第26話 執念ともいえる魔術

「じゃあ〇亀製麺はまた今度だな」

「あぁもうちょい待っててくれ」

意外にも素直に言うことを聞いてくれた記紀に神田は目を丸くする。


「ご飯のとき呼べよー」

それだけを言って記紀は影にもぐっていった。ちゃぷんっと影が波打ち何事なかったような静寂がその場に残った。


「………筋トレするか」

とりあえず体を鍛えておきたいらしい神田唯人はありえない速度で腕を曲げ、そして体を持ち上げる。


その速度はどんな筋肉自慢でも驚きを隠せないほどのものであった。


「ふっ、はっ、そいやっ」

腕立て伏せの次は腹筋を鍛えることにしたらしく、謎のおもりを上に投げてはそれを腹で受け止めるという効果があるか怪しいトレーニングをしている。


そんな異様な光景を眺める一人の影があった。


「………あんたまたやってるの」

それはそれは華麗なるドン引きである。唇は引きつっており瞳には呆れが含まれている。綺麗な金髪すら萎えているのか力なくうなだれている。


そう、その影の正体は秋季蘭その人である。


「秋季様も一緒にやりますか?」

「やるわけないでしょ」

「そうですか、残念です」

「というかあんたねぇ、一応魔力があるなら魔術の練習をした方がよくない?」

「それもしてますよ、ただ体自体を鍛えないともし共有を使ったときの負荷に耐えられないのかなって思ってただけです」

「まぁ確かに一理あるわね、けどその負荷による傷って肉体強化すればどうにかなるようなものなわけ?」

「さぁ、俺もわからないですけど何かやってないと落ち着かないんですよね」

そう言って神田は秋季から視線を外し筋トレに勤しむ。


自分よりも筋トレ優先されたことに腹を立てたのかむっと口を尖らせながら無作法に部屋に入り、その端の壁に背中を預ける。


彼女はあぐらをかいて頬杖をつきながら暑苦しく筋トレを続ける神田をとんでもなく鋭い目で眺める。


それに若干の居心地の悪さを感じながらも神田は目を合わせないようにひたすらに筋トレを続けた。


それを見かねて秋季が「もうちょい私の方見なさいよ」などとぶつくさ何か言った後に神田に向けて口を開く。

「そういえばあんたのギフトって共有だけど、旧渋谷駅のあの力はどういう理屈?あそこには他の魔術師も下人の死体とかもなかったと思うんだけど」

「ぶひゃっ!」

一番聞かれたくなかったことを聞かれてしまったために腕立て伏せ中にも関わらず重心を崩してしまい地面に顎をぶつけた。


(まぁぁずい、それ一番聞かれたくなかったことだ、記紀のことを言うわけにもいかないしな………)

顎を労わってるふりをして答えるまでの時間を稼ぐ。


「もしかしてまた言いたくないことでもあるわけ?」

「………いえ、その………はい」

秋季蘭にはなるべく自分という存在を知ってもらいたい、隠し事はしたくないのだ。けどだからと言って相棒である記紀のことを魔術師に伝えるわけにはいかなかった。だからこのような曖昧な返事になってしまったのだ。


