【短編版】ハッピーエンドをはじめから
緑茶好き
【短編版】ハッピーエンドをはじめから
「どうしてこうなったんだろうな……」
ベンチに俯きながら力なく諦めを吐露する。オレにとってはそれをつぶやくこと以外にする気力がなかった。
職業は『アダルトゲームの企画・制作』で年齢的にもラストチャンスとなり、人生を賭けるオレにとってはそのままの意味でクリエイター生命を賭けていた。
当人にとってできる限り真摯に取り組み、業界を渡り歩いてしがみついて、その果てにようやく手に入れた『チャンス』だった。もちろん手に入れたときは心の頼りにしていた幼馴染に自慢して祝ってもらったりと、やる気十分に今までで得た知識と経験をつぎ込んで文字通り命を懸けて作品を作り上げたと自負している。
週刊少年チャンプの看板漫画家やアニメ脚本家の友人たちにも負けない作品だった。アニメ化やコミカライズしたときは、なんて皮算用の話もしたりした。
それがふいになり一瞬で水の泡となって溶けてしまったのだ。チャンスを生かすことはおろか表に出ることなく廃品、つまりは発売中止。
大々的にPRもしてしまい今更発売するにもキャスト変更では戻りきれないところまできてしまっていた上での発売中止である。
きっかけはなんてことない、事務所の取締役とメイン声優の間であった『枕営業』という事実に基づいた不祥事。しかも悪いことにそれを事務所側が全面的に認めてしまったことだ。
振り返れば、元々声優については希望を伝えたものの音響監督側からの起用だったため、メインヒロインは希望通りに受け取ってもらえずモブキャラのみ要望が通りメインキャラは音響監督の好みで選ばれてしまった。知名度や広告にあたり「本人がもっていたフォロワー数という数字はそこそこあるから」というプロデューサーの音響監督側を立てる意見もあり、制作サイドも強く言えなかったのも原因の一つだった。
業界を辞めるにしてもアラサー手前の、それもアニメや映像制作、ゲーム業界しか知らない男がこれから先で別の業界で成功する未来はあるのか。
「これからはもうアニメもゲームも、いらない……。一般職につくよ……」
オレにとってアニメやゲームは人生の全部だった。小学校でアニメを知って中学校でラノベにドハマりし、高校に入って業界で生きることを夢見て希望を掲げて上京する。
おそらく一度はみんなも考えたんじゃないか? アニメやゲームクリエイターで生きていく未来を。そしてオレの場合はそれにプラスして、憧れていた業界も闇が深い事を知っても現実を見ることができず惰性で続けてここまできた。ほかに選択肢はないからと惰性なりのプライドでしがみついていたけど、その結果がコレである。
古今東西、声優の不祥事なんていくらでもあった。推しの声優が結婚という喜ばしく悲しいものからスキャンダルで一気に知名度を落としてみなくなった声優だっていた。それが当人に返ってくることなんて想像すらしていなかった。いや、予測するなんて無理なことだろう。
「そっか……祥平も心、折れちゃったんだね……」
隣に座る幼馴染はそんなオレに、同情するように声を重ねた。本当の意味でクリエイターになったオレをオレ以上に喜んでくれたのは隣にいる大切な幼馴染だった。
「それなら一緒に……辞めちゃおうよ」
甘く特徴的な声から発せられたのは、なんて優しい誘い文句だろうか。
そしてそれを言わせてしまったオレはどんな顔してるんだろうか? きっと情けないに違いない。
すべてが嫌になる。
「お前は……ななかはいいのかよ。事務所だって」
「いいよ? 祥平がいないなら私も続ける意味ないもん」
ああそうだ、いつもこうだった。こいつはオレのことに関しては大切なことも諦められる。
「もうあの事務所に未練なんて残ってないよ」
するりと手を絡めながら吐き捨てる。
「結局私のことも同じ事務所のひとたちも一人のオナホとしかみてないんだよ、あの社長さん」
今度は手から腕に移動して自分のデコをぐりぐりとこすりつける。甘えるような仕草とは裏腹に放ったその言葉は怜悧にして棘しかなかった。
「だから私の声優としての物語は、これでおしまい」
