第23話 憧れと後悔と恩返し

昔テレビで仮面ライダーという特撮があった。


俺はそれが好きでいつもそこらへんに転がっている毛布をマント代わりにして仮面ライダーごっこというものをやっていた。


もうそれは遥か遠くの記憶で詳しいストーリーとかは鮮明に思い出せずになってしまったけど。


それでも仮面ライダーの在り方だけはきちんと覚えている。


困っている人をどれだけボロボロになっても救う皆のヒーロー、その後ろ姿がとてもかっこよかった、だから憧れた。


仮面ライダーのようになりたかった、だから魔力があると言われたときは自分にもヒーローになる資格があるんじゃないかって喜んだものだ。


けど現実は違った、魔力はあってもその総量がヒーロー足り得なかった。


それでも努力でカバーしようと思った、弱くても頑張りさえすればヒーローになれるんじゃないかって子供ながらに夢想した。


現実はその意思すら潰してきたけどね。


俺に下人としての心得を教えた教官は言った、希望は捨てろと、夢は捨てろと、ただ魔術師のために生き、魔術師のために死ぬ人形になれと。


仮面ライダーになるという夢はもう潰えた。


それからしばらくはただの人形であり続けた、感情もなく命令を聞くだけの。


生きる死体とでも形容すべき人生だった。


ただある任務で俺に転機が訪れた。


それは俺が初めて班長として二人分の命を預かった任務のことだ。


特段責任感というものを最初は感じていなかった、ただ任務を遂行しようとする強い意志だけがそこにあった。


「………任務を始めます」

「「了解」」

短い言葉を交わしあい俺の後に他の二人の下人はおとなしくついていく。


今回の任務はC級一体の討伐、そこに魔術師二人と下人10人が導入されていた。基本的にC級1体に必要な魔術師は1人とされている。失敗する要素はほとんどなかった。


「では一班と二班の下人の人達は魔物を囲うように散開してください、主に魔物の妨害をお願いします」

補助魔術師のその言葉を聞いて後ろを振り向く。

「高橋は俺の右に、佐藤は左に広がれ」

「「了解」」

淡泊な返事を聞いて俺を中心に二班のメンバーは扇状に広がる。


相手のC級はレッサートロル、B級トロルの類似種だ。


この魔物はあらゆる場所にコブを生やし、腹を限界まで膨らませている。二本足で立っていて長い舌をでろんと力なく垂らしている。


B級トロルのサイズはおよそ20mもある巨漢だが目の前のレッサートロルは10mを下回る。


筋力なども低くなっているため平たく言えばトロルの劣化版だ。


劣化版というがビルを軽く倒壊させるぐらいの力はある。油断はできないが、それさえしなければこの戦力で負ける心配はほとんどしなくて良かった。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」

トロルが空気を揺らすほどの雄たけびをあげる。


振りかざした大きな拳は目の前にいる魔術師を打ち砕かんと振り下ろされる。


「ふっ甘いぞでか物」

それを魔術師の一人が魔力で強化した腕で弾き飛ばす。なにやら自信ありげな魔術師は不遜な笑みを浮かべながら追撃といわんばかりにトロルに炎をぶつける。


「ははっまじで豚みたいな顔してやがる」

もう片方の魔術師は犬歯をこれでもかと見せつけながらレッサートロルの顔面をタコ殴りにする。


「佐藤、高橋、トロルの足を縛れ」

「了解」

隣にいる佐藤にそう命令すると佐藤は地面から土の手を生やし、足首を掴む。


「ぐぅお!?」

足を取られレッサートロルは重心を崩す。


「ははっ!サンドバッグだ」

これを機にと二人の魔術師が一気に殴り掛かる。


「ぐぅお!!」

負けじとレッサートロルが腕を振るうがそれを俺が魔術師の前に壁を張ることで防ぐ。


俺が張った壁は飴細工のように華麗に割れたがレッサートロルの拳の威力を軽減するには十分だった。


魔術師は真っ向からその拳に向かって腕を捧げ、そして力強く弾く。


「おいおいおいっこんなもんかC級もよっ」

それに気をよくしたのかさらに強気な笑みを浮かべて拳に雷をまとわせ突き出す。


その威力は絶大でレッサートロルの腹に大きな風穴を作った。


「へっ余裕」

魔術師は冷えた視線をレッサートロルに落としつばを吐く。


これで終わりか、と俺も横にいる二人に向こうとする。


だがそこにいたのは肉塊になった人であった何かだった。


「え」

俺はようやく気付いた自分に覆いかぶさる大きな影の存在に、絶望に。


「ふしゅぅ」

それはB級トロルだった、レッサートロルとは比べ物にならないほどの巨漢、見ているだけで息が止まる。


「はっ、んでっトロルが来るんだよっ」

「そんな警報も鳴ってないのにっ」

補助魔術師と魔術師達は焦り冷や汗をかいている。


「今すぐに魔術協会に救援を要請します」

補助魔術師が携帯を取り出すが、知能が高いトロルはそれが何かしらの連絡手段だとすぐに理解し俺から目を離して補助魔術師をその巨大な腕で潰した。最後の抵抗に張っていた壁も無残に散った。


