38話 醜態

神田唯人は冬賀千尋との再会を存分に堪能した後密着した状態を解き、近くにあるベンチに肩を並べて座り今の状況を聞き出した。


そこで自分が魔術協会から命を狙われているということも知った。


「………そうですか、今はそんなことに」

「はい、ですが安心してください私達が守りますので」

「いやそこまで迷惑はかけられませんよ、これは私の問題ですので私がどうにか」

「できるんですか?」

じとっとした目を向けてくる千尋に何も返すことができず押し黙る。


神田はバツが悪そうに目を逸らす。


「いくら活躍してたとしても神田さんの身分はまだ下人です、私達の助力が必要では?」

「………それは、確かにそうなのですが返せるものが何も」

五大魔術家に助けてもらうなど見返りにどんなものを要求されるのかわかったものじゃない、とやんわり断ろうとすると千尋の顔がより一層険しくなった。


絶対零度の刺すような視線が神田に向けられる。


可愛い子はしかめっ面しても可愛いという人間がいるがむしろ逆だ、可愛い子のしかめっ面ほど怖いものはない。


「私が見返りを求めてると思いますか?」

「いや、えっとその」

「というかもう既に見返りは十分すぎるほどもらっています、冬賀家にとって因縁の敵であったアルファインを倒してくれたのですから」

頬を緩めてはにかんだ千尋の顔は少しだけ子供っぽくて、いつもの冷徹な印象からかけ離れて見えた。


なんか最近千尋様の顔がよく崩れるな、なんて感想を抱くもそれを口にする度胸はなかった。


「………あれは千尋様や他の魔術師の皆さんの力があったから」

「でも、神田さんがとどめを刺さなければ多くの下人が死んでいました」

「っ」千尋からの言葉に神田は何も返せず口ごもる。


「あなたは多くの人を救った、それは讃えられるべき行為です、自分は何の役にも立っていないみたいに言わないで」

「………ごめんなさい」

視線を下にずらして、足元を見る。失敗してしまった、と眉を顰める。


「私達はあなたに感謝しています、だからその恩返しにあなたを庇うくらいはさせてください」

千尋から向けられる視線はどこまでも真っ直ぐで迷いがなかった。ここまで真っ直ぐな視線を向けられてはそれに応えるしかない。でなければ失礼になってしまうから。


神田は千尋の方に向き直り、体を曲げて会釈をした。

「………じゃあ、そのよろしくお願いします」

「はい、任せてください」

千尋は満足したのか、口に手を当てて軽く笑った。


それからしばらくして、看護師が来ると「もう帰って大丈夫ですよ」とだけ告げて去っていった。


千尋と神田はお互いに顔を見合わせる。


「結構あっさりでしたね」

「そうですね」

抱いた感想はお互い同じだったようだ。



ここはかつて栄えていた黄金の部屋、だが今はたった一人の男が荒れ狂っているせいで部屋中散らかってしまい、元々あった悪趣味な高貴さすら失われ、ただの汚い部屋に成り下がっている。