そして愛おしそうに腕をゆっくり抱きしめながら、甘えるようにねだってくる。その行為にオレは止めることはできなかった。いや、止めたいとすら思わなかった。
「明日からは、祥平と一緒だよ? どこに行っても何をしても、ずっと一緒。普通の人になるなら私も普通の人」
甘く囁くその言葉が深く心のすべてに絡まってくる。
「だから……今日はもう忘れよう? 全部、忘れちゃおうよ」
「わかったよ。もう、全部ななかにあげるよ」
「……うん」
絡めていた腕を一度ほどき、手を取り合いながらベンチから離れる。向かう先は、明るいライトに照らされたホテルだった。
疲れ果てて寝た俺たちを迎えたのはお互いではなく部屋に入ってきた従業員だった。なんと寝過ごしてモーニングコールを盛大に越してしまったらしく、追い出されるようにホテルを後にした。
その足で駅に向かい示し合わせるように同じホームへ降りた。
「にゃはは……。従業員さん、迷惑そうにしてたね?」
「まぁやっちゃったもんは仕方ないよ。結局我慢できなかったオレが悪いし」
「はたしてそうかな? 私は満足してるよ? 優しくしてくれたし、ちゃんと最後までしてくれたし?」
「ちょっ、ここもう外だから!」
「にししっ」
八重歯を覗かせながらいたずらっこのような笑顔を浮かべるななかを見て、なんだか少しだけ余裕が出てきた。
「そういえばお母さんが祥平にあいたいって言ってたよ? お父さんもなんか言いたそうだったし」
こいつさぁ……。
「お前なぁ……このタイミングでそれ言うか? 普通」
「普通じゃないから言うよ~? って言っても、これからは普通の人だからこれが最後ってことで許してちょっ☆」
「しょーがねぇなぁ……」
駅に着くまで他愛ない言葉のやりとりだったけど昨日とは気分が違う。なんとなく自分である程度見切りは付けられたんだろうか。
「とりあえず家に顔出してからお前んち行く流れで」
「わかったよんぐ」
「よんぐ」
そして意味のわからない言葉はこいつのいつもの癖だから今更気にしない。つまりはこいつなりに消化できた、ってことでいいのか?
電車に乗り込んで窓の外に映りこむ太平洋を二人で眺めながらぼーっとすること数時間。口数も少なくなってきていよいよ最寄りの駅が近づいてきた。
「いいんだよな? その、そういうことで……」
「んんー、言葉にしてくれないとわからないにゃぁー」
「調子のんな」
「あだっ」
額に向けてチョップをすると嬉しそうにデコを当ててくる。
「風情もクソもねぇけどいいのかよ」
「いいのいいの。祥平からその言葉が聞けるほうが嬉しいもん」
「わかったよ。オレは……」
嬉しそうに次の言葉を待っている幼馴染に俺がかける言葉はたった一つ。
「お前のことが――――」
『車両緊急停止します! お乗りのお客様は手すりなどに掴まり衝撃に備えてください!』
アナウンスと共に強烈なGは俺たちを襲い、車内が反転してオレたちは地面に衝突した。オレたちはそのまま意識とともに生命活動を閉ざした。
意識を覚ますと、外からは小鳥の鳴き声がきこえ、シャッと何かが開く音と閉じているのに明るく感じる目の違和感を覚えた。
知らない天井は言ってる場合じゃない? たぶん。
ナースの人はいないけど周り見たら個室っぽいところに入れられたようだ。
そして入院している、ってことは記憶を辿れば小学3年の頃だと思う。小さい頃の記憶がめちゃくちゃ曖昧だったけど、そういえば小さい頃入院していたなってことを思い出した。
まさか自分が体験する側になるとは思わなかったけど、言ってしまえばタイムリープだろうなとは思う。ということはななかもこっちに来てるんだろうか? 早く会いたい……元気かな。
しばらくぼーっとしていると、外から走るような足音が聞こえてきた。そして足音は部屋の入口で止まりガラッと大きな音を立てて開いた。
「祥平!?」
「大丈夫!? しょうちゃん!」
「あ、うん、だいじょうぶ」
父さんと母さんが慌てた様子で入ってきた。……まだこのころは別れてなかったっけか。なんだか懐かしいような思い出したくないような。
「しょうちゃん、階段から落ちちゃったから記憶が飛んでないか心配だったけど」
「無事、みたいだな」
「うん、だいじょうぶだよ、父さん、母さん……」
あれ? この頃って呼び方違うよな?
