第24話 一人の少女との出会い
最近昔のことをよく思い返すな、と浸りながら神田唯人はむくっと上半身を起き上がらせる。
ふと隣でいびきをかきながら爆睡している秋季蘭を見下ろす。
「すごいいびきだな、到底人が出す音量とは思えない」
部屋の中で耳を破壊しつくすような害のあるそのいびきを聞きながら部屋の空気口みたいな穴から漏れる朝日を目を細めて眺める。
「………今日はいい天気だな」
いい天気だと気分がいいのか、すぐに立ち上がりのびをする。
「うーん!よしっ筋トレでもするかっ」
小刀も没収されてまともな特訓もできないせいか、と仕方なくではあるもののその場で腕立て伏せを始める。
「ふっ、すっ、はっ」
腕を曲げる度に細かく息を吐く。それはいびきによって掻き消されていくが、それでもあふれ出る熱気が秋季の肌に触れ、秋季は暑がり布団を蹴飛ばした。
「あっつ!え、なに!」
部屋の温度が上がったのかと勘違いするほどに火照った神田の体温によって秋季は体を起こした。
「あ、目が覚めましたか、秋季様今日はいい天気ですよ、ふっ、すっ!」
朝一発目に見る光景が自分の部屋の天井でもなく、朝日でもなく、息を荒くして筋トレしているむさい男であった時の絶望は計り知れないだろう。
「………最悪な目覚めだわ」
「ひどい!」
大きくため息を吐いた。
しばらくして筋トレを終えた神田をしり目に秋季は布団を担いで鉄格子の扉を開ける。
「じゃあ私戻るから」
「はい、頑張ってくださいね」
「ま、別に頑張ることもないけどね」
秋季はいつもの強気な瞳を神田に向けた後に影の向こう側に消えていった。
「ふぅ、俺はもうちょい筋トレしようかな」
などと狂気的な考えを持った神田唯人はとりあえず、とハードな筋トレをし続ける。
そんな日常がある程度続き、神田唯人の体に筋肉が付き始めたときのこと。
「ふっすっ、はっ」
筋トレ中の神田の影が波打つように揺らぎだした。
「回復したっ!行くぞ唯人」
ばっと影から飛び出してきたのは銀髪の美少女記紀である。以前まであった傷は完璧に回復していてつやつやの肌に戻っている。
彼女はきめ細やかな髪を払って神田唯人を見下ろしている。
その瞳はどこかウキウキしている、これから起こるであろうことに胸を躍らせているのか髪もぴょこぴょこと跳ねて落ち着きがない。
「え、どこに」
「決まっているだろう、〇亀製麺だ」
「あー、いや別に行っていいけど行けたらの話なんだよね」
神田が目をついっと動かすとそこには堅牢に閉ざされた鉄格子の扉がある。
だが目の前にいるのはS級の魔物だ。そんな些細な問題は問題にすらならない。
「………ぶっ壊せばいいのか?」
「だめでしょ、警備員がすぐに近づいてきちゃう」
「めんどくさいのー、じゃあどうするのだ、わしをどうやって〇亀製麺に連れていくんだ」
「待ってろよ、なんか1年後には釈放されるとかなんとか言ってたから」
その言葉を聞いて少し疑問を抱いたのか記紀は首を傾ける。
「そういえば、感情があると殺されるとかどうとかはなかったのか?」
「………それが全然言われないんだよな、あれだけのことやったら感情ありってなって殺されると思ったのに、まぁもしかしたら俺を何かに利用しようとしてるのかもな」
なんて言葉にしたものの、言っていて怖くなったのか身をかがめて体をぶるぶると震えさせる。
「………まぁ安心しろ、わしがいる限りお前が死ぬことはないからな」
和やかな笑みを浮かべた記紀は優しく神田の頭を撫でた。
「確かに最大のボディーガードだな」
「その代わり助ける度に〇亀製麺をおごってもらうぞ」
記紀はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「まぁそれが契約だもんな」
記紀という名を与えられた魔物と神田唯人の間に結ばれたこの協定関係の発足を説明するには1年以上遡らなくてならない。
それは下人に許された権利の一つである休日の日、神田唯人は感情というものを取り戻したためか何かしたいという無駄な思考を持つようになっていた。
「………でも、何をしようか」
掘っ立て小屋の地面から見上げる木の板は、あまりに不揃いで開いた隙間から日が差している。それがやけに眩しくて軽く目をつむる。
以前の事件によって死刑寸前まで行った神田唯人だったが秋季蘭のかばい立てと浮遊監視機に映っていた戦闘の記録によりなんとか命を拾うことができた。
だがそれだけのことをやっておいて感情がない、なんてことにはならない。
魔術協会の重鎮達は神田唯人に感情があると断定していた。
それでもギフト持ちという特異性、そしてそのギフトが考えていたよりも有用であったことを鑑みて処罰を見送ったのだ。
相手が下人であるがゆえ変なプライドが邪魔をしたのか神田唯人を魔術師に引き上げるという処置はとれなかったのだろう。
当然神田唯人はそんな裏のことを知らないので秋季蘭のかばい立てによって生き延びたとしか考えていない。
だから彼は未だに感情のないふりをしながら下人を演じ続けている。
「………散歩でもしようかな」
ぼそっと呟いてから上半身を勢いよく起き上がらせる。
熱を帯びた空気に当てられてほのぼのとした気分になる。
これでもかと晴れ切った晴天の元目的もなく歩き出す。
「………何もないな」
下人の恰好は特徴的なためあまり目立つ道は歩けない。もし歩いていると石を投げられたり罵倒を浴びせられたりする。それもすべて暇つぶしでだ。
