36話 君のことが気になるんだ

「………これは」

かちゃかちゃっと手術道具がぶつかり合って金属音が鳴る。


ここは真っ白な手術室、その中心で林田元吾が神田唯人の体を解剖し、その惨状を理解していた。


手術室、と聞いて思い浮かべるのは荘厳な機械などが立ち並ぶ部屋だが、ここにはそんな物騒なものはなかった。


あるのは最低限の手術道具と、脈を図るための心拍測定器、そしてそれを数値化するためのモニターが置かれているのみである。


麻酔は魔術で、輸血も魔術で、そのほかにもほとんどのことが魔術で解決する魔術医療において医療機器というのは必要としなかったのだ。


だがそれは医療に関する知識がいらないというわけではない。


魔術を使う医師でも医師国家試験に合格しなければならない。そこは一般の医師と同じ条件である。


まぁ今現在治療を行っている林田元吾はほとんどコネで受かったようなものであるが、今は世界トップクラスの医師、皆がコネに気付いておきながら何も言えないのはこの実績があるからであった。


そんな彼をもってしても、神田唯人の状況は本当に危険だった。


「………内臓はほとんど潰れ、心臓の動きも微弱、出血も酷いし、それに”魂”がすり減っている」

林田元吾は眉を顰める。


世界には魂、という概念が存在する。


魂は人間が生きる上で必要なもので、魂がある限り生きる活力を生み出してくれる、普通の人間には視認することはできないが魔術師は専用の魔術を使うことで魂の残存量を見ることができる。


魂は歳をとる度にすり減っていき、そして燃え尽きて死んでしまう。


それが一般的に老衰と定義されている死に方だ。


だが魂は歳をとる以外にも減ってしまう要因がある、それは死に関わる怪我を負った時だ。致命傷を負うと魂は自分の体に活力を渡そうと自分を燃やしてなんとか生命活動を維持しようとする働きがある。


ほとんど死んでいるような状態だった神田唯人が今現在も生きていられるのは魂が彼の生命活動を保ってくれていただけに過ぎないのだ。


通常魂は回復魔術でも回復することができない。だからこそ魂が減り始める前に治療をしなければならなかった。


神田唯人の状況はその観点において手遅れだった。


魂の形は不鮮明になっており、渡される活力は徐々に少なくなっている。


「………っまずは体の治療に専念せねば」

林田元吾は今自分にできる身体の治療を行い始めた。


「こっちもこっちで酷いが治せないほどじゃないな」

全力で回復魔術を発動し、傷がどんどんと治っていく。破損していた内臓もちぎれた腕も、傷だらけだった皮膚も綺麗さっぱりだ。


元から怪我なんてしてませんよ、とでも言うような綺麗な状態に戻したのだが当の本人は以前危険な状態であった。


「やはり魂が鬼門か」

魂をこれ以上削られるのは防いだがこれまでで魂が減りすぎていたせいでこのままでは死んでしまうだろう。


「………危険だが一千万のためだ」

「?一千万とはなんのことですか?先生」

「気にしないでくれたまえ、知らなくていいこともきっとあるからね」

隣で補助している看護師が首を傾げるが特に焦ることはなく華麗に流す。


「まぁとにかく私のギフトを使う時が来たということだよ」

林田元吾のギフト”魂への干渉”、このギフトを使うと魂に触れることが可能である。そしてその魂の修復もまた可能なのだ。だがこのギフトには致命的な欠陥があった。


聞こえはいいこのギフトだがその実態は非常に厄介なものであった。魂に干渉すればするほど自分の魔力を削ることになる。そして魔力が尽きてもまだ魂に干渉し続ければ今度は使用者の魂を削り始める。


そして中断して魔力の回復を待つこともできない。


なぜならこのギフトは同じ対象者に二度使うことはできないからだ。


「私も覚悟を決めっ」

一度目を瞑りギフトを使おうとした時、隣にいた看護師が声を上げた。


「林田先生、魔術協会の幹部という方から電話が来ています」

「は?今は手術中だ、断れ」

「ですがこれにでないと立場が悪くなると」

看護師はスマホを片手に気まずそうに眉を顰めている。


「………はぁ、権力を振りかざしているな」

呆れたように息を吐いてから、一度手術する手を止める。体の傷はすべて塞がっているためこれ以上状況が急激に悪化することはないからだ。


「はい、林田です」

「あぁ神座だ、さっそくだが林田よ、お前は今下人の手術をしているな?」

「そうです、問題はないはずですよ、ここは下人の治療を認可されている病院なのですから」

「あぁ問題はない、だがその手術は即刻やめろ」

「問題がないなら続けるのが道理では?」

あまりに強引な要求に林田は顔にしわを生む。


林田にとって魔術協会からの要求より秋季利一からもらえる一千万円の方が大事なのだ。いい意味では権力になびかない男、悪い意味では金で簡単に意見を変えてしまう男といえる。