「パパ、ママ。ぼくは大丈夫だから」
「あ、ああ、そうみたいだな」
不思議そうにこっちを見ながら安否を確認する父さん。
「なぁ祥平。俺たち引っ越ししようかと思ってるんだ」
「そうなの?」
「ええ。お父さんの仕事でね、関東に引っ越ししなきゃなの」
父さんの仕事は音楽家だ。
音楽家と言っても多岐にわたるが、言ってしまえばプロのベーシストで特定のバンドを組まず、企業に所属してその時に依頼された楽曲の演奏でベースを弾く人だ。
趣味は酒とゴルフと楽曲作成。休みの日はのんべえになっているか、作ったBGMをフリー楽曲としてYouChubeに投稿したりしている。一部はアニメのBGMに使われたこともあるらしい。
「もちろんここに居たいならおじいちゃんちに住むこともできるけど……」
「ううん、一緒にいくよ?」
「そう? 友達と離れ離れになっても大丈夫?」
「だいじょうぶ」
だって大人になっても幼稚園や小学校低学年の頃の友達いなかったから。元々大人になってから疎遠になったり連絡先がいつのまにか消えた人もいる。
つまりは今の関係性は切り捨てても大丈夫ということ。いや、こんなこと考えている子供は普通いるか? うん、いないね。
「それでいつから引っ越しするの?」
「先生に聞いてからだけど、しょうちゃんが退院してからよ」
「準備とかは俺たちでするから、祥平はゆっくり治して健康になるんだぞ」
「うん、わかった」
引っ越し先は東京まで1本でも行ける駅で、駅までは車が必要なものの、閑静な住宅街という。そして重要だが関東の海沿いらしい。電車の路線より海の方が近いとはなにごとか。まぁいいや。
元の引っ越し前の家については昔の記憶を探っても思い出せない。かろうじて古めのマンションっぽいところ、くらいしか覚えてないからそんなもんなんだと割り切る。
しばらくは入院が必要らしいしゆっくり休んで引っ越しに備えることにするかな。それよりもななかに早く会いたい。思ったよりもクリエイターの頃の記憶より直前にななかと話していたことのほうが重要らしい。
引っ越し先で会えるかな……?
