日常
もち
日常
彼女は毎週決まった時間にこの駅のホームに訪れる。特に何をするわけでもなく、ただ駅にある椅子に座ってじっと電車が流れていくのを見ているのだ。僕はただそれを反対側のホームからいつも見ている。僕の目には彼女の姿が一際よく映るからだ。みなまで言わなくともわかる、僕は彼女のことが好きだ。
彼女がホームに訪れることはもう何週間も続いて、季節が移ろい、彼女の装いも変わって、年月を重ねた。それでも彼女はいつも通りこのホームに来ていた。いつしか短く切った髪も胸くらいの長さまで伸びて、苦手だと言っていたメイクも見違えるほど上手になって、自信なさげだった瞳も輝きに満ちて。確かな時の流れがそこにあった。
ある時、彼女はまったく来なくなった。少し時間が変わっただとか、一回忘れたなんてものじゃない。数ヶ月も彼女はこのホームに姿を見せなかった。僕はとても悲しかった。でももっと悲しかったのは、姿を少し見せたかと思えば、隣には優しそうな雰囲気の男。仲睦まじそうに話しながら、電車に乗る。
おかしい。おかしいのだ。彼女は決まっていつも1人。電車にすぐに乗ることなんてないのに。彼女はあの男に騙されているのだ。なんとかしなければならない。そう思っても、僕は彼女に話しかけることすらできないのだから、どうしようもない。醜い嫉妬が僕を渦巻く。ああ、どうしてこんなことに。
それから彼女はまたこのホームに来るようになった。またあの男を連れてくるのではないかと警戒していたが、全くもってそんなことはなかった。またあの日常が戻ってきたのだ。僕と君だけの毎日が。
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私は毎週決まった時間にこの駅のホームに訪れる。特に何をするわけでもなく、ただ駅にある椅子に座ってじっと電車が流れていくのを見ているのだ。無意味な時間を過ごしているかのように思われるかもしれないが、この時間は私にとって大切な時間なのだ。
一年前、愛する人がこの反対側のホームから転落して亡くなった。転落というよりも飛び降りに近いのかもしれない。遺書には、彼が長い間、様々なことに悩んでいたことが書き残されていた。でも、決して私のせいではないと何度も何度も書き綴られていた。それでも私は自分を責めることをやめられなかった。ずっとそばにいたのに、何も気づけぬまま、彼を苦しめたまま、別れてしまった。私がこのホームにいるのは、あの夢みたいな出来事が夢であって欲しいと、もう一度彼に会いたいと、叶わぬ願いを抱いているからだ。
一度は新しい誰かとお付き合いしてみようと思ったけれど、やはり彼のことが頭をよぎって上手くいかなかった。ああ、どうしてこんなことに。
そして今日もまた私はこのホームに訪れる。彼の影を求めて、反対側のホームに視線を向ける。あの日、あの出来事から私たちの日常は崩れ落ちた。私とあなたの毎日が戻ってくることはもう二度とないだろう。
日常 もち @mochichi_002
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