3-3
(※この話の最後に、R-18シーンからの心情描写のみの抜粋があります。話のつながり上どうしても削れなかったのですが、問題がある内容であれば削除します)
それからルグレアは、『愛してる』の言葉を体現したがるように足繁く後宮に通い、薬を飲んでいるいないに関わらず、連日のようにジャフィーを抱いた。ジャフィーはそもそもルグレアのような体力がないため、仕事は部屋に運ばせてそれなりにこなしつつ、ベッドの住人と化していることの方が多い日々を過ごした。
けれども、ジャフィーは、不思議なぐらいに孕まなかった。
薬を飲む。
そのたびに、喉の奥に何かが絡みつくようだった。味は確実に改善しているはずなのに、どうしてか、どんどん苦しく、飲みたくなくなっていく。
愛してる、と、ルグレアは言った。愛しているから、ジャフィーとの子どもなら作ってもいい、と。
ジャフィーはまだ、それに、なんの言葉も返していない──けれども、もしかしたらルグレアは、ジャフィーが未だに此処にいることそのものを、返事であると思っているかもしれない。後宮にとどまっていることそのものが、ルグレアの愛を受け入れているということだ、と。
あるいは、と、ジャフィーは人ごとのように思うのだ。あるいは本当に、自分がここを出ていきたくならないことこそが答えなのかもしれない、と。
それは殆ど諦めだった。
「……ジャフィー?」
「ん?」
「それ、味は改良できねえの?」
「あー……」
顔に出ていたか。
「してるよ、十分。口の中舐めてんだからわかるでしょ、味は。普通に甘いし。……別にいいだろ、飲んでるんだから」
不味かろうとなんだろうと、飲みさえすれば結果は伴う。魔術が効いてくるのを感じながら、ごく軽薄に見えるようにとジャフィーは笑った。
「やろっか。……あー、今日は俺がやろっかな」
「うん?」
「準備とか、色々さ。そろそろ、任せっぱなしじゃなくても大丈夫だと思うし、アンタ、仕事とかで疲れてるでしょ?」
にこにこ笑いながら提案すると、ルグレアはちっとも喜ぶ気配を見せず、むしろ警戒するみたいに眉を寄せた。
「……いや、別に」
「俺のこと」
にや、と、ジャフィーは笑みを深める。
「『愛してる』んでしょ?」
ルグレアが、わかりやすく嫌そうな顔をする。『だから嫌だったんだ』みたいな顔だ。そうそう、この顔が見たかったんだよな、と、ジャフィーは少し安心した。『愛している』が本当であること。少なくとも今は、間違いなくジャフィーが優位に立っていること。そう確認できれば僅かに機嫌が上向いて、ジャフィーはここぞとばかりに追撃した。
「ほらほら。……その俺から、サービスされたら嬉しくない? 嬉しいでしょ?」
「……、」
嫌そうな顔のまま、けれども一瞬、わかりやすく喉が動いた。あからさまな欲望の兆しに楽しくなって、ジャフィーは寝台に座るルグレアに膝でにじり寄り、見上げるような目線とともにルグレアに触れる。
「ま、寝ててよ。俺が器用なのは知ってるでしょ?」
「……あー、」
隣に座って、促すように膝を撫でる。ルグレアはしばしの躊躇いの後、結局は欲望に負けたらしかった。
「…………じゃあ、お手並み拝見するか」
肌を重ねるのには、もう、十分すぎるぐらいに慣れてしまった。
だからもう全部、慣れていることのはずだった。上に跨るのははじめてだったけれど、躊躇う理由はないはずだった。
それなのに──見上げてくるルグレアの目、鋭く挑むような黒い瞳が、熱い情欲で濡れているのを改めて見て、ジャフィーはまるではじめてみたいに狼狽えた。
うわあ、と。
うわ、そうだ、と、改めて思った。
(そうだ……ルグレア、俺のこと、愛してるんだ)
愛ってなんだ。
愛するって、どういうことだ。
ジャフィーは、誰かを愛したり、誰かに愛されたりしたことがない。
ジャフィーは、親に愛されなかった子どもだった。けれどもそんなの、魔術師の家では、貴族の家では普通のことだ。魔術師にとって重要なのは、その魔力を確実に次代に繋ぐこと。貴族にとって重要なのは、家を発展させることだ。個々人の幸福は元より度外視されており、親子の間に『愛』が必要とされることもない。