引っ越し当日。
懐かしい街並みに懐かしい家々、遥か昔に歩き慣れていた道を車で走る。
「しょうちゃん覚えておいてね~。ここがしょうちゃんの登下校の道だからね~」
「はーい」
返事はしておくけど、すでにわかります母さん。何度も歩いていて見覚えのある店を発見して懐かしい気持ちになる。
そうして車で走ること10数分くらいで目的の家が見えてきた。母さんから降りる準備を言われたけどシートベルトを外す以外にオレのやることはないんですが。
「何言ってるの? お隣さんにご挨拶するのよ。前言ったじゃないの、しょうちゃんと同い年の女の子がいるって」
そういえばそんなことを言ってたね……ん? もしかして……。
とオレが考えてると先に父さんと母さんはお隣さんに挨拶していて、ちょうどお隣さんが出てくるところだった。そして女性の足の後ろに隠れている、横で結わえているツインテールが似合う黒髪の少女を見て目を見開いた。最後に別れて、手を離してしまったあの日の彼女は栗色でショートだったが、顔の面影は幼くしたままで。
彼女も目を開けてゆっくりこっちに、オレの方に歩いてきた。
「覚えてる? 私だよ……祥平」
「覚えてるよ。遅れてごめんね……ななか」
お互いに確認できて安心ができたのか、膝から崩れ落ちるようにして、二人で泣きあった。あの最後の前日から電車が飲み込まれるまでの記憶を思い出し、手を離してしまった後悔から二度と離さないと誓いながら。父さんと母さん、ななかの母さんが何か言っているのすら気にならないくらい、目の前に存在しているななかを大切に抱きしめた。
「「未来からタイムリープしてきた?」」
意識は両方がある、ではなく経験や記憶だけがインストールされたような感じで無事両立できている。
そういう話はたくさん読んできたけど自分が体験することになるとは思ってなかった。あとは現場を渡り歩いたこともあり、ある意味で耐性ができていたんだろうと思う。ななかは演じるほうだから多分大丈夫。
と、ななかからアイコンタクトが飛んできた。……わかったよ。
「オレは20年後の世界から飛んできた」
「そして私たちお付き合いしてました」
「「お付き合い!?」」
情報爆弾を連続でだしておけば勢いで乗り切れる説。そう、未来のことで20年前の両親たちが何をしていたか、隠しているものは何かを暴いてしまおう。そう、それが一番手っ取り早い。わかったなななか。うんわかった。
ということであっさり暴露話にシームレス移行する我ら。将来うちの両親は離婚すること。原因は父さんのほうで、YouChubeに投稿しているBGMが権利に引っ掛かり契約が解除されてしまい、荒れてしまったことで酒浸り、呆れた母さんが離婚を言い放つ。父さんも母さんもどっちも苦労してしまう結果になり父さんは急性アルコール中毒で逝去、母さんは過労で入院することもあった。
そうならないために父さんには所属中の事務所と話をして個人事業に移行して提携する形かもっと良い条件をすり合わせて変えてもらい、母さんには一度人間ドッグを進めた。そしてなんでオレはコンサルティングみたいなことをしてるんだ?
ななかのほうは特に離縁話はなくむしろ夢を叶えていたことで喜び話になっているらしい。将来の話をするにあたってオレは言葉を濁しながら界隈の苦労話をそれとなく話する。そしてついでにお付き合いしてないほうの幼馴染たちも順調に夢を叶えた話もする。実際夢を実現できてないのはオレだけっていうね。
「なるほど……お前がタイムリープ? というのをしてきたというのはわかったが……」
「しょうちゃん、これから何をしたいの?」
「……ごめん、わからない」
そう、それがわからない。この体になってからあの業界にまだ夢を見ているのか、業界はイヤになっても趣味までは嫌いになれない。
そして今のオレは……まだ燻っている。
「そう、か。でもまぁこれから長いんだからゆっくり決めなさい」
