身震いを起こし、恐る恐る目だけ動かして女の方を見る。


「魔物、か?」

「まぁ正解です、でもそんなものもどうでもいいんですよ、早く彼を治して」

「私を殺す気か?」

「はぁぁぁ要領を得ないですね、もしこれ以上駄々をこねるならそうしますよ?」

大きくため息を吐いて近くにあった手術道具を興味なさげに観察してから、ぽいっと投げ捨てる。


からん、からんと回転しながら地面をすべる手術道具はしばらくして止まった時の世界に呑み込まれた。


「私はただ彼に生きててほしいだけなんです、けど私には回復させる能力はありませんからね、あなたにやってもらうしかないんですよ」

「魔物がなぜ人間のことを気に掛ける?」

「彼だけなんですよ、私の世界に入って来れたのは」

「?、どういうことだ」

「私の能力は時を止めれるんですけど、これ完全無敵じゃないんですよ、世界が認める強い意志を持つ存在だけはここに入ることができるんですよ」

「世界とはなんだ?」

「さぁ?そんなものは私も知りません」

お手上げです、と言わんばかりに両手の掌を天井に向ける。


「………ではその強い意志を持つ存在がその男だと?」

「そうなります」

「じゃあなぜ私は動けている」

「簡単な話、私が許可したんです」

「そういうことか、じゃあ次の質問、お前の目的はなんだ?それを知らないでは私も判断しかねるからな」

とか言ってるが林田には神田を殺す以外の選択肢はなかった。


たとえそこに命がかかっていようと彼は金を優先するのだ。


「私はね劇的に死にたいんです、最後まで必死で戦い抜いて命乞いまでして、生にしがみつきながら、英雄に殺される、それってとても綺麗な幕引きだとは思わないですか?」

目をうっとりとさせ、光悦とした表情のまま林田元吾を見る。そのイカれた瞳は賛成以外受け付けないとでも言うような強い意志が宿っている。

「………異常だな、死にたいなら勝手に死ぬといい、私は私の勝手に生き、がっ!」

それ以上の言葉を言うのを許さないように、女は手術用のハサミを林田の口に突き刺す。それによって口内に血が滲み鉄の臭いが鼻を通過する。


ぎょろんと、付け根が見えるくらいに目を開く。


「黙れ黙れ黙れ黙れ、ただの歯車のお前に選択権があると思うな?」

「わ、私は金のために動き、金のために死ぬ、それが私の生き方だ、たとえどれだけお前に脅されようと私は屈しないぞ」

「金を持ってくればいいのか?」

「………あぁ」

金の匂いを嗅ぎつけたらしい林田は震える口角を上げて笑う。


「………これが人間の言う約束、というやつですか、気に食わないけど従ってあげます」

一度目を瞑った女はすっと霧のように姿を消した。


「ははっ、まさかな」

とは言いつつも期待せずにはいられない。


あの女が腕一杯に金を抱えて戻ってくるのではないかと思ってしまうのだ。


しばらく茫然とその場にたたずんでいると女が「ちっ」と柄の悪い舌打ちを鳴らしながら林田の頭の上に大量のお金を投げ捨てた。


「これで十分ですよね?というか十分と言わないと殺します」

林田はお金が大好きと自負しているだけあって目算だけで今自分の周りに散らばったお金がどれくらいあるかを見積もることができるのだ。


「………およそ三億、ははっ銀行でも襲ったのか?」

「そうですよ、本当にめんどかった、特に金庫の場所を探るのが」

ぐたぁと肩をだらけさせて大きくため息を吐く。


「いいだろう、神田唯人は私の全身全霊を持って治して見せよう」

「………あなたほんとに医師ですか?」

「あぁ医師だよ、命を金としてか見ていない最低な、という枕詞がつくがね」

「………あなたみたいな人間は初めて見ました、クズなのに芯が通ってますね、まぁ結局はクズですが」

「誉めてくれるのかい?魔物の癖に」

「今のを褒めていると解釈したのなら致命的な理解力ですね」

げっそりとした顔で目を半月に曲げて林田を見る。


「まぁとりあえず彼は救うよ、私の命を賭けてね」

「軽薄な男、でもまぁ嫌いではないですよ」

軽く笑う女、それに同調するように林田も頬を和らげる。


「お金は私の部屋に置いておいてくれ」

「どこです?」

「部屋の前に林田と書いてある」

「嫌です自分で置きに行ってくださいよ」

「………じゃあ問いで返すなよ」

肩を一度落とした後両手でお金を抱えて手術室を後にする。


持ちきれなかったお金は魔術で浮かせ、自分の部屋まで持っていく、そして事前に作っていた隠し部屋にお金を置いてもう一度手術室に戻って来た。


「私はこれでお暇します、後はよろです」

「任せてくれ、絶対に救ってやる」

その軽薄な笑いはどこか信頼できるような気がした。………いややはりできないかも、と女は今一度思い直した。


「じゃっ」

それだけ言い残して女はその場を去っていった。


と思ったがすぐに歩みを止め、今一度振り向き、とぼけたような顔を向ける。

「そういえば名前、言ってませんでしたね」

「あーいいよもう、あんたが超強い魔物だってことがわかれば」

「そうですか、じゃあ私がS級「傲慢ミラ」だとしても興味がないんですね?」

そう女が言った瞬間林田の顔から血が一気に引いていった。


「まじ、ですか」

「はい、おおまじです、ではこれが本当のお別れです、じゃっ」

軽く手を挙げた後女、つまりミラは背を向けて手術室から去っていった。


「最後にとんでもない、爆弾を残していったな」

