夜、女子校の寮から抜け出すルームメイトを見逃す。支払いは体で。

ななよ廻る

夜を抜け出す支払いは体で

 同性に性欲があると理解したのは、中学の時に友人から嫌悪感丸出しで言われたことがきっかけだった。


『あんたとは、一緒に着替えたくない。気持ち悪いから』


 その言葉を3年間ずっと友達で、親友と呼べそうな間柄だったわたしに堂々と言える彼女は、精神が鉄でできていると思っている。


 自覚なんてなかったから、気持ち悪いと言われてそこそこショックだったのを覚えている。

 でも、最初は友達同士の戯れみたいなものだろうと、その場限りの言葉と思っていたが、その日を境に、体育やプールなんか着替えの時は必ず時間をズラされた。

 なんなら、女子なら当たり前に一緒するトイレすら置いていかれるようになった。


 そうした友人のわかりやすい変化から、段々と『わたしって同性が好きなのかも?』と自覚するようになっていった。

 無意識にスカートから伸びる真っ白な足を見ていたり、夏の汗で透ける下着を目で追いかけたり。

 わたしって男だっけ? と、性別自認を疑うまでになった。


 でもわたしは女で、幸いなことに生えていなかった。


 そうして、周囲との違いを理解させられて、わたしもヤバいなーというのは感じていた。

 ただ、自分が同性に性欲があると意識したせいか、前よりも胸や脚やうなじやおっぱいに目を向ける回数が増えていた。

 ちなみに関係ないが、中学の友人は胸が大きかった。友情にはなんの関係もないけど。


 これはまずいと思ったので、中学卒業を機にこの性欲と向き合うことにした。

 もちろん、爆発させるのではなく矯正する方向へ。


「そしてわたしは猛勉強をして、女子校の寮生活になりましたとさ」


 ……いや別に性欲を爆発させたわけじゃない。

 女しかいない花園で、立派な淑女となるためにあえて過酷な環境に身を置いただけだ。

 言い訳っぽく聞こえるが、一応本当だ。


 本当……なんだけど。


「部屋の真ん中で天井仰いで、なにしてるの?」

「来栖さ……下着!?」


 振り返ると、ルームメイトの来栖さんが立っていた。

 しかも、どうしてか下着姿で。

 黒の下着に包まれた大きなお胸がちょーせくしー……ではなく。


「そ、そそそんな格好で誘惑……じゃない。いくら女同士でもはしたないというか、礼儀というものが」

「見られても困らないから」

「でしょうね」


 大変ご立派なものをお持ちですもの。

 わたしの慎ましやかなお餅とは比較するのも烏滸がましい。

 でもそうじゃない。


「服は!?」

「着てるのも洗った。今、乾燥かけてる」

「ランドリールームからここまでその格好で帰ってきたの!?」

「そう」


 このように、わたしのルームメイトである来栖さんはとてもおおらかで開けっ広げだ。

 同性に邪な気持ちを抱くわたしとしては、非情に眼福……ではなく、困ってしまう毎日だった。


 入寮して3日だけど、わたしの同性欲どうせいよく(新語)を矯正しようという決意は、あっさり折れそうになっていた。

 ――そして、本当に折れたのが今日の晩だった。


  ◆◆◆


 2段ベッドの上がいい! という子どもみたいな理由で上段を頂戴した。

 わたしとは違い大人な来栖さんは『好きにして』と、まるで興味なさそうに下のベッドに潜り込んでいた。 

 わたしが子どもっぽすぎるだけかもしれないけど。


 ただ、実際に寝てみると困ったこともあった。


「トイレ……」


 夜中にもよおして、急いでトイレに行きたいのだけど、一々はしごを下りないといけなかった。

 意外と高さがあって駆け下りるのも怖い。


「漏れる。とても、漏れる」


 ようやっと階段を下りきって、備え付けのトイレに駆け込もうとしたら、入口の前に人影があって「ひぃっ」となった。


「起きたんだ」

「く、来栖さん?」


 なんだ。びっくりした。

 危うく決壊しかけて、もじもじと内股になる。

 さすがのわたしも、寮生活序盤から『お漏らしちゃん』なんて不名誉なあだ名を頂戴したくはなかった。


「もしかして来栖さんもトイレ? で、できれば先に……?」


 と、言っている間に来栖さんの格好がおかしいことに気がついた。

 寝間着ではなく私服。

 全寮制の我が校ではまず見ることのない、黒いパーカーにジーンズという格好を暗闇になれた目が映した。


「どこかでかけるの? でも、今から寮を出るのは校則違反」

「はぁ……」


 真っ当な指摘をしたら、これ見よがしに不機嫌なため息をかれてびくっと肩が跳ねた。

 昼間の時とは違い、鋭さの増した黒い瞳。

 敵意すら感じて後ずさる。


「いずれはこうなるかもと思ってたけど、意外と早かった」

「……えぇっと、もしかして毎晩抜け出してた?」

「そうだけど。あなたに関係ある?」

「連帯責任だから」

「……そうね」


 正論をぶつけたら、納得してくれた。

 意外と素直だ。


 寮生活はルームメイトと一蓮托生連帯責任。

 規則違反して罰を受けるのは、違反した人だけでなく、一緒の部屋で暮らすルームメイトもだ。

 この場合、わたしになる。


「理由とかは訊かないから、今日は残ってくれると嬉しいなー、なんて」


 それと、トイレに行かせてほしい。


 考えるように顎に指を添える来栖さん。

 おしっこを我慢していなければ、見惚れていそうなくらい絵になる。

 夜闇が似合う、格好いい女性だ。


「……見つかったなら、しょうがないか」


 来栖さんが零した言葉にほっとする。

 諦めてくれた。


「うんうん。夜は危ないからね」


 私も色々と危ない。

 尊厳とか、社会的地位とか。


 問題の先送りな気もするが、そうした現実には目を背けておく。

 なにをおいても今はトイレだ。

 来栖さんの横を抜けて、トイレのドアに手を伸ばしたら――がしっと手首を取られた。


「あ、の……私急いで」

清水しみずは女が好きなんでしょ?」

「えやぅえ」


 急な呼び捨てに驚いている暇はなかった。

 止まり木で休んでいたら、不意に猟銃で射抜かれたように心臓が竦んだ。

 こうもわかりやすく図星を突かれることがあるんだ、と1周回って冷静な頭がどうでもいいことを考える。


「な、そ、そんなことは」

「胸、よく見てるよね」

「……」


 大好きですけど、カミングアウトする気にはならなかった。


「清水は私が夜抜け出すのを黙っている。代わりに私は体で対価を払う」


 わたしの了承なんて訊かないで、掴んだ私の手を導く。

 その大きな胸に。

 柔らかい。

 厚手のパーカーの上からでも指が沈む。

 おっぱいってこんなに柔らかいんだって、動揺よりも先に感動してしまう。


「約束だから」

「え、あ」


 耳元で囁かれて、声が上擦る。

 来栖さんは何事もなかったように部屋を出ていって、わたしはそれを見送ることしかできなかった。


 膝から崩れ落ちて、ぺたんと尻餅をつく。

 わけもわからないまま、手に残った感触だけを反芻して、


「あ……」


 おしっこちゃんというあだ名がわたしの中で確定した、そんな夜だった。


 こうしてわたしは、同性への性欲を矯正するどころか、踏み留まっていた一線を超えて、より深い沼にハマっていくことになる。

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夜、女子校の寮から抜け出すルームメイトを見逃す。支払いは体で。 ななよ廻る @nanayoMeguru

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