父さんはオレの頭にポンと手を乗せる。母さんは困った顔でオレたちを見ている。
「ねぇ祥平。業界に戻りたい?」
どうしようか迷っているオレにななかは真剣な顔で問いかけてきた。
「私は……戻るよ」
オレは……。
「祥平は……?」
「わからない」
どうしようもできず結果を先延ばしにするしかなかった。
「そっか……」
表情を変えずそう言ったオレの幼馴染はそれ以上追及をしなかった。その3文字にはどういう意味が込められていたのだろうか、呆れられてもしかたない。
いつか変わる日はくるんだろうか……。時間なのか意志なのか、なにがオレの問題を解決してくれるかわからない。
なぁ、どうすればいいと思う? オレ。
「まぁまぁ、いろいろありましたけど、今日は顔合わせと言うことで」
ななかの母さんが切り出した。お互いの空気が良くないことで気を遣ってくれたんだろう。
「そうですね、また機会があればお話ししましょう」
「ええ、そのほうが良いみたいですし、ね?」
ななかの母さんがオレの方をみながら言うが、オレはなにも答えられなかった。
この世でのファーストコンタクトは最悪の印象で終わった。
すげぇ情けねぇぞ、オレ……。
その日はそれで解散となり、夕食も食べて今は一人部屋に籠っている。
考えるのは今日の昼言われたこと。
(ななかは……進む道を決めたんだな……)
比べるのは良くないけど自分はどうなんだろうか。
遠くなっていく背中、ようやく見えた背中がまた遠くなるような幻視。二度と味わうものかとムキになって仕事や交渉に取り組んだけど、今はできることがない。
そもそもオレ自身業界に戻りたいのかという気持ちがわからない。あれほど苦痛を味わって挫折したのに……。諦めたい自分と諦めたくない自分がいて、考えていることがぐちゃぐちゃになる。わからない。
と考えていると窓の外からコンコンとガラスを叩く音が聞こえた。
「やっほ祥平」
「って、お前! どっから……って、ベランダからか」
「正解~☆ というかちょっと寒いから中入れて~」
「考えなしがよぉ……」
仕方なく窓を開けて部屋の中に招待する。
「わ~懐かしいなぁこの部屋ぁ~。なんか安心したよ」
「言われてみればそうだな……」
部屋のレイアウトが昔から変わってない。未来の記憶でもあまり部屋の中を変えた記憶はなく……。
「あとはラノベとか漫画があれば未来再現だね」
「それはオレが大好きなラノベが出てないからだし、そもそも今は本当だったらアニメも見れたかどうかだったろ」
「にししっ、そうだったね、ごめんごめん~」
懐かしーとか言いながら部屋を回っていて、最終的にはベッドに伏せた。完全にくつろぎモードである。
オレですらまだベッドに入ってないって言うのに……。
「細かいことは言うにゃー」
まだ言ってねぇよ。言うところだったけども。
「それで? 悩みは晴れた……様子じゃないね?」
「……。当たり前だろ」
一瞬反応が遅れたけどななかの言いたいことはわかる。
「こーいうときって、なんて言うんだろうね? 視野狭窄みたいな言い方の~」
「別になんでもいいだろ。オレはもう公務員で良いんだよ」
口にしてわかった。そうだ、自分は安定した生活が良いんだ、たぶんそうに違いない。口から先に出た言葉でもしっくりきている。
「うーん、それってただ怖がっているだけじゃないの?」
「なっ、何を理由に!」
「その心は?」
「その心は……」
痛いところを突かれる。口からの出まかせはこいつには通用しない。半端な気持ちが許せないんだろう。
「あのね? 公務員も良いと思うよ」
「あ?」
さっきと言ってることが違うじゃねぇかよ。
「でもそれってただ公務員を目指すだけじゃん? 何かがあって」
「……何が言いたいんだよ」
「まだ未練が少しでもあるなら、一緒にクリエイター目指そうよ」
「一緒にって……オレはな、もう足を洗うって決めたんだよ」
「うん、それは未来の話だよ」
未来……?
