3-2

 きっと信じないだろうな、と、言ってから思った。ため息混じりに視線を上げて、ミトと目があって、その顔がさほど驚いていないことにジャフィーのほうが驚いた。ミトが、ひどく慎重に、確かめるようにジャフィーに尋ねる。


「今更……ええと、やっと仰ったんですか? 王が?」

「えっ。……えっ?」


 やっと? ジャフィーはぱちぱちと二度瞬き、それから慌てて聞き返した。


「……知ってたの!?」

「まあ……知ってたといいますか……みんな知ってるといいますか……?」

「えっ!?」


 ジャフィーは益々仰天したが、思い返してみれば確かに、ミトは最初から『本気だと思う』と言っていた。ルグレアが、本気でジャフィーを孕ませようとしている、と。はたと思い至ったような顔をしたジャフィーの前で、ミトは「やっと……」と妙に噛みしめるような声で言う。そんなに? そんなに前から? ジャフィーは信じられず目を瞬き──その瞬間、すべてがぱちっとハマったのがわかった。


「……あー……」


 なるほど。


「……みんな知ってたんだ? 結構前から?」

「え? あ、はい、そうですね……」

「そっか。……なるほど、なるほど。今更、じゃないんだ。ずっとなのか。じゃあ、だから、今だったんだね」

「え?」

「今までは、反乱や戦争の可能性が高くて、戦力を損なうようなことはできなかった。けど、今は世情も落ち着いて、『大陸統一』なんてもうするつもりがなくて、……魔術師の俺はもう要らなくて」


 楽しいばかりの日々ではなかった。というか、戦争も陰謀も、本来楽しいはずのものではなくて、実際思い出したくもない光景のほうが多いぐらいだ。戦狂い、と人はいうけど、別にジャフィーは戦そのものが好きな訳ではない(嫌いなわけでもないけど)。

 それでも確かに楽しかった。ルグレアの役に立つこと。ルグレアの願いを叶えること。

 ルグレアの隣にいれば、どこにだっていけると思うこと。

 ──けれどももう、そういう幻想からは、若さが見せた夢からは、覚めなければならないのだった。手のひらからこぼれ落ちていくものを惜しむみたいに、ジャフィーはちいさく呟いた。


 ルグレアのために国一つだって滅ぼしてしまう、そういうジャフィーはもういらない。


「だからルグレアは、俺が好きだって言ったんだ。俺は、『なんで今更』って思ったけど、ルグレアがずっと機を伺っていた、っていうなら納得はできる」

「機、ですか?」

「うん。俺が居なくなっても大丈夫になる『機』」


 すっかり心得た気になってのジャフィーの言葉に、ミトがぎょっと目を見開いた。今度は驚かれるのか。どうして。きょとんとした顔で見つめ合い、互いの理解に差があることを認めたミトが、まるでわからない、みたいな顔でジャフィーに尋ねる。


「いや、……え? なんで、そういう解釈になるんですか?」

「なんで、って……恋愛には別離のリスクがあるでしょ。利害の一致なら、一致し続ける限り協力関係がとれる。実際、俺とルグレアはずっとそうだったわけで」

「えっ」

「いやなんで驚くの」


 ルグレアの隣りにいれば、自分では思いつかないこと、自分では見られない世界、そういうもので満たされて楽しかった。だからジャフィーは己の持てるすべてでルグレアの願いを叶え、ルグレアにとってそんなジャフィーは何よりも有用だっただろう。ルグレアはジャフィーを楽しませ、ジャフィーはルグレアの役に立つ。わかりやすい共生関係だ。けれども。


「でも、そこに色恋沙汰が持ち込まれたら、俺は決めなきゃいけないだろ。受け入れるか、受け入れないか。……だからルグレアは、俺が受け入れなくてもいいように、全部が終わってからを選んだんだ」


 ジャフィーがルグレアを拒否しても、ルグレアはきっと、ジャフィーを引き止めはしないだろう。ここにいろとルグレアは言ったけど、そんな言葉に拘束力はなく、ジャフィーはいつでも此処から逃げ出せる。ジャフィーを留められる檻などどこにもないのだ。

 ジャフィーが本当に嫌になったなら、ジャフィーがルグレアの愛を受け入れないことを選んだなら、ジャフィーはここを出ていける。


「……私としては異を唱えたいんですが……わざわざ、此処を使っている理由も考え合わせると……」

「……?」

「いえ」


 なんでもありません、と、ミトはわかりやすく口を噤んだ。此処、とは、後宮のことだろうか。後宮を使っている理由? けれどもそちらの考えを深めるには、ジャフィーには、考えなければならないことがありすぎた。

 魔術師のジャフィーは、もういらない。ルグレアはそう判断した。そして言ったのだ。愛している。ここに居ろ。ルグレアはもう賽を投げた。蓋を開けるのはジャフィーの仕事だ。



 ルグレアの欲しいものは、なんだって全部与えたかった。ルグレアの願いを叶えたかった。



 そして今、ルグレアの欲しいものは──どうやら、ジャフィー本人であるのだった。

 だからジャフィーは考えなくてはならない。逃げ出すか、留まるか──受け入れるか、拒否するのかを。




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