ぐちゃっといやに耳に残る音と共に補助魔術師はただの肉塊と化した。


「くっおい下人どもっ俺達の肉壁となれ!後ろから俺達が攻撃する」

魔術師がそう命令すると同時にトロルに向かって無謀にも突撃していった。


「え、え、え」

皆が突撃する中で俺だけは足がすくみその場にへたり込んでしまった。


下人として失格だ、極刑ものだ。


それを理解していても俺は動けなかった。


魔術師の二人が下人を壁にしながら攻撃を打ち続けている。それは確かなダメージを与えてはいる、切り傷を作りアザを作り、腕を折る。


ボロボロになりながらもトロルは近くにいた肉壁、もとい下人を全員潰し、その肉食獣のような目を魔術師の二人に向ける。


「にげっ」

ひよったせいか、一人の魔術師が背を向けてその場から逃げ出した。


それを見逃すほどトロルは甘くはなかった。逃げた魔術師の背に一瞬で追いつきその人一人分くらいの大きさの足で蹴飛ばした。


「かはっ」

飛ばされた魔術師は乾いた息を漏らす。

「おいそこの下人っ早く肉壁になれ!」

「え、は、えっと」

「なにしてっ」

残った魔術師が俺の方見て怒っている。当然だった役割を成し遂げない下人などゴミ同然だ。


だが俺が無駄に悩んでしまったせいで魔術師は目の前のトロルの接近に気付かず弾き飛ばされた。


「………あ、あ」

俺は自分の近くで何度も下人が死んでいくのを見てきた。そんなのは当たり前で日常だった。


それでも今までは誰かの責任だと擦り付けることができた。俺はただの人形でいるだけで良かった。


けど今回は違った、今回は俺が班長となって初めての任務、命の責任は俺にあった。


理解できでいなかっただけなんだ。


俺はバカだから目の前から零れ落ちてようやく気付けた。


命の大切さを、儚さを、あまりに軽く命が散るこの世界の残酷さを。


命を預かるという責任の重さを。


「あ、あ、あぁ」

それが俺が感情を取り戻せた瞬間だった。


それと同時にあふれてきたのは死ぬことに対する恐怖だった。


トロルに突撃すれば死ぬことはわかりきっていたことだった。


死ぬことは怖いこと、という感情が波のように押し寄せてきてしまった。


その無駄な感情が入り込んで命の責任が取れなかったくせに業務の責任すら放棄したんだ。


「おいクソ下人っ早く俺達の、がっ!」

あくまでもトロルの狙いは俺ではなく魔術師だった。きっと強い人間から倒した方が効率がいいということを理解しているのだ。


「くっそ、魔術師を舐めるなよっ」

魔術師も魔術師でなんとか抵抗しようとしている。だが魔術師側の怪我が増えていくばかり。


もう一人の魔術師も戻ってきたが対して戦況は変わらず、じりじりと二人の魔術師は追い詰められていった。


俺も足を縛ろうと魔術を何回か発動してたけどそのすべては意味をなさず、平気な顔していた。


「くっそ、てめぇ!覚えてろよっ」

一人の魔術師が断末魔のように俺を睨みながら命を燃やした。


「………地獄に落ちろ」

もう一人の魔術師も俺にそう言って亡くなった。


「あ、あぁ、なんで、こんな」

震えて足がまともに動かない。どうしようもないほど情けないことだったと思う。


満身創痍のトロルがふらふらっと千鳥足になりながらもこちらに向かってくる。


腕は壊され片目はつぶれ出血に至っては致死量はとうに超えているだろう。


「ぐらぁぁぁ」

でも殺意だけはどうしようもないほど強く持っているようだった。


「俺、は」

生きたい、生きたい、生きたい、と何度も願った。


ふと後ろに転がる大量の下人の死体が目に入った。


「………そうだ、ギフト」

思い返すのは自分に渡された、もう使わないだろうと記憶の片隅に押し込んでいた唯一にして無駄な才能。


そしてそのギフト”共有”は死体だと無条件で共有できることを思いだした。


瞬間走り出した、醜く、小動物のように肉食獣に背を向けて走って、走って、走り続けた。


幸運なことに連戦のせいでトロルはそんな俺に追いつけるだけの素早さを出せていない。


このまま逃げてもよかったけれど、逃げたところでどうせ魔術協会の連中に追われて殺されるだけだ、意味はない。


「はっはっはっ”共有”」

死体と魔力を共有して、手に全身全霊の魔力を溜めて光の玉を作り出す。


魔術師を見捨てたことは空中を漂ってる一機の浮遊監視機によって多分オペレーターに伝わってる、きっと俺は業務放棄の罪で殺される。


きっと死ぬのが今か後かの違いだったんだ。俺はビビりだから後に死ぬことを選択した。


だったら最後くらい、仮面ライダーみたいに化け物を倒してかっこつけたかったって思っただけなんだ。


焼けるような痛みを我慢しながら放たれた巨大な光の玉はトロルの頭を吹き飛ばした。


「はっ、はっ、はっぁ」

俺の人生もこれで終わりだ、と思うと少し寂しくなってくる。


あの世に行ったらあの二人の魔術師にまずは謝らないとな、なんて考えていたけれど、俺に下された罰は懲役2年だけだった。


どうやら五大魔術家の一つ秋季家の遠縁の一人が俺のことを聞きつけて全力でかばってくれたらしい。


「私の家が持つ資金の2割を献上致しますので、今回のことはどうか許していただきたい」


今になってわかるけど多分その秋季家の遠縁の人は秋季様のことだったと思う。


感謝してもしきれないほどの恩を秋季様に作っていてたんだ。


責任を放棄した俺がこんな幸せに生き延びていいのだろうか、とふいに思うことは何度もある。


けれどその度に秋季様の恩返しのため、と言い訳をつけて目を逸らし続けてきた。


だからもし秋季様の命が危険にさらされたときはこの命を賭してでも守り切る覚悟はある。


もう逃げない、あのときみたいに情けなく敗走する姿はもう見せない。


俺は秋季様のために、生きるんだ。




























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