「そう未来の、それもあったかもしれない話! だって私たち、タイムリープしたじゃん?」
……確かに未来の話で今はまだその道の途中で……いくらでも変えられる話だけど……。
「でもこれが夢の話だったらどうするんだ? 将来目指しても同じ結果を辿ったら?」
それが本当にあったら―――。
「ねぇ? いま、今度こそ本当に心が折れたら、って考えなかった?」
「……」
「にしし♪ それがまだ未練が残っている証拠だよん」
「んぐ……」
その通りだ。公務員が良いと言った。それはその通りだけどまだ夢が奥底にこびり付いている。いくら剥がそうとも脳裏に深く刻まれた夢や憧れが剥がれない。
「じゃあさ、視点を変えてみればいいんじゃないかにゃぁ?」
視点って……いきなりなんだよ。
「私って声優でしょ? 事務所所属の売れないマイナーな声優だったでしょ? 事務所には所属するけどあんなダメダメな大手事務所じゃなくて実力至上な事務所に所属する」
それは……。
「そしてその前にゲーム実況や歌ってみたとか私が全部やりたいことをやって実力を積んでから事務所に殴り込むの。
諦めてた時間もコネも今からなら自由に選びなおせる! だから私は、もう一回、声優を目指すの! そして頂点……まではいかなくても超有名な人間になる!」
オレはななかの顔を見れなかった。キラキラするような顔で熱量の高い宣言に置いて行かれたと感じてしまった。
「まぁ完全に心が折れちゃった祥平と比べてまだ軽いからこんなこと言えるし、あの日のこともあったからまだ心が整理できてないんだと思うの」
「そりゃそうだ。お前みたいにスパッと割り切れないよ」
だから惰性でも業界にしがみついていたというのに。でもそれが土台ダメだったのかも知れない。
ニヒッと悪だくみをするかのようにななかは笑った。
「だからさ祥平。私を超有名な声優にするために手伝ってよ」
手伝ってって……なんでこいつは明るく言えるんだ?
「祥平パッパも言ってたけど、まだ将来は決まってないじゃん?」
言ってはいたけど……それはその場の話でオレはもう……。
「やっぱり業界に入るのはダメって言うならそれは構わないの! でも私は一人じゃ声優になれない」
「いや、なれる―――」
「ううん、ぜぇぇぇぇったい! 無理!」
言葉を遮って大声で否定した。そこまで言わなくても……。
「ひとりじゃ面白い企画もできない、絵もできない、動画も作れない。私には祥平に褒めてもらった『声』しかないの。
だからお願いします! 私を助けると思って手伝ってください!」
これは……いや、言わなくてもわかる。ななかは一人じゃなく一緒に大人になろうとしているんだ。二人で挫折に立ち向かおうとしてくれているんだ。
「……オレだって面白い企画は作れないぞ?」
「もしかしたら二人で作れば面白くなるかもじゃない?」
「……絵は描けないし」
「でも絵の発注とかお願いの仕方はわかるでしょ?」
「……みんなが心動く動画だって作れないし」
「私は動画のどすらわからないよ?」
「じゃあ今度心が折れたらどうするんだ?」
「二人で心折れたら……そん時に考えて、そしてパパとママにごめんなさいして一緒にダメ人間になっちゃおうよ」
「無責任な……」
「それを言ったら祥平の方がだいぶ無責任だよ?」
「なんで?」
「だって私の夢をいつまでも忘れさせてくれないんだもん」
「いつの話だよ」
「私の心を動かした責任、とってよ」
……責任か……。
「……あ、責任だと抱えてくれなくなっちゃうね? だったら別の言葉で追い詰めちゃおうかな?」
責任って言葉に反応したオレをさらに別の言葉で追い詰めてくるななかはすごく……嬉しそうな顔をしていた。
「ね? だ・ん・な・さ・ま♪」
「なっ、おま、お前っ!」
「なぁに? どうしたの旦那様?」
これマジで物理的にふさぎにきたよ。
「だ~め♪ 今度は絶対に逃がさないもん! 夢も現実も、どっちもとって今度の私は幸せになるのだ!」
「……わかった、オレの負けだ」
「にひひっ、ありがとっ♪」
「ななかの夢を手伝うよ」
「それで良し♪ だめだめなお嫁さんに優柔不断な優しい旦那様は幸せな夢を叶えてハッピーエンドを迎えるのでした、ちゃんちゃん」
「決定事項かよ」
「モチのロンでさぁ」
その顔は満面の笑みで今までで一番可愛い幼馴染の顔だった。
その後両親がいつのまにか来ていたななかに驚き、将来の夢と婚約を前提に正式に付き合いすることを話すとさらに驚かれた。
「……ところでオレが燻ってるって、わかってたのか?」
「んー? きひひっ、ナイショ☆」
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短編版はここまでとなります。
【短編版】ハッピーエンドをはじめから 緑茶好き @greentea_umauma
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