そう返事された秋季は意外にも少し悲しそうに眉を曲げてから「はぁぁ」と短いため息をついた。

「まぁそれなら仕方ないわよね」

しかし未だ納得できていないのかそう言う秋季の顔は歪んで見えた。


その表情の変化に気付かないほど神田唯人という人間は鈍感ではない。


「あ、いやけど俺それ以外のことだったらなんでも喋ります、もう本当になんでも、恥ずかしいけど大便は日に何回するとか、どんな女性がタイプだとか、その………」

秋季のことを悲しませたくなかった神田は必死に弁明する。腕はあたふたしていて、本気で焦っているのが目に見えてわかった。


それがどこかおかしかったのか、秋季は軽く笑う。


「じゃあ教えてもらおうかしら、あんたの好きな女性のタイ………」

そこまで言いかけて自分は何を言っていると思い至り顔を真っ赤に染めた。


「やっぱ今のなし」

ふいっと視線を逸らして恥ずかしさを誤魔化すために顔を横に向ける。


流れるのは神田にとっては気まずい静寂だ。


耐えかねて神田は口を開く。

「あ、あの秋季様、秋季様はここにいても大丈夫なんですか?その任務とかは」

ようやく会話の流れが変わったことで照れが顔から消え去りいつもの飄々とした態度を取り戻した秋季は金髪を払って答える。


「あんたと一緒の場所に居続けること、それが任務だから平気よ」

「え、それが任務なのですか?」

その程度のこと、と言ってしまいそうになった自分の口を殴って堪える。

「えぇとても重要な、ね」

「そうですか、じゃあ秋季様もこの建物内で暮らしてはいるんですね」

「えぇここの上の部屋で事務作業やったりしてるわ」

「そうなんですね」

変な任務もあるものだな、と思ったが神田は下人、魔術師の考えることを予想することなどできないか、と区切りをつけた。


「今日は暇になったからここに来たわけ」

「それは俺としても嬉しい限りです」

「ほんと感謝しなさいよ」

ふんぞり返って偉そうにしているがその顔はまんざらではないようで少し緩んでいる。


神田はもう少し秋季と話したくなったのか筋トレを途中でやめて秋季の隣に腰を下ろした。


秋季はその流れを横目で見ながらも特に気にする様子もなくすぐに視線を切って前を向く。


質素で味気ない壁の色、床もそうだこんなにも硬い床など現代日本にあっていいものか、そしてそのせいもあってかこの空間はやけに冷たい、だがその冷たさを感じさせない熱気を秋季は隣に感じている。


神田唯人という人力ストーブによってほんの少し温まった部屋、それを当の本人は自覚していないようでいつもどおりの顔で口を開く。

「そういえば前S級アルファインと接敵したときに唱えてたあの魔術、あれってアルファインの世界から逃げ出す効果の他にどういう効果があるんですか?それだけのためにあの魔術が作られたとかはあんまり考えにくいというか」

「いえ、あれはそれだけのために作られた魔術よ」

「え、そんなことって」

あまりに衝撃的なことだったためか神田は目を丸くする。


それはそうだ、新しい魔術を作るには一年以上の歳月がかかる。しかも特殊な環境下でしか発動できない魔術を作るにはその特殊な環境で魔術の開発に取り組まなくてはならない。


でなければどう魔力を魔術として転換していくかわからないからだ。


とどのつまりこの魔術を作った本人は最低一年はアルファインの世界にいたということになる。


一年以上も世界を維持できるアルファインの能力にも驚きだが何よりも自殺という逃げの選択肢をとらなかったということが驚愕だったのだ。


「正気の沙汰じゃない」

「………えぇきっとそれは執念が成せる御業よ」

「それが実を結んであの魔術を完成させたんですね」

「えぇだからあの詠唱には彼の執念、後悔、希望、そのすべてが詰まってるの」

「その人の名前って」

冬賀霧人ふゆがきりひと、あの冬賀千尋の祖父にあたるお方ね」

「流石五大魔術家って感じですね」

「えぇ圧倒的才覚の差を感じるわ、魔術開発も霧人様はたった半年で終わらせたって言うし」

「やば」

「ふっ言葉も出ないって感じね、まぁ私もこれ聞いたときは同じ反応したけどね」

軽く笑って自分は余裕アピールをしたが、実のところ秋季もその異常性は理解していた。


「本当にすごいお方なの、あの魔物あふれる世界でアルファインも相手にしながら生き延びたんだからね」

彼女が持つのは敬意を通り越して畏怖ともいえる感情であった。


「俺もそんな魔術師になれるかな」

「諦めなさい、ギフトを抜いたあんたの魔力は魔術師の足元にも及ばないから」

「………わかってますけど、そこまで言う必要ありますぅ?」

「私に優しさを求めるのが間違いよ」

「はぁ」

秋季は胸を張って言ってるが神田は何を言ってるのかわからなかったのか首を傾げた。


「じゃっ私はそろそろ行くわ」

「はい、また来てくださいね」

「ん、………あんた素でそれ言えるからちょっとずるいわよね」

神田がそう言うと秋季は顔を赤らめてついっと目をそらした。


「え、どういう意味ですか?」

「いやなんでもない、ま、とりあえずお互いまで気楽に生きましょ」

「?、その日って」

「じゃあね」

神田は秋季からその答えを得ることができないまま、秋季と別れてしまった。


「なんだ?」

しこりとして残ったその疑問が胸に残り色々考えたが何も答えらしい答えは出ず、結局気にしないことが一番かと切って捨てた。


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