「法的にどうとかいう話ではない、その下人の存在は我々にとって都合が悪いのだ」

「それはそちら側の都合でしょう、私には関係のない話です、あなたにどう言われようと私は目の前の患者を救う」

「はっ、綺麗ごとを言うのだけは得意だなお前は」

電話相手である神座には林田の裏の顔がわかっていたらしい。


「もう一度言うぞ、即刻その下人の手術を取りやめ、あわよくば手術ミスを装い殺せ、証拠となるようなものはこちら側で潰しておいてやる」

「………私ももう一度言いますがそんなことはできません、私はどんなことがあっても救います、もういいですか?」

ため息のような息を漏らしてから耳からスマホを離す。


その瞬間、神座から”一億”という言葉が発せられ、その言葉は聞こえるか聞こえないかギリギリの微かな声だった、しかしスマホを離した林田の耳はその微かな声を聞き洩らさなかった。


林田は離したスマホをもう一度耳につける。


「どういう意味ですか?」

「言葉通りだ、一億やるから手術ミスを装って下人を殺せ」

「………信用できませんね、そんな口約束を信じるとでも?」

「はぁぁぁ疑り深いやつだ、今使いをそちらにやった、そいつに一億円の入ったアタッシュケースを持たせてある、それをしっかりと自分の目で見てから決めるといい、君が賢明な判断をしてくれるということを信じているよ」

