強制脱出ゲームと記憶の檻
窓を開けてみるものの、四階には中庭の木は届いていなかった。スマホは教室に置いてきたし、もうすぐ授業だから下には人がいない。助けも呼べない。
だからといって、ここで素直に大人しくしていても待っているのは懲罰騎士に連行されて、煉獄に入れられる……。
覚えていないはずなのに、歯がガチガチと鳴る。寒くないはずなのに、肌が粟立って鳥肌が出ている。どう考えてもひどい目にあったとしか思えない。
なんとか逃げられないかとキョロキョロしていたら、配水管が伸びているのが見えた。強度的に不安があるけれど。あれに捕まりながら、まだ落ちてもそこまで怪我しない二階まで逃げられたら、あとは飛び降りれば助かる……かもしれない。
嫌だよ、三度目の人生を寿命以外のデッドエンドで終わらせてしまうのは。そう思いながらも、私は意を決して窓を大きく開けると、配水管目がけて飛び降り、配水管の上から壁伝いに必死に降りていった。
足下はなんか今にも底が抜けそうなほど柔らかくて怖いし、ここから少しでも滑ったら頭を打って死ぬ。ただでさえ四階なんて中途半端な高さは怖いのに、そこからなんとか二階まで逃げないといけないのはやりきれなかった。
風が吹き、スカートが捲れ上がりそうになる。それでも抑えることもできない私は、風で足下が狂ったらどうしようと思いながら、必死で歩みを進めていく。やがて、壁面に出て、二階のほうまで飛び降りれそうだった。私は水道管に捕まりながらなんとか飛び降り、ここから地面に飛び降りれそうな場所を探す。
「うう……地面が近いと余計に怖い」
四階だと落ちたら死ぬという危機感があったけれど、二階は二階で地面が中途半端に近くって、落ちたら痛いっていうのがストレートに想像できて怖かった。
でも、とにかく逃げないと。私は意を決して地面に向かって飛び降りようとした……芝生の上だったらいいけど、そのまんま中庭のコンクリートの上に落ちたら、骨折するんじゃないかな。それはそれで痛いな。そう思っていたら。
「あーあー……天女やないのに、そんなとこから落ちてこんでもええやろ」
「……はい?」
私は思いっきり伸ばされた手で受け止められてしまった。地面に激突したら死ぬ、という恐怖は、抱き締められた腕の存外な力強さと、いきなり薫ってきたウッド系のいい匂いで、霧散してしまった。
「ああああああ……潤也先輩!? もうすぐ、授業だったのにどうしてここに」
「サボリー。でも自分はそんなキャラちゃうやろ? それも校舎から飛び降りてきて。どないしたん?」
「……実は」
正直、懲罰騎士のことについて、よりによって潤也先輩に話をしていいのかとは思った。だって潤也先輩が聖女フォルトゥナとなんらかの関与をしているかの疑いは、まだ晴れてないのだから。
でも同時に、今は大丈夫じゃないかという一種の祈りがあった。
もし潤也先輩が、私のことを聖女フォルトゥナに報告したら、彼女は四の五の言わずに私を煉獄に放り込んでいただろう。わざわざ逃がす意味がわからない。
ただ……彼は女に惚れっぽい。だからウエスタから平気で聖女フォルトゥナに心変わりできた訳で。今は前世のオケアヌスよりも、現世の潤也先輩のほうが強いと賭けるしかなかった。
「……聖女フォルトゥナの盲信者に、教室に閉じ込められたんです。このまま、懲罰騎士団に引き渡すとか」
「……それあかんやろう」
一気に潤也先輩の声の温度が下がった。これは……。私は「あの」と声をかける。
「そろそろ降ろしてください」
「えー……ええやろ。もうちょっとくらい。今くらいしかまりなちゃん独り占めにできんのやし」
「困ります……私、今校内で針のむしろに住んでるんですけど」
「あー……なんやむっちゃ写真貼ってた奴?」
「……知ってたんですか。あれいったい誰に撮られてたのかわからないんですけど、あれを見てから、皆のファンから執拗に攻撃受けてますし……盲信者まで釣れてしまって」
「ほーん。で、まりなちゃん閉じ込めたんはどいつや?」
「え……選択科目の先生ですけど」
「ほーん……」
潤也先輩は少し目を細めると、やっと私を地面に降ろしてくれたあと、パンパンとスカートやら制服の乱れやらを叩いて直してくれた。セクハラ臭くならないのは、本当に制服の裾にしか触れてないからだろう。
「……ありがとうございます」
「ええねん、ええねん。でも今日はその授業受けんほうがええやろ。大人しく保健室行っときぃ。保健室の先生はさすがに盲信者ちゃうやろ」
「はい……ありがとうございます」
私は潤也先輩に挨拶を済ませてから、急いで保健室のある体育館まで走って行った。
……でも、潤也先輩どうしてわざわざ私を閉じ込めた人を聞いたんだろう。なにか違和感を覚えて、私は考え込む。
潤也先輩の前世のオケアヌスは吟遊詩人であり……実家はウエスタの実家とは比べものにならないほどの貴族だったはずだ。次男であり、受け継ぐものがなにもないからと放蕩の果てに吟遊詩人になった人。
家の関係で、実家は神殿に多額の寄付をしていたはずだけど……彼自身は最初から最後まで盲信者とは程遠かったはずだけど。
でもなんだ。ものすごく違和感がある。そういえば。
潤也先輩に頭を撫でられている写真。あれ、普通の方法だったら写真は撮れない。朝はそこまで閲覧席には人がいなかったし、司書さんは返却箱に入った本の処理に追われて閲覧席の方は見ていなかった。
あの写真……まさか。
私は潤也先輩がいたほうに振り返ったものの、もういなかった。
……あなたは、前世でも現世でも、私たちを、私を、裏切るつもりなんですか? 声にしたくても、喉になぜか言葉が絡みついて音にはならなかった。
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