小休止にて

 それから、私は遠巻きに嫌がらせはされたものの、盲信者に取り囲まれて粛正騎士の元に送られるような真似はなかった。

 あれは先生が行き過ぎた人だったのか、潤也先輩が対処してくれたのかが、私にはわからなかった。


「大丈夫まりな? さっきの選択科目のとき、バタバタしてたから……」


 みはるには心底心配されて、私はぐんにゃりと机にくっつく。


「なんかもう、本当に嫌……イケメンに言い寄られてもいないのに、そんな風にやっかみ受けるなんて」

「そうだねえ、付き合ってるとかですらなく、しゃべってるだけで勝手にモテてると言われてもねえ」

「そうそう……」


 正直、幻獣を差し向けられるとかのほうが、まだ殺せるだけマシだった。人間の悪意はひたすら逃げるか耐えるかしかないから、どうしようもない。人間は殺してはいけない。

 私がげっそりしているのを見かねて、「今日放課後暇?」と聞かれる。


「まあ……今日は予定は特にないけど」

「そっか。なら一緒になにか食べに行こうよ。最近まりな、なんか忙しそうだったし」

「ん……」


 このところ、たしかにずっと聖女フォルトゥナのことばかり考えないといけなくって、普通の高校生活も放課後に遊び歩くこともなくなっていた。

 いいのかなあと思うのは、いるってわかってしまった粛正騎士団のこと。フォルトゥナ教がどれだけ幅を利かせているのかも、今の私にはわからないし。でも。

 今は本当に、それらから距離を置いて、ただ甘い物だけを食べたかった。人間、どれだけ体によくっても、脂のない鶏ムネ肉やらお酢しかかかってない野菜やらだけ食べていられない。体に悪くってもサシの入った牛肉だって、砂糖いっぱいのケーキだって食べたかった。


「……行きたい。なんかものすごく甘いもの食べたい」

「よしっ、なら一緒に行こう!」


 こうして、私はみはると一緒にお菓子を食べに行くことになった。普通の高校生らしいことができることに、私は少しだけそわそわドキドキしていた。


****


「ここのアップルパイ! ずっと食べたかったんだよねえ」

「わあ……」


 ほかほかの温めたアップルパイに、ポンとスタンプのように乗せられたバニラアイス。熱を受けて少し蕩けているのがこれまたおいしそう。一緒に頼んだのは私はマグカップのカフェオレで、みはるはミルクティーだった。

 アップルパイも種類があり、私はオーソドックスな編み目のアップルパイ。中はシナモンシュガーで味付けされたりんごがみっちりと詰まっている。一方みはるの頼んだアップルパイはりんごをキャラメリゼにした奴で、これまた香ばしい匂いを漂わせていておいしそうだった。


「おいしい……幸せ」

「だよねえ。アップルパイは幸せが詰まった味してるから。でもどうしたの、本当にまりな」

「なにが?」

「うーん。茜と出かけてから、なんだかまりなの様子がずっとおかしかったから。いや、それ以前にフォルトゥナ神話について知ったときから、かな?」


 私の親友は、すっとこどっこいな部分も多数見受けられるけれど、基本的に友達思いのいい子だ。今はそれを向けてほしくはなかったけれど。

 私はアップルパイを食べるので口を塞ぎながら、どう返すかと考える。

 みはるはミルクティーを傾けてから続ける。


「わたしはまりなが楽しいんだったら別にいいんだよ。イケメンに囲まれてるって、ときめくしね。でもときめかないで囲まれた挙げ句にやっかみを受けるんだったら、離れたほうがよくないって思うんだけど……どう?」

「……ごめんね、みはる。心配かけて」


 言えないもんなあ……。

 あの人たちと一緒に、前世で聖女に盾突きました。負けました。今も負けてるせいでペナルティー負っているのでなんとかしようと思っていても、なにをどうすればいいのか、皆が皆わかっていません。なんて。

 まず前世の話から説明しなくちゃいけなくって、どう考えても頭がおかしいと病院を勧められる未来しか思いつかない。

 私が黙り込んでしまった中、バニラアイスをアップルパイにかけて、「あーん」とみはるは頬張った。


「まあ……言いたくなってからでいいよ。わたしにも言えない話だってあるだろうしさ。ただ、心配はしてるし、話してくれることを待ってるとだけは宣言しておかないとと思っただけで」


 そこに私はジンと胸が熱くなる。

 前世において、私はとにかく女の味方がいなかった。聖女フォルトゥナの信者しかいなかったから、聖女フォルトゥナに盾突いた時点で、私は敵だったんだから、行儀見習いの場所にいられなくなって、逃げ出すしかなかった。

 こうして現世で女友達ができて、少しだけ呼吸がしやすくなったのだけは、生まれ変わってよかったことだと思う。


「……恋したいだけなのになあ。なんか攻撃ばっかりされて、そんな暇が全然ないんだよ」

「うーん。前にも言ってたよね、それ。恋って、そんな考えてからじゃないとできないものなの?」


 そうみはるに言われて、私は首を振った。


「なんだか、恋にうつつ抜かしている間にひどい目に遭いそうで」

「うーん、あの写真のあれこれがなくならない限り、たしかに誰かひとりを好きになったら、その時点でひどい目に遭いそうだもんねえ。でも、成就しなくってもいいんじゃないの」

「え……」


 それは考えてもいなかったことで、私は驚いた。


「どういうこと?」

「だって心の中だけは自由なはずでしょ。ただ好きだなあと思っていて、行動は起こさなかったら、攻撃される理由はなくない?」

「……そっか。そうなのかな」


 そうは言っても。

 今の時点で前世で一緒に頑張って生きてきた仲間って感じで、誰に恋しているとか考えたこともなかった。

 ウエスタは前世、一番好きだったのはムルキベルだったけど。私は茜に対してどう思っているかとかは……あんまり考えたことがない。

 誰に恋するべきかとか、考えてるだけなら大丈夫なのかな。


「妄想だけは、誰も傷付けないはずだよ」


 そうみはるに促された。

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