無駄としか思えない黄金の招き猫も地面に転がっているところを見ると、どこか男をあざ笑っているように思えた。

「っざけるなっ!!!」

男、神座悟は周りの物という物に当たり続ける彼の横でただ茫然と立ち尽くす一人の少女、たまに男が飛ばした物が彼女の体に当たるが、表情一つ崩さずそれを受け入れている。


「夏目が失敗するのならまだわかる、相手は冬賀の当主だからな、だがなんで林田が失敗する!?その要因などどこにもなかっただろう!」

怒りのおもむくまま黄金の椅子を蹴り飛ばす。


「くっそっふざけるなよ、もう他人には頼らん、私自ら鉄槌を下してやる」

髪をむちゃくちゃにかきむしった後、机を魔術で強化した腕で完全に破壊した。


その状況を見ても近くに置かれている少女は何を思うでもなくそれを眺め続けている。


「おい」

「はい」

神座からの威圧感ある問いに少女は無表情を持って答える。


「これから幹部達を集めて会議を行う」

「分かりました、議題は件の下人と冬賀家の処分に関してで大丈夫ですか?」

「当たり前だろう!!」

「がっ、く」頭に血が昇り切っているのかなんのためらいもなく処女の腹を殴る、それはみぞおちクリーンヒットであり嘔吐させるには十分であった。


「も、申し訳ありません」

「あぁくそっ」

ここまでするつもりはなかったのか、神座は少女に回復魔術をかけ始めた。


その間神座は何を言うでもなくただ不機嫌そうに眉を吊り上げていた。


完全に回復した後「ありがとうございます」と短く謝意を伝え「それで」と続ける。


「下人神田唯人をその会議に出席させますか?」

「………そうだな、その方が手っ取り早いか、どうせ他の幹部達も神田唯人を殺すのには賛成だろう」

「かしこまりました」

神座は自分が壊してしまった備品を片付けておくよう少女に命令した後、ため息を吐いて天井を見上げる。


「このまま生きていられると思うなよ?神田唯人、感情を持った下人など絶対に必要ないのだから」

彼は眉を顰めながら腕にある古傷をもう片方の手で握りしめた。



場面はまた神田達に移り変わる。


神田と千尋は看護師に言われた後病院を出ることにして、その門をくぐった。


すると冬賀直弘がほっとしたような顔をして息を吐いた。


だがそんな彼とは対照的な明らかに不満げな顔を全面に出しながら「君が神田とやら?」と威圧的な声と共に神田唯人に近づく影が一つ。


その影から守るように冬賀千尋は神田との間に割って入る。


その影の正体は五大魔術家の一つ夏目家の現当主夏目結衣その人であった。


彼女は強気な視線を千尋越しにいる神田に向けて投げかける。


「そこどいてよ千尋ちゃん、今の私は魔術が使えないカスだから安心していいからさぁ」

顔面を近づけてきたせいか、千尋は顔をしかめる。

「信用できない」

「はぁほんと疑り深い、じゃあ後ろの神田なんとか、君が前に出て来てよ」

「は、はい」

震えながらも五大魔術家の当主の命令に逆らうことなどできず、おとなしく前に出ていく。


「神田さん!」

それを千尋が止めようとするがその手を冬賀直弘が止めた。

「大丈夫だ千尋、夏目結衣にはほんとに魔力がない、さっき探知器で見たから確実だ、だから彼がすぐに殺されるとかはない、きっと彼女はただ神田君のことが気になるだけのようだ」

「お父様………」

そう言われては止める理由もない、と千尋は腕を下ろしおとなしく動向を伺う。


それを見て「過保護かよ」と毒づく、この女は一体どんな英才教育を受けてきたのだろうか、ここまで尖った性格にさせるだけの教育方法は実に知りたいものだ。


そんなひと悶着の後夏目結衣は見下すような冷えた瞳で神田唯人を見下ろしている。


その圧倒的なまでの威圧感に何も言えず言い淀んでいるように見える。それでも何かは言いたいのか全力で顔を顰めている。

「なんか言いなよ」

「え?」

急な無茶ぶりに困惑しながらも鼻をつまむ。


「私はさ見定めようとしてるの、皆が狙う神田唯人という人間がどんなものなのかね、見せて見みてよ君がどんな人間なのか」

「………どうやってでしょうか?」

神田が鼻をつまみながら首を傾げると夏目は数秒の沈黙の後口を開いた。


「………この後偶然たまたま、何かの奇跡で生き残ったとしてその後君何をしたい?」

夏目から言われたのは一つの問い、その答えを模索するために数秒の時を要すると思ったが神田唯人はノータイムで答えて見せた。


「私は千尋様や秋季様のような私を味方だと言ってくれる人達とただただ平和に同じような日常を繰り返していきたい、多分それが私がしたいことなんだと思います」

「変化はいらないってこと?」

機嫌が悪そうに眉を吊り上げながら見下ろす姿勢を崩さない夏目。


「はいそんなものはいりません、私は下人を守りながら皆と平和に暮らせれば………」

そこまで言うと夏目は「はっ」と乾いた笑いをこぼす。

「びっくりした、君、平和主義者に見えたとんでもない異常者じゃないですか」

「………それ、どういう意味です?」

「あんたが言う下人を守りながら平和を築くって言うのはあんたが流す血の上で成り立つわけでしょ?それのどこが平和なんですぅ?」

煽るようにけらけらと笑う夏目に神田は鼻をつまむだけで何も返すことができずにいる。


(いや、俺はそんな血みどろの平和が欲しいわけじゃ、嫌でも実際そうしないと下人は守れないし………)

自分の中にある理想と現実の乖離を受け入れられず心を乱してしまう。


そんな彼の葛藤など知ったことかと直弘が口を開く。

「………ふむ、して夏目よ」

「なんです?直弘さん」

一番気持ちいい時間に口を挟んできた直弘に、心底不快そうな視線を向ける。


「………これは非常に言いにくいのだが、君今日のお昼ににんにくでも食べたか?口が臭うぞ」

直弘がそう言うと神田も、千尋もこくんとうなずく。


それは絶対的な証明だった。


事実彼女は四郎系ラーメンを食し、その口をにんにくで犯している。対策をおろそかにしてしまえばその口が激臭になることは確定しているのだ。


それに薄々気づいていながらもブレスケアするのが面倒になってしまっていた夏目結衣は放っておいてしまっていた。


そのせいで今とんでもない醜態をさらすことになったのだ。


それは耐えがたい恥辱だ、なによりさっきまで自分が優勢ですよ?と我が物顔で持論を語っていたところに突きつけられたのだからダメージは数倍上がっている。


「………ちっ、ざけんなっ、ざっけんなっ」

と、同じ言葉を繰り返しながら顔を真っ赤にして踵を返していく夏目の後ろ姿を残された者たちは哀れだ、と同じ心境を共有して見送った。













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