それだけ言い残して神座は電話を切った。


「電話は終わりだ、返そう」

「あ、はい」

林田が看護師の手の上にスマホを返す。


そして神田唯人の容態を見てから、目を瞑り、数秒後開ける。


「一度、ここを出る」

「え!?手術中ですよ!?」

「もう傷は塞がったんだ細菌が入る心配はない」

「いやでも」

看護師が渋っても、彼の意思は固いようで問答無用で手術室を飛び出した。


「あっ林田先生!!」

「金っ、金っ」

飛び出した後すぐに向かったのはエントランスだ、するとそこにいかにもなアタッシュケースを持った黒ずくめの男が立っていた。


「林田先生ですね」

「あぁ、もしかしてそれが?」

「えぇ、ですがここでは目立ちますから」

「私の部屋に来い」

「了解いたしました」

ニヒルな笑みを浮かべた黒ずくめの男は林田に誘われるままに彼の自室までやってきて、そのアタッシュケースを開けて見せた。


中には金銀財宝が詰まっていた。


正確には金色にきらめく札束だけがびっしり詰まっているだけだが、林田元吾にはそれが財宝に見えているのだ。


「これを、私に?」

林田は抑えきれない笑みをなんとか堪えようと口に手を当てる。


「はい、もちろんです」

当然ですよ、とでもいわんばかりの営業スマイルを披露する黒ずくめの男。


それを聞いた林田は笑みをより一層深くする。

「殺すか、あの下人」

林田元吾は医師の風上にもおけないクズだった。



視点は変わり、孤高の氷姫冬賀千尋にフォーカスされる。


ここは病院の外にある庭園らしき場所、明らかに戦闘する場所ではなく周りには植木や噴水が風情のために置かれている。


そこに似つかわしくないただならぬ雰囲気を漂わせる二人の女がいた。


片方は静かで冷たい銀色の髪をなびかせ、もう片方は燃えるような赤い髪を逆立たせている。


「さて、もう一度聞くけどぉ本気で私とヤル気?絶対に勝てないと思うけど」

「それでも、神田さんの手術を終えるための時間稼ぎくらいはできます」

「できねぇよ、バーカ」

夏目結衣は煽るように犬歯をこれでもかと見せつけた。


「私は夏目家の当主だぞ?冬賀家の長女なだけのお前に勝ち目なんかないし、時間稼ぎといえるだけの時間も稼げねぇよ」

少しだけ口調が荒くなったことを自覚したのか、一度目を閉じて「ふぅ」と深呼吸し、自分を落ち着かせる。


「………やってみなきゃわからないじゃないですか」

「分かるからこう言ってるんだけどなぁ」

大きくため息を吐いて、呆れたように目を細める。


「怪我するよ?」

「そんなこと、魔術師同士の戦いじゃ当たり前じゃないですか」

「いやいや大星祭以外で魔術師が戦うってこと自体がおかしいんだけどね」

「それもそうですね」

軽く笑う冬賀千尋、それは明らかな作り笑いだった。なぜか余裕を見せる彼女に夏目結衣はいら立ちを隠さずに大きく口を開ける。


「お前もしかして私のこと舐めてる?」

「いえ舐めてませんよ、けど煽りやすい人だなとは思いますね」

「ははっそれ舐めてるって言うんだよ」

「そうでしたか、私の勉強不足でした」

未だに余裕の姿勢を崩さない冬賀千尋のせいか、こめかみに血管を浮かべる。


「………最後の警告だよ、3秒以内に謝罪がなければ………」

夏目結衣が続きの言葉を言おうとしたのを遮って来たのは渋い初老の男の声だった。


その正体は冬賀直弘だった。


「その戦い、私も混ざってもいいか?」

「………うわ、めんどくさそうなのが来た」

直弘は自分の髭を撫でながら余裕を持って夏目結衣に近づいてくる。


「お父様」

「よくここまで時間稼ぎしてくれた、千尋」

「っ、そういうことねっ」

冬賀直弘の言葉によって自分が今まで千尋に踊らされていたことに気付いた、気づいてしまった。


強がりか口調をなるべく普段通りにして余裕を見せようとしている。だがどう見ても拳に力が入っているのでそのように考えるのは無理があるだろう。


「お父様も来たんですね」

「あぁ彼に私の執念を晴らさせてもらったからな、恩人である彼に礼くらいは言わないと思ってな」

「本当なら自分の手でケリをつけたかったのでは?」

「確かにできることならそうしたかったが、私はそれで礼を欠くほど幼稚ではない」

直弘は当てつけのようにちらっと夏目を見てほくそ笑む。


夏目はぴきっ、とこめかみに浮かべる血管をさらに増やす。


「………直弘さん、あなたいつから下人の味方になったんです?」

「私は下人の味方ではない、神田唯人君の味方だ」

「その選択が、魔術協会との関係を悪くするとしても味方であり続けるんですか?」

「そうだな」

時間を弄さずにノータイムで返されたその返答に夏目はきっ、と鋭い視線が直弘と千尋を向ける。


「なんでそこまでその下人に執着するんです?恩人だからってそこまで不利益被ることはないでしょうに」

「………私はね、多分心の中で期待しているのだよ、あの下人神田唯人君がこの理不尽な差別社会を変えてくれるんじゃないかってね」

直弘の言葉に千尋はうんうんと強くうなずく。


「くっだらねぇ妄想ですね、たかがほんの少し運がよかっただけの下人でしょう、そんな力あるはずがない」

夏目結衣は全うな正論で直弘を突き放そうとする。

「それでも、私はそう思った」

綺麗で迷いのない瞳が、夏目の歪んだ心に刺さる。


「………頑固爺」

「そうだな」

会話をするごとに夏目のこめかみに浮かぶ血管は増えていく。


「にしても上は随分と豪快なことをする、まさか夏目結衣をよこしてくるとは」

「そうですね、私も五大魔術家の当主が来るとは思いませんでした」

二人は半身になり、背中合わせの態勢を取った。


それは明らかな戦闘意思であった。


「………あぁ私のことやっぱり舐めてますよね?二人でなら勝てるとか思っちゃってるんじゃねぇですか?」

「事実だろう」

迷いのないその答えに夏目はため息を吐き、「どうしようもない馬鹿ですね」と付け加えた。


「アルファインとの戦いで魔力消費した状態で万全の私に勝てるわけねぇでしょうが」

「………」

鋭い解答に直弘は何も返すことができず押し黙る。


その姿を見て溜飲が少し下がったのか、夏目は口角を上げた。


「ようやく自分の立場が分かったみたいだね、ははっ分かったなら早く媚びへつらってその場で土下座してよぉっ!」

ウキウキ気分でその場で飛んで跳ねる夏目、だが二人はそんなことするつもりは毛頭ないのか背中合わせの態勢を崩そうとしない。


「私はどれだけ傷付いても諦めずアルファインに立ち向かったたった一人の下人を知っている、雄姿を知っている、だというのに冬賀家当主の私が怪我を怖がって戦いから逃げるなんて真似ができるはずがないだろう」

真っ直ぐな瞳を再度向けられ、夏目の顔中に血管が浮き出てきた。


「………じゃあ戦うってことでいい?」

「あぁ」

「………馬鹿が、これは最後の警告だよ、三秒だけ待ってあげるその間に謝れば」

眉を顰め二人を睨みつける。


だが二人の態度は変わらず、臨戦態勢を解かないでいる。


「この大馬鹿野郎っ!!」

夏目が魔術を発動し冬賀直弘に向けて放った途端、世界のすべての時が止まった。


夏目は口を大きく開けたまま固まっており、冬賀家の二人は夏目の魔術に対抗するために氷壁を作り出そうとしているとこだ。


空を飛ぶ鳥は羽を広げたまま静止し、買い物かごから放り投げられた数個のリンゴは空中で舞ったまま止まっている。


さっきまでうるさく聞こえてきた騒音もなかった。


完全に止まった世界、そんな異常な世界の中で優雅に歩く異質な存在がいた。


その存在は軽く口ずさみながら夏目結衣の元に近づいていく。


「人同士の争いほど醜いものはありませんよね」

鼻と鼻がくっつくのではないかと思うほど近い距離まで近付き、夏目結衣が放とうとしていた炎の魔術を軽く手で払って消して見せた。


「人ではなく私を狙ってほしいんですが」

その存在は夏目結衣の肩に触る。

「申し訳ありませんが魔力を吸わせていただきますね」

夏目に何か変化がみられるわけではなかったが、満足したのかにこっと微笑んでから場を離れ、次にその存在は病院に足を踏み入れた。


「私は今あの下人のことが気になるんです、今殺されてしまっては困るんですよ」

邪悪ともとれないその笑みはどこか不気味だった。




















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