第25話 S級怠惰
人は嫌いだ、弱いくせにやけに騒ぐ。騒いで騒いで騒ぎ立てて自分じゃ何もできないくせに今戦おうとしている勇敢な人間を罵倒したりする。
特にその傾向があるのは下人という身分になった人間に対してだ。
「下人だ、汚らわしい」
「近寄らないで臭いが移る」
「お前らは生きている意味がない」
などとのたまう。
わしは別に下人に同情しているわけではない、だが命を賭けて戦っている人間をこけにするような生命体はやけに勘に触る。
人間など所詮わしにとって食料でしかない、だが下人よりかは平和な場所であざ笑っているカスみたいな人間の方を喰ってやりたいと常々思っていた。
そんな鬱憤が溜まり続けたせいかとりあえず人間を食いまくりたいと考えてしまった日があってつい中央都市を襲ってしまった。多分1万人以上は捕食した。
建物とかも大分壊したな、そのせいかわしはS級だとかいう区分をされよく魔術師から狙われるようになった。
面倒くさいことこの上ない。その影響でわしは魔力を消しながら生きねばならなくなった。でなければ五大魔術家とかいううざったい連中のせいでわしは瞬殺されるだろうからな。
そうした窮屈な日々が続いたある日、わしに喧嘩をふっかけてきた魔物がいた。
どうやらわしがS級とやらになったことが気に食わないらしくA級の自分がわしを倒せば自分がS級になれるとかなんとか言っていた。
本当に何を言っているかわからなかった、人間ごときが決めた階級を気にする必要があるのかと聞いたのだがそいつは聞く耳を持たずわしを襲ってきた。
魔力を使えば魔術師達に気付かれて面倒なことになると判断し、わしの能力の一つ「影もぐり」を使って人攻撃を回避しながらなんとか逃げ延びたのだが、被弾は多く満身創痍となってしまった。
そこで神田唯人と出会ったのだ、運命ともいうべき出会いだった。
唯人はわしを見るなり手当てをした。
何度わしは魔物だと言っても信じない唯人に最初はなんて能天気なやつだ、と殺したくなったが今は別に腹が減ってるわけでもないし、意味はないとはいえ治療をしてくれたのだから見逃そうとしたのだ。
なのに唯人はうどんを食いに行くぞ、と言ってきた。
意味がわからなかった、無論うどんという存在自体は知っていたがなぜそれを見ず知らずの人間におごろうとするのかが理解できなかった。
「なぜだ、さっきから言ってるがわしは魔物、お前に助けるための義理なんてないだろう」
「俺は魔物すら愛する聖人なのさ」
そんな人間などいないだろう、とすぐにツッコミを入れたいところだったが、何か変な影響を受けたの何も言うことなく口をすぼめた。
「………じゃあそんな聖人さんは最終的にわしに殺されても文句ひとつ言わないんだろうな」
「そりゃあ言うよ、多分死ぬ寸前でめちゃくちゃ、もうこれでもかってくらい情けなく命乞いすると思うよ」
「それは聖人とは言わないのではないか?」
「ふっ、かもね」
唯人は軽く笑った。餌である人間と喋っていてこんなにも心地よかったのは唯人が初めてだった。
それでもまだこのときは神田唯人という存在を少し様子がおかしい餌としか認識しておらず、下に見ていた。
「貴様さては馬鹿だな?」
溜まっていた言葉をつい放ってしまった。まぁ後悔とかはしていないがな。
「ひどいなぁ、俺は君を助けたんだよ?」
「うるさいクソ物」
「ま、いいやとにかく早く行こ店が閉まっちゃう」
唯人はそう言って手を差し伸べてきた。このときこいつは頭のねじが飛んでいると思った。たとえ魔物ではないと思っていてもここまで態度が悪い人間相手にここまでする必要はどう考えてもない。
自覚がないサイコパスというやつなんだろう。
だがうどんとやらにはほんの少し興味があったため仕方なくついていくことにした。
「はぁぁぁぁわしに見合う料理がそこにはあるんだろうな?」
「あるさ、俺が知る中で最高峰のな」
なぜかハードルを上げていく唯人、本当に大丈夫だろうな、と一瞬不安になったがそれは〇亀製麺でうどんを食べて払拭された。
「な、なんだこの食べ物はぁぁぁぁ」
衝撃だった、いい感じに硬い麺に丁度良く効いた塩っけ、人間を食べているときとは全く別の幸福感をわしに与えてくれた。
「すごい、すごいぞ貴様っ!よくこんな店を知っていたなぁぁぁっ!」
周りの反応も気にせずにただただ一心に食い進めた。
「………うん、喜んでもらってよかったよ、給料の半分を出した甲斐がある、………下人税とかなければ俺も通うんだけどねぇ」
と、良く聞こえなかった愚痴をこぼしながら唯人もうどんをすすっていた。
わしは特盛のかけうどん、唯人は並盛の釜揚げうどんとやらを頼んでいて、「まじかこいつ………」みたいな若干引き気味の視線を向けられた気がした。
「うんまい、うんまいっ」
そうか、人以外にもおいしい食べ物は存在するのだと自覚することができた。
生きるためには人間を食わなければならない、魔物に必要な栄養素が人間にはあるからな。
でもたまには人間以外の食べ物を食べるのもいいのかもしれない。
今までの考え方が変わった瞬間だった。
「幸せだなぁぁぁ」
さっきまであったいらつきも全部どこかに吹き飛んで行った。それくらいにうどんは破格においしかったのだ。
「ありがとうな、貴様」
「貴様って、俺は神田唯人ってれっきとした名前があるから」
「じゃあ唯人、ありがとうな」
「おう」
わしはこの日初めて笑顔というものを見せたのかもしれない。
わしは満足に〇亀製麺を後にした。
