2.まずは胃袋から(side リリス)


 リリスは悩んでいた。

 返ってくるものを期待していたわけではない。すげなく扱われることも邪険にされることも、どちらかといえば想定内だ。追うことを苦に思ったこともない。尽くされてばかりのリリスが誰かに尽くす日が来るなんて、魔界がひっくり返っても起きるわけがないと誰もが思っていた。

 だからこそ、好きな人へ尽くす行為が、想う心がこんなにも浮き足立つ。恋に恋をすることは楽しい。だけど、現実は何故こうもうまくいかないのか。


 それはひとえに、真魚という存在全てがリリス・リリアンにとって想定外だったからだ。










ep.1 まずは胃袋から




・・・・・


「……顔、あっつーい…」


 真魚の家を飛び出して、電柱の上で膝を抱える。見渡す限りの住宅街は特別面白味もない光景だけど、今はそれが却って冷静になれる種だった。

 じわじわ、染みてくみたいに頬が熱を持って、なかなか冷えてくれない。向けられたフォークと、柔く笑む真魚を思い出してはしっぽが揺れた。

 真魚は滅多に笑わない。いつもいつも、私の言葉に怪訝そうな顔をして、くっつけば邪魔だと肩を押してくる。遠ざけられると何だか悪戯心がわいて、さらにくっつきたくなる。胸を押し付ければより嫌そうな顔になるのがおかしくて、最終的に真魚の小さな身体を抱き込んでしまう。怒られるけど、怒った声も私に向いてるのだと思えば案外悪くない。

 でも、いざ振り返る真魚を前にすると、私はなにもできなくなってしまう。真魚に何かするときは平気なのに、される側になると途端に幼い子供みたいに言葉が詰まって、真魚のことを正面から見ることができない。無視されるのも平気。追い払われるのだってなんとも思わない。

 でも、笑い返されるのはだめ。頭の中が真っ白になるから。


「…病気みたいね」


 重い重い胸の内、扱いずらさは今のところ人生で一番。人間でも同じ悪魔でも、甘い声を出せばすぐ言うことを聞いたのに、真魚相手だとそうはいかない。

 この大きな胸も長い脚も、とびきり可愛い顔も役立たずで。持てるものは全部持って挑んでるのに、真魚が振り返った瞬間意気地無しになってしまう。私、追われるより追う側だったみたい。

 そりゃあね、真魚にとっては別になんてことないんでしょうけど。食べさせあうなんて友達ともしてるはずだし。同じものを食べて同じ席について、笑いあって。

 そこまで考えてぴり、とこめかみが痛んだ。私じゃない子に差し出される真魚のフォークを想像して、一気に不快感が押し寄せる。自分の豊かな想像力にぐぅ、と喉が鳴った。


「うっ、自分の想像でダメージ食らうだなんて…悪魔にあるまじき弱さじゃないの…。生娘でもあるまいし…!」


 反省会は空の上で。リリスの本分は誘惑のはずなのに、そのどちらも真魚相手には通じない。性別の壁なんてとうに意味を無くした。問題なのは、真魚への想いを持て余していることだ。

 どうしてこんなにも惹かれるのか、自分でも説明ができない。顔がいいだけの人間も、バカみたいな金持ち相手でも、こんなに心が揺れることはなかった。













『── ねぇ、大丈夫?』




 初めて声をかけられた日のことを、生涯忘れることはできない。

 まだこんなにも鮮やかに真魚の言葉は色付いている。恋に落ちた日の、あの瞬間を。


「リリスちゃーん」

「ルカ君」


 思い出に浸っていると、電柱の下で小さな影が私を呼んでいた。ランドセルを背負ってぶんぶん手を振っている。それこそ姉弟らしく顔立ちは真魚によく似ているが、気遣いができるところはあまり似ていない。私に気遣う真魚なんて存在するのか、疑問ではあるけれど。

 羽を一度振るわせて浮かび、ルカ君めがけてコンクリートの大地へと降り立った。


「なぁに?ルカ君、早く行かないと遅刻しちゃうわよ」

「うん。リリスちゃんその格好だと捕まっちゃうからさ、上着持ってきた。姉ちゃんがごめんね、デリカシーなくて」

「…やだそんな、私が好きでやってるだけだもの。真魚が悪いんじゃないわ。…でも、わざわざありがとう」

「好きにやってるからこそ、いきなりカウンター食らわされたら困っちゃうよね」

「……」


 ルカ君は本当に怖い子。全部を見通せる眼を持ってるんじゃないかってたまに思う。渡された長めの上着に袖を通しながら、黒々とした深い瞳から視線を反らす。小学生らしい素直さと、子供離れした紳士さを併せ持った小さな味方。頼もしいけど、私の恋の先さえ見えてるんじゃないかって、ちょっとだけ怖い。


「あ、姉ちゃん今日グラタンが食べたいって」

「……任せてちょうだい!得意料理よ!」

「わーい。いってきまーす」


 まぁ今は、先のことなんて考えても仕方がないのだけど。未だ遠い道のり。ただただ地道に、今日も私は胃袋を掴むことに邁進する。

   

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リリス・リリアンは死んだ魚の眼を夢に見る 吏可 @stunk

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