でもまぁ私に何か対策できるわけでもなし、と前向きになれるような言葉を吐いてなんとか精神を前向きに持っていった。


しばらくして再び時は流れ始め、瞬きできずに止まっていた看護師もようやくその乾燥から脱出できたようだ。


「さ、やりましょう」

今度こそは本気だ、と自分に言い聞かせてギフトを使用し治療を開始した。



場面は移り病院前の中庭、そこでは魔力が底を尽き魔術を使えなくなってしまった夏目結衣が立ちすくんでいた。


「なんで、魔力が」

いくら魔術を発動しても魔力がそれに呼応することはない。


ガソリンのなくなったエンジンなど、動くはずもなく、ただただ虚しい時間だけが過ぎていく。


「………どういうことだ?魔術を使ってこない?」

それに疑問を抱いたのは無論夏目だけでなく相対する冬賀直弘と冬賀千尋も同様だった。


「魔力がなくなったのでしょうか」

「それは考えにくい、あの口ぶりから魔力は万全だったはずだ」

千尋の疑問をすぐさま直弘が切って捨てる。


「ではどうして」

「わからない、だがこれは好都合だ、急いで神田君が手術を受けている場所まで行こう、まだ他の刺客がいないとも限らないからな」

「了解です」

二人はうなずきあってから、夏目を決して視界から外さないようにバックステップdえ徐々に戦線から離脱していく。


「あ、おいちょっと待てっ」

口調を荒くする夏目だったが、魔力がない彼女では魔術で強化された動きで下がっていく二人に追いつくことは叶わず、すぐに距離を取られてしまった。


「………何が起こってっ!」

急に自分の体に起こった異常に憤慨し、ぎゅっと拳を握る。


今一度魔術を発動しようとするが、もちろんその希望は叶わなかった。


「っざっけんなっ!!!!」

そして中庭全体に響き渡るような声で叫んだ。


「ここを右です」

「了解だ」

夏目を中庭に取り残した後、冬賀直弘は千尋の案内の元手術室に向けて疾走していた。


「ふむ、まだ手術中のようだ」

「でも、刺客が来たような痕跡はありませんね」

「そうだなそこはひとまず安心だ、では私はもう一度中庭に戻り夏目結衣の監視を務める、千尋はここに残っていろ何かあったら連絡を入れるように」

「………了解しました」

直弘の命令に軽い会釈で返す。


直弘はそれを見て、踵を返し来た道を引き返していった。


「神田さん、絶対守って見せますから」

強く、そして確固たる意思を拳に宿すようにぎゅっと強く握った。


その後しばらくして手術中と書かれているランプが消灯した。


すると千尋の前の扉が開き、林田元吾がげっそりとした顔で出てきた。


「はぁぁぁこりゃ神座さんにこっぴどく怒られるなぁ」

と、なにやらぼやいてる姿はどこか落ち込んでいるように見えた。


これを見て嫌な予感をしない方が無理があるというものだろう。


冬賀千尋はすぐに林田元吾に近づき腕をつかむ。


多少失礼な行為であるが、今の彼女には礼節を気にしてられるほどの余裕はなかった。


「あの、しゅ、手術の方はっ」

震えた声でそう問うと、林田元吾は”うおびっくりした”と体をびくつかせた後に軽く笑う。


「成功したよ、もう元気ピンピンだ、それに麻酔も魔術で解除したから………」

一度振り向いてが歩いてくるのを見て、これ以上言わなくてもわかるか、と目をつむり、千尋の腕をつかむ力が弱まったことを機に腕を解きすぐ横を通る。


「良かったね」

それだけ言い残して彼は金銀財宝が眠る自室に向かっていった。


「あ、千尋様」

なんとまぁ能天気な第一声だろう。これまで千尋がどれだけ心配していたのか考えて等いないのだろう。


だが彼女にとってはそれでもいい、ただ生きているだけでいいのだ。


普通に歩いて、普通に喋って、普通に目を向けてくれるだけで、とてつもなく嬉しいのだ。


「神田、さん」

あふれ出る涙をこらえながら、徐々にその距離を縮めていく。


「え、ど、どうしっ」

自分より格上の存在が近づいてくることに戸惑ってしまい、その場で右往左往する。


「よかった、です」

えづきながらも絞り出された声は震えていて、いつもの冷静な彼女の姿はどこにもなかった。


「あ、えとすいませんご心配をかけました」

一手遅れて、千尋が自分のことを気にかけてくれたことに気付きバツが悪そうに俯ぎながら言った。


「本当によかっだっ」

だがそんな言葉は彼女の耳を素通りし、目と鼻の先まで近づいた勢いのまま胸に顔を寄せた。


抱き着くまでは行っていないためある程度の距離はあるが、それでも確かな暖かさを感じられた。


「………本当に、心配をかけました」

それを見て神田も嬉しくなったのかつい頬を緩めた。


神田唯人というたった一人の下人によって捻じ曲げられた運命はハッピーエンドへと向かい、そして終着した。


それでもその道のりは決して安いものではなく、数々の困難の先にあるものだった。そう、彼はまだ誰も成し遂げたことのない偉業を成し遂げたのだ。


それが世界に認められるかどうかはともかく、ある一部の人間達にはきちんと見届けられている。


そこには好意的ではないものももちろん含まれている。


だがそれを伝える必要はきっとないし、知るべきではないのだ。


だって今の彼の顔は今までで見たことないくらい緩み切っているのだから。
















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