ジャフィーは、生まれたときから特別だった。
小さな体から溢れそうなぐらいの魔力に満ちていて、健康な男児で、ジャフィーの母親はつまりジャフィーを産んだだけで十分な仕事を果たし、それ以上の役割をこなすことはなかった。父親はそもそも数多の愛人がいた(もしかしたらジャフィー以外の子どももいたのかもしれなかったが、ジャフィー以上の魔力を持つものなど現れるはずもなかったので、伯爵家にとってもジャフィーにとってもどうでもよかった)。
ともかく、ふたりはジャフィーを愛さなかった。ジャフィーは伯爵家のために生きる使用人たちによって、丁寧に、高価な人形を磨くように育てられた。それは愛だったかもしれないけれど、ジャフィーにはよくわからなかった。
そのうえ、ジャフィーは天才だった。
ジャフィーの世界は、物心ついてからすぐに、愛なんてものより興味深い『魔術』であふれた。ジャフィーは家中の本を読み、魔術学院に飛び級で入学し、あらゆる知識を浴びた端から吸収し──理解した瞬間につまらなくなって、次から次へ、新しいものを求め続けた。
楽しくないこと。楽しくなくなったこと。
つまらないもの。興味深かったもの。
ジャフィーの世界にはそれしかなくて、だから、あるいはジャフィーが旅に憧れ、遠征をするようになって更に旅が好きになったのは、知っただけでは決して理解できない『異国のもの』、その地でしかあり得ない光景や文化、そういうものに惹かれたからかもしれない。ともあれ、幼少の時分にはひとり旅をするわけにもいかず、学院を出て宮廷魔術師になってからもずっと、ジャフィーは退屈でつまらなくて、当然、誰かを愛することなんてあるわけもなくて。
そんなジャフィーが見つけた、ずっと楽しくてずっと興味深い、たったひとつがルグレアだった。
「……ジャフィー?」
見下ろした先に、ルグレアがいる。精悍な顔。高い鼻梁。鋭い眼差し。
『強さ』という単語をそのまま人の形にしたような男だと思う。
そもそも、ルグレアに出会うまで、ジャフィーは『他人に興味を持つ』という経験すらしたことがなかった。貴族間の付き合いは義務の一種で、その場その場が楽しければそれでよくて、誰かと深く付き合うこともなかった。惚れた腫れたも抱いた抱かれたも、なんでそんなことに必死になるんだろうとしか思わなかった。
触りたい? 笑ってほしい? 口づけがしたい?
自分だけを見てほしい? 傍にいてほしい?
そんな思いを、したことがない。したことがないと思っていた。だって、ジャフィーにはジャフィーが一番だ。他人は道具だ。ジャフィーが楽しくて、ジャフィーの興味を満たしてくれる、そういうものがあればいいのだ。
そういうルグレアがいればいいのだ。
なのに。
「……ジャフィー、」
なのに?
動きが止まったジャフィーに、労るようにルグレアが触れる。
大きな手のひらが、ジャフィーの太くない太ももを撫でる。ひとを怯えさせることのほうが多い鋭い黒目が、甘ったるく優しく見える目でジャフィーを見上げる。
いつからだろう。
いつから、ジャフィーにとっての報酬は、ジャフィーの行動原理の一番は。
「ルグレア、」
「……ん?」
「言って、……ねえ、」
確かめたい。
「あいしてる、って」
それはなんのサービスだよ、とルグレアが苦笑して、何を言われているのかわからないまま「言って」とねだる。
ルグレアが、子どもにするみたいにジャフィーの頭を撫でる。
「……愛してるよ」
抱き寄せられる。
「愛してるよ、……愛してる、」
観念するみたいに、吐き出すみたいに、絞り出すみたいにルグレアが言う。ほんとは絶対に言いたくないみたいに。
(……ああ、)
これはもしかしたら愛なのかもしれない、と、ばかみたいなことをジャフィーは思った。
これが、もしかして、愛というものなのだとしたら。
(……孕みたいな、)
きゅん、と、造り物の肚が疼いた。馬鹿みたいに単純に。
(あんたの子を、孕みたい)
心の底から。
そのとき多分、はじめて思った。
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