すると必然的に人通りが少なく味気がない平坦な道しか歩けないこととなる。
(でもいい気分転換になりそうだ)
下人とは命がけの仕事を任されることが多い、仕事中は気を張り詰めたままだ、だからこそこのような息抜きは大事なのだ。
すると前の方か一人の少女がぴぎゅぴぎゅっと音が鳴る靴を存分に鳴らしながら走って来た。
「ねぇお兄さん、これ見て!おだんごっ」
「え、あ、あぁかわいいね」
下人が顔にいつも巻き付けている布は傍から見れば不審者だ、だがそんな不審者に一人の少女が話しかけてきた、こんなにも肝が据わった少女がいるとは思わなかったのか神田自身も驚いて目を見開いている。
少女は頭の横におだんごを一つ作っており、それがかわいらしく上下に揺れている。
「むふふっそうでしょそうでしょっ」
「あ、うん」
「私が作ったんだよ!」
「あははっすごいね」
ぎこちないながらも笑みを浮かべる。それでも少女は満足したのかむふーと胸を張ってから走り去っていった。
「なんだったんだ」
戸惑いながらもなんだかんだ嬉しかったのかつい笑みがこぼれてしまった。
ほんの少し心を温まったのを確認した後に神田は歩みを続ける。
久しぶりに人とまともに話したな、なんて感慨に浸りつつ神田は歩く事に変わりゆく周りの景色に心を躍らせる。
日が傾き、空の色が青色から朱に染まり始めたころ神田の目にある一人の少女が映った。
綺麗な銀の髪を肩ほどに伸ばした少女は人通りが少ない街灯の下で、外壁を背もたれにボロボロの体を労わっている。
淡い光に照らされた傷だらけの少女の姿は印象的で、どこか美しかった。少女から目が離せずつい立ち止まってしまう。
「………はぁ、はぁっ」
体のあらゆるところにつけられた切り傷は深く抉られており、満身創痍なのは一目瞭然だった。
「………大丈夫か?」
淡泊で質素な状態確認、だがそれが不器用な神田唯人にできる最大限の優しさだった。
「………そう見えるか?」
少女の態度は見た目のわりに大人びていて、自分よりも年上の人なのではないか、なんて印象を受けた。
少女の鋭い視線が神田を貫く。だがなぜか威圧感を感じず飄々とした態度でそれを受け流す。
「俺の視点から見れば、な」
「こんなに怪我をしているのに?」
「俺は下人だ、それくらいの傷は日常茶飯事だ」
「嫌な言い方をするな、貴様」
軽く笑っているが、言葉端から敵意を感じ取れる。
「ちょっと待ってろ」
神田は魔術によって手から水を出し、傷口に当てる。
「いたっ、貴様何を!」
水が当たったことによりしみたのか口を荒げ片手で神田の頭を掴む。
「貴様じゃない神田唯人だ、傷口はまず洗うのが基本なんだばい菌が入ってるかもしれないからな」
「………帰れ人間に手当てをしてもらうほどわしは落ちぶれてはいない」
言葉は強気だが体は怪我のせいで上手く動かせずにいる。
「君だって人間だろう」
「違う、わしはっ」
銀髪の少女はそこまで言いかけて口を閉じる。眉をひそめながらその次の言葉を口にするべきか数秒悩む。
「わしは魔物だ」
少女が口にした言葉はあまりに衝撃的な事実だった。流石にそれは予想できなかったのか神田は目を丸くして口をすぼめる。
「………冗談じゃなく?」
「あぁわしは人を喰らう魔物だ、どうだ?怖いだろう?」
目を細めて小悪魔のように笑う。それは諦めたかのような含みがある笑みだった。
(本当なのだろうか、どうにも実感がわかない)
神田は少女から告げられたその言葉をまともに受け取ろうとしなかった。まだ小さい子だから、と切って捨てたのだ。
「怖くないよ、だって君は現に俺を食べようとしてないじゃないか」
「………いや喰うつもりだぞ」
「そ、でも多分おいしくないと思うよ」
「おいしいおいしくないは関係ない、栄養が取れるか取れないかが重要だ」
少女の目はただ冷たく、人を突き放すようなとげとげしさがある。
(もしかして虐待とかされてるのかな?それでまともな食事をとらせてもらえず、頭がイカレて人間を食べてるみたいな錯覚を起こしてるのだろうか………だとしたら可哀そうだな)
少し無理やりな推理で自分を納得させながら治療を続ける。
「おいだからっわしは魔物だと」
「………じゃあ仕方ないな、治療が終わったら俺おすすめのうどん屋さんに連れてってやる、そこでたくさんの栄養を取るといい」
「あの細長い麺のことか、別にいらん貴様の肉を食べれば済む話だ」
「ほらまた物騒なこと言って」
そう言いながら静かに治療を続けていく。
全体の傷口を洗い出し終わり次は創造魔術によって綺麗な布を作り出す。
その作り出した布を傷口に当ててガーゼがわりにする。それを全ての傷口に対して行った。
「よしっ終わった」
ぱんっと満足気に手を叩いた。少女は体全体にまかれた布を見て嘆息する。
「どうしようもない奴だな貴様は、どうなっても知らんぞ」
少女は拳をぎゅっと握り神田の首に向かって伸ばす。だが、その腕は寸前で止まり少女は下を向いた。
「だが今回ばかりは見逃してやる、早くどこかへ行くといい」
「はぁ?行かないよ、言ったろ?俺おすすめのうどん屋へ連れてくってさ」
「は?」
少女はまだ状況を掴めずにいるらしい目の前の男に対して呆れを含んだ吐息を漏らした。
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