「ふっふっ、もし世界が滅ぼうともわしは〇亀製麺だけは守ろうと思う」
「だな、世界が滅んでも〇亀製麺だけ残っていれば幸せだよな」
「あぁ、これがそういう感情なんだな」
初めての経験、初めての感情、わしにとっての初めてが今日に詰め込まれていた。
「そういえば君名前なんていうの?」
「魔物なんだからそんなものはない」
「………そう」
わしが至極全うな意見を言うと唯人は目を細めた。その顔を見ても何を考えているのかわからなかった。
「じゃあ俺が名前を決めてもいいかな?」
「は?いらんわしはわしだ、固有名詞なぞなくとも生きていく上で不便なことは何もないだろう」
「いや必要なことだよ、だってお前とか君とかおい、とかで呼ばれるより名前で呼ばれた方がずっと嬉しいことだから」
「………それはお前の意見だろう」
「そうだなー君の名前はー」
「おい、勝手に名前を決めようとするな」
だがわしのそんな言葉を意に介さず唯人は近くに生えていた街路樹に目を向けた。
「記紀、君の名前は記紀だ、どうかな?」
先に言っていた「名前を呼ばれるのは嬉しいこと」というのは魔物のわしには感じえない感情だと思っていたが存外悪くないものだった。
胸のあたりが少し暖かい気がした。
「………まぁそう名乗ってもいいかもな」
「よしっじゃあ決まりだ、よろしくね記紀」
再度差し伸べられた手、わしはそれを今度こそは取ろうとした瞬間見覚えのある魔力が近くに現れた。
すると一斉に周りの警報が鳴り魔物出現を知らせ始める。
「よぉようやく会えたな、怠惰」
あふれ出る殺気は存分にわしに注がれていた。食後で幸福だったわしの気持ちを一気に地の底に落とした影が一つ。
その正体はわしについさっきちょっかいをかけてきたA級とやらの、なんだったかもう忘れてしまった。
姿形はほとんど人間で、尻に猿の尻尾みたいなのが生えているくらいが魔物と見分けるための唯一の特徴ともいえた。
「お前、魔物か?」
一瞬で目を細めた唯人は小刀を握りしめ、わしを守るようにその魔物に向かって構える。
………馬鹿かこいつ、警報で目の前の魔物がA級であることくらいわかってるはずなのに、たった一人の人間を守るためにそれに立ち向かおうとする、だと?
「はぁお前誰?下人?そんなの倒してもこの僕様の名声が上がらねぇから死にたくないならそこどけろ、僕様はその後ろのやつに用があるんだ」
「………記紀、俺ができるだけ時間を稼ぐ、だから………」
唯人はため息が出るほどのお人よしだった。下人とは差別の対象である差別され続けた人間がこうも人に優しくなれるのはそれはもう天性のものだろう。
あぁそうだな認めるしかなかった。
「認めよう唯人、お前は聖人と胸を張って言い張れる人間だ」
わしはずいっと体を前に出して軽快な笑みを浮かべた。
「おい、記紀は下がってっ」
「安心しろわしは強い」
「何言って」
唯人は鈍感すぎる脳のせいか未だ状況がつかめず目を丸くしている。
「ははっようやく来たかぁぁ
「S級の力をその場でとくと見るといい」
A級のなんとかという魔物はわしに襲い掛かって来たがそれを少し腰を入れ魔力を携えた拳を突き出して頭を破裂させた。
「あ、へっ?」
「わしはS
月明りで照らされたわしはきっとこの場のなによりも美しかったであろうことは明白だった。
唯人は腰を抜かして立てずにいるが時間が経てば経つほど魔術師達に囲まれてしまう。そしてそれを回避する方法はただ一つ。
「唯人、わしと契約しろ、わしはお前を助けてやる、だがもし助けられたのならわしに〇亀製麺をおごれ」
強盗まがいのことをしてもよかったのだが、そんな目立つ行動をしていればいずれ〇亀製麺に魔術師が住み込み始めるかもしれないからな、それだけはいただけない。
「ま、待ってまず記紀は本当に魔物なの?しかもS級の」
「だからそう言っているだろう」
「ちょっと待って頭の整理が追い付かない」
「理解しなくともよい契約を結ぶか結ばないか、そのどっちかを選ぶだけだ、まぁもし契約を断ったら首を跳ね飛ばすがな」
わしがなんの慈悲もなしにそう告げると唯人は絶句して口をあんぐりと大きく開けていた。
「あ、あぁ、じゃあ結ぶしかないじゃないか」
「よしっよく言ったっ!」
「いや言わされたというか」
瞬間わしは唯人の影にもぐった。
「え、ちょっ何急に影にもぐって、え!?」
「ふっまぁわしの特殊能力の一つだ、丁度ここは人通りも少なく防犯カメラもない、わしが唯人の影に潜んだということを知るものはもう誰もいないのだ、これで魔術師達から逃げられる」
「………まじなんだね、魔物なのは」
最後の最後まで唯人はわしが魔物だということを信じようとはしなかったが関わりを増やしていくうちにどんどんその事実を受け入れたらしい。
そうやって色んな経験を唯人と体験していくと唯人のいい所も悪い所も見えるようになっていって、わしはこいつとずっと一緒にいたい、という感情が芽生えるようになってきた。忌々しいと思いながらも切り離せないその感情はいつの間にかわしの心を支配していた。
唯人という存在のおかげか、それともそのせいか魔物としてのわしの在り方が変わっていった。わしはきっと絆されてしまったのだろう。
未だに人間は餌としか見れていないが神田唯人という一個体に対してだけは味方でありたいと本気で思うようになったのだ。
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