第5話 市内発表会2(作戦①)
楽譜通り吹けているのかをチェックするには、教師が一人一人見てあげることが一番効果的である。これは単純に「できているかどうか」だけでなく、個別に関わりながら関係づくりもできるという点で大きな意味がある。
ただ、最近の部活事情は厳しく、そんな時間はなかなか取れないのが現実だ。
そこで頼りにするのは、子ども同士の関わりである。互いに演奏を聴き合い、できているところは認め合い、できていないところは的確に指摘する。それができるように、全員にフルスコアを配布した。
子どもたちは「できていないところを指摘する」のは得意である。だが、上手なところを見つける方が難しい。
「音がきれいだね」「リズムに乗れているね」「連符ができているね。たくさん練習したね」――どんな言葉でもいい。その“認め”が少しくらい的外れでもいいとさえ私は思う。集団経営においては、マイナスを減らすことよりもプラスを増やすというマインドを、指導者だけでなく子どもたち自身も大切にする必要があるのだ。
34人の部活。パーカッション4人を除いた30人で6人組のグループを5つ作る。各グループで円になり、そのうち一人が演奏する。他の五人がその演奏を聴いて指摘をする。つまり全体としては、各グループ一人ずつ、計6人が同時に演奏する。それにパーカッションの4人を加え、10人での演奏となる。それをグループ全員が演奏するまで繰り返す。
グループ内の学年やパートは、意図的にバラバラにした。普段の合奏では他パートの音を意識して聴くことは少ない。だからこそ、「ホルンって意外と難しいことやってるんだね」、「ベースがいると全体が安定するね」など、他者の音を知ることで新たな気づきが生まれる。
今回は2年生が司会をして進めることにした。最高学年の3年生に役割を任せがちだが、2年生を育てる意味でもこの役割は大きい。
この練習をすることは前もって伝えておいた。よく考えれば当たり前だが、子どもたちは結構緊張している。どれだけ説明をしても、まだルールを完全には理解できていないため、どの子も最初は「やりたくない」と目をそらす。しかし、時間がかかってもグループ内で話し合って決めてもらう。
すべてのグループの奏者が決まったところで、私はすかさず価値付けをした。
「初めは緊張するよね。そんな中で『自分がやってみよう』って思えたのがえらいね。そういう前向きな姿勢が音楽を作っていくんだよ。自分たちで音楽を作るぞっていう強い気持ちがあるのが、今から演奏する子たちだね。」
合図をして演奏が始まる。いつもより人数が少ないせいか、どこか弱気になる。緊張で指が回らない。息がうまく吸えない。とても上手な演奏とは言えないが、それでも懸命に頑張る姿には心を打たれるものがある。
演奏が終わると、自然と拍手が起こった。そして指摘タイムへ。3年生が率先して話し始める。私はいろんなグループを回りながら、良い姿を探す。また、パーカッションには必ず声をかけに行く。
「スネア、リズム感いい感じだったね。みんなを引っ張ってる感じするよ。ここの部分は少し管楽器に惑わされたね。自信持って叩いて。」
ざわざわが落ち着いてきたところで、次のターンへ。トップバッターと比べて、緊張感はぐっと減っている。それも当然だ。たくさん褒められると分かれば、披露したくなるものだ。
最初の緊張感はどこへやら。演奏が終わるたびに拍手と温かい笑い声。回数を重ねるごとに、子どもたちの表情がどんどん生き生きとしていく。全員が終わり、「まだやりたい人いる?」と聞くと、何人も手を上げた。「仲間が見てくれる」ということが安心につながったのだろう。
もうこの練習では、私の声は必要ない。子どもたちだけで回っていく。
「子どもを頼る」という言葉は、少し違っていたのかもしれない。
――「子どもを信じる」。こちらの方が、ずっとしっくりくる言葉だと、練習